『躾には恐怖』を採用しています
極東の島国、日本の化身は自宅のあり様を見て、目を見開いた。
今日は珍しく貰えた休日であった。来客の予定もなく、食事も手を抜いたものですませて、ゆっくりと過ごそうと決めて出かけた帰りのことである。
まず玄関。引き戸式の扉は外れてしまっており、磨りガラスにはひびが入っていた。
これは見覚えがあるためスルーだ。原因は某チート国家だろう。アポ無し訪問の度に破壊されているので、もはやこれに関しては無我の境地である。
けれどその先。純和風を誇る美しい庭が、見るも無残な姿になっているのを見たときには、さすがの日本も絶句した。
(私の外出中に嵐にでも見舞われたのでしょうか……?)
原因は玄関を目撃した時点で分かり切っているが、現実逃避もしたくなるというもの。
庭の木々は折れ、石灯籠は薙ぎ倒され、地面は掘り返されたように所々抉れている。
ここまでならば ま だ 許容範囲内だ。嵐にでも見舞われたのだと納得させればいい。それにしては被害があまりに局所的すぎる気はするが。
(けれど、これはいただけませんねぇ……)
着物の裾が汚れるのもかまわず、日本は地面に膝をつく。日本の膝もとには、愛犬のぽちがいた。
ぽちは疲れ切ってくたくたになっている。ぐったりと寝転がり、息を荒げたまま舌を出していた。
「ああ、ぽちくん。大丈夫ですか?」
「きゅうん……」
日本はぽちを抱き上げ、労うように撫でる。本当に疲れていたのか、二、三度撫でてやると、彼は日本の腕の中で静かな寝息をたて始めた。
日本は縁側に座布団を敷き、その上にぽちを寝かせた。
(某チート国家の無限の体力に付き合って疲れてしまったのですね。お疲れ様です)
もう一度ぽちの頭を撫で、日本はゆっくりと顔を上げた。
目を皿のようにして庭を見据える。日本が辺りをつけていた人物は、庭の端にある低木と低木の間に身をひそめていた。
頭隠して尻隠さず。背中が丸見えだった。
近づくにつれ、その巨体はいっそ隠れる気などないのではないかというくらい、低木からはみ出ていた。
ほぼ真後ろに立つと、件の人物はようやく日本に居場所がばれたことに気付き、その巨体を大きく震わせた。
「に、日本……」
件の人物こと超大国、アメリカは日本の愛猫、たまを抱きしめて顔を青ざめさせていた。
「こんにちは、アメリカさん。では、弁解の程を」
にっこりと笑って促すと、たまを離し、アメリカは即座にその場に正座した。
アメリカ曰く、日本の家に遊びに来るも、日本は不在。家主の代わりに快く出迎えてくれたぽちとたまと遊んで、日本の帰宅を待つことにしたという。
けれど、二匹と遊んでいるうちに、遊び心に火がついてしまったのだ。我に帰るとぽちはくたくた。庭はめちゃくちゃ。たまは呆然としていた。そこに日本の帰宅の気配を感じ、咄嗟に隠れてしまったというわけだった。
「ご、ごめんなんだぞ……」
いつも強気なアメリカだが、自分の非を認められない国ではない。素直に謝って、日本を見上げる。日本は、着物で口元を隠しており、うまく表情がうかがえなかった。
(殊勝ですね。さすがに自分が悪いという自覚を持たれましたか。まぁ、素直に謝ってくださったので、今回は許しましょう)
しかし、と日本は思う。
(気に食わないですねぇ)
自分を見上げるアメリカの目は、ある種の信頼の色があった。日本が絶対に自分を許すという信頼。おそらくは無意識だろうが、許されると分かっている目をしているのだ。
(少し、お灸を据えて差し上げなければなりませんね)
日本は口角を元上げて、アメリカを見降ろした。
「ねぇ、アメリカさん。爺というのは孫がかわいくてたまらないのです」
唐突に紡がれた言葉に、アメリカは眼を白黒させる。
にっこりと微笑んで自分の髪を撫でる日本を、ただ茫然と見上げた。
「私にとってアメリカさんは孫に等しい存在です。他の方なら煩わしい我儘も、貴方相手ならば愛おしい」
でもね、と言って、日本が手を滑らせる。
頬に降りた日本の手は、体温の高い欧米人であるアメリカには冷たくて、思わず肩を跳ねさせた。
「この世には、限度というものがあるのです」
うっそりと笑う日本に、アメリカは顔から血の気を引かせた。
自分が身を震わせたのは、頬に触れた手が冷たかったからだけではなかったのだ。確かな怒りをにじませた日本の気配が、あまりにも冷たかったからだ。
「”かわいさ余って憎さ百倍”」
あ、これ駄目なやつなんだぞ。
アメリカはかつて日本が日銀砲をぶっ放したときのような薄ら寒いものを感じ、日本が久々に本気で怒っていることを実感した。
「そうならないよう、私の可愛い
このあとアメリカは一日がかりで庭の掃除に勤しんだという。
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