平和な葛藤
プロイセンは葛藤していた。極東の島国――日本にて。
古き良き日本家屋の縁側に座る彼の隣には日本の化身が座っている。麗かな陽気に包まれ、珍しくも穏やかな笑みを浮かべて。
常以上に穏やかなたたずまいの日本の周りには彼の家族である犬のぽちと猫のたまが寄り添っている。平和の象徴とでも言うべき、和やかな光景であった。
そんな光景の中に、少しだけ異質なものがプロイセンの視界には映っていた。
日本の頭、髪の中に、黄色のふわふわが埋もれている。そう――プロイセンの小鳥だ。彼は日本の柔らかな髪が気にいったのか、日本の髪に埋もれたまま、一向に動こうとしないのである。
プロイセンは頭を撫でるのが好きである。その理由を述べると、それは彼の弟が関わってくることになる。
プロイセンには弟がいる。ドイツという国である。自分の後継者として、自分のすべてを譲り渡すために育ててきた、大切は弟だ。
弟を発見した時、彼は酷く幼く、小さかった。しかし真面目で勤勉だった。しかしそうであるから、ドイツはこの先自分が兄の後を継いでゆくのだという使命感と焦り、自分が兄の様になれるのかという不安で押し潰されそうになった時期がある。その恐怖を振り払うためにプロイセンが行ったのが、頭を撫でるという行為だった。それは幼いドイツには効果抜群で、ドイツは恐怖を振り払い、笑顔を取り戻したのである。
そんなことがあってから、プロイセンは頭を撫でてやるのが好きになったのだ。
しかしながらいかんせん、弟であるドイツはすでに立派な国となり、子供扱いを敬遠する年になってしまっていた。そのため頭を撫でてやることもできなくなってしまっているのである。
それならば、とプロイセンは頭を撫でる対象を変えたのだ。それが日本であった。
彼は年齢では自分のふた周りほど年上であったが、プロイセンには彼の師匠であった過去がある。NOと言えない人種であることも、今でも師匠と慕ってくれていることも併せて、プロイセンは弟子を可愛がるという名目で日本の頭を撫でまわしてみたのだ。するとどうだろう。彼の髪は欧州にはない手触りで、その感触が癖になってしまったのだ。
そんなわけで、プロイセンは日本に会うたびに日本の髪を撫でまわしていた。のだが、今日はそれが出来ないでいた。ここで冒頭に繋がるのだが、日本の髪は、プロイセンの小鳥が占領してしまっているのである。これが、冒頭のプロイセンの葛藤につながる理由である。
プロイセンは小鳥を「かっこいい」の代名詞として使用するほど、小鳥をリスペクトしている。
日本の髪を撫でたい。撫でまわしてその感触を楽しみたい。そうは思うのだけれど、小鳥リスペクトなプロイセンは日本の髪を占領する小鳥を恨めしく思いながらもどかすことが出来ない。
どんどん顔が険しくなっていく自覚はあるが、日本とふわふわたちはそんなプロイセンに気づいていないのか、ポカポカ陽気に頬を緩ませている。その光景は和む。ひたすら和む。ずっと見ていたいとも思う。けれども髪も撫でたい。この暖かい陽気に包まれていたのだから、きっと髪も温かくなっていて、普段とは違う感触を楽しめるだろう。
髪に触れたい。けれどもこの光景を壊したくもない。
(何の試練だよ、これはあああああああああああ!!!)
麗かな陽気の中でまどろむ日本とふわふわたちの隣で、プロイセンは頭を抱えていたのであった。
(平和ですねぇ……)
自分の隣で一人もんもんと葛藤するプロイセンを見つめながら、日本は膝に乗るぽちの毛並みを撫でた。日差しを浴びているからか、その毛並みは普段よりも温かい。
ちなみに日本は知っていたりする。何がそんなに気にいったのかは知らないが、自分の髪を撫でるのが好きなことも、小鳥をリスペクトしていることも。全部全部知っていたりする。そして今、プロイセンが何をそんなに頭を抱えているのかも、予想がついていたりするのだ。
(きっと頭を撫でたいんでしょうねぇ……)
自らを撫でスペシャリストと自称していたり、会うたびに頭を撫でられれば、嫌でも予想がつくようになる。
ドイツを褒めるたびに頭を撫でようと手を出しては引っ込める姿も幾度となく見てきた。
日本に来るたびにぽちやたま、自身の小鳥なんかも気の済むまで撫で回し、日本の頭まで髪がぐしゃぐしゃになるまで撫で回すのだ。これで気付かない方がおかしい。
日本も、プロイセンに頭を撫でられるのは嫌いではない。他の人間にされるのは年齢的にも恥ずかしいし、馬鹿にされているように感じたりもするが、プロイセンは違う。彼は日本の師匠だ。今も、そしてこれからも。だから、彼に頭を撫でられるのは嫌いではない。なんだか彼に認められたような気がするから。
(まぁ、言いませんけどね)
未だに勝てる要素が見つからないことが、何だか悔しい気がしてならないから、プロイセンにも意趣返し。彼も悔しい想いをしたらいいのだ。
日本は葛藤するプロイセンを盗み見て、ひっそりと笑う。
「小鳥さん、もう少しそこにいてくださいね?」
と、自身の髪に埋もれてまどろむ小鳥の頭を撫でながら、それはもう幸せそうに。