ジャミルの友達が姐さんだったら 9.5






 ハーツラビュルで起こった事件が解決し、ナイトレイブンカレッジが落ち着きを見せ始めた頃、ツバキはカリムと共に植物園に来ていた。レオナと約束していた、過去の事件をまとめた資料を渡すためである。ちなみにジャミルが居ないのは、ツバキの慰労を兼ねた食事を作るために、寮に残ったからである。
 広い植物園の中には、珍しい草花が咲き乱れている。触れればかぶれたり、煎じれば毒になるようなおっかない植物も多いが、東方の国や熱砂の国には自生しないものが多く、カリムに案内をして貰いながら目的地へと向かった。
 目的地は植物園の中央。一番日当たりの良い場所である。ここで昼寝でもしたらさぞ気持ちが良いだろう、と思われるような場所で、レオナは待っていた。


「レオナ~! 連れてきたぞ~!」
「こんにちは、レオナ殿下」
「ああ、来たか」


 寝転んだ状態から、ゆっくりと身を起こす。服に付いた葉っぱを軽く払い落とし、レオナがツバキに向き直った。


「こちら、うちの国で実際に起こった事件をまとめたファイルです。見られたら不味い部分は省かせて貰っていますし、コピーなので、このままお持ち帰りください」


 そう言って資料を差し出す。清庭家が関与した事件の一部を抜粋したものだ。今回のハーツラビュルの一件と類似したものと、概念が実態を持ったことによって起こった事件を、ざっと15件ほどまとめたものである。そこそこの分厚さになってしまったが、こういった事象は度々繰り返されるため、それに比例して事件化することが多々あるのだ。これでもほんの一部であり、厳選されたものである。重みのあるファイルを受け取ったレオナの口元が一瞬ひくついたような気がしたが、気付かないふりをした。


「手間を掛けさせたな」
「いえ、こちらこそ。ご協力感謝致します」
「別に、大したことはしてねぇよ。こうして資料も貰っちまったしな。それに、どうやら俺以外にも動いてた奴らがいたみてぇだしな」


 レオナが、草木で覆われた一角に視線を向ける。釣られたカリムがそちらに顔を向けるも、誰かがいるようには見えなかった。不思議そうに首を傾げるカリムをよそに、ツバキはそこにいる二人の正体を察知しており、「久しぶり」と声を掛けた。
 ツバキの声掛けに、草木をかき分けて、ジェイドとフロイドが姿を現す。全く気付いていなかったカリムが、酷く驚いた顔をしていた。


「お久しぶりです、ツバキさん」
「事件解決お疲れ様~」
「ありがとう。二人も、協力してくれたんだな」
「うん。アズールがハーツラビュルの一件に関わろうとしてたから、トド先輩に便乗して噂流しまくったんだぁ」
「リドルさんが薔薇の迷路で倒れていたことも相まって、アズールもあっさりと信じてくださいました」
「金魚ちゃんなら魔法対決で負けるなんて早々ねえし、有害物質にやられた~って方が信憑性があるんだよねぇ」


 始めて聞く名前に、ツバキが首を傾げる。彼等の口ぶりから察するに、相当な腕前を持つ魔法士であるようだが、あいにくとツバキはその名を聞いたことが無かった。


「リドル? 金魚ちゃん?」
「リドルってのはハーツラビュルの寮長だよ。同じ一年なのに、入学してすぐに寮長になった凄い奴なんだ! 金魚ちゃんってのはリドルのあだ名だな」
「へぇ、それは凄いな」


 ツバキがカリムを見やると、彼はにこにこと笑ってすぐに紹介してくれる。今回の事件で失神するまでに至った生徒は殆どいなかったはずである。もしかしたら、このリドルという生徒がチェーニャの幼馴染みに当たる人物なのかもしれない。凄い幼馴染みがいたものだな、と内心で感心していると、レオナから声が掛かった。


「今回のハーツラビュルの一件についても聞きてぇんだが、時間はあるか?」
「そうですね、1時間くらいなら」
「話せる部分だけで良い、話が聞きたい」
「構いませんよ」
「オレも聞きてぇ!」
「よろしければ、僕たちもご一緒しても?」
「私は構わないけれど……」


 カリムは言わずもがな、当然のように了承する。レオナは嫌そうな顔をしていたが、ツバキが許可を出しているのもあってか、渋々ながら頷いた。


「今回の一件は、どうやら曰く付きのものを学園内に持ち込んだことが原因で起こったようです」


 その言葉を始めに、ツバキは今回の事件の概要を語る。学園に持ち込まれた曰く付きの一品。丁度流行っていたこっくりさんを隠れ蓑に、様々なものを学園内に引き入れていたこと。そして引き込んだ小さな妖や妖精を喰らっていたこと。そうやって成長し、さらに大きな獲物を狙って、薔薇の香りを利用し始めていたこと。もう少し発見が遅ければ、誰かが喰い殺されていただろう事までを。


「マジ? 結構やばかったの?」
「生者に害を為せるくらいには力を付けていたよ」
「おやおや……。それは始末を付けるのに、大分苦労したのでは?」
「あ、それ気になる。どうやって片付けたの?」
「別に大したことはしていないさ。ただ、燃やしただけだよ」
「え? そんなことで倒せんの?」


 古来より、火には浄化の力があるとされている。そのため多くの儀式や祭典に用いられ、文化や宗教においても重要なものとして捉えられている。火炎崇拝という、火や炎を神格化する考えまで生まれるほどだ。炎を用いて悪霊を退けるというのも、考えてみれば納得のいくものだった。
 ゴーストバスターやエクソシストが出てくる映画などでも、炎を使って悪いゴーストを退けるというシーンを見掛けたことがある。東方の国の、さらに言うなら神職に携わる者の炎ならば、そのくらいのこともやってのけるだろう。見てみたいものだな、とフロイドの目が幼子のように輝いた。
 けれど、フロイド達よりもツバキと付き合いの長いカリムだけは、ツバキの退治風景が、彼等が思っているようなものではないことを知っている。宙を見つめて、何とも言えない笑みを浮かべていた。


「焼き尽くしたんだ。灰すら残さないよう、徹底的に」


 真似をするなよ、と心情の読めない笑みで釘を刺され、少し察するものがあった。きっとツバキは、自分たちでは行えない方法で、悪霊を退治したのだろう。いつも天真爛漫な笑顔が眩しいカリムが、今日はどこか黄昏れているように見えたから、この考えはきっと正しい。
 ここから先は踏み込んではいけない部分なのだろう、とフロイドが話題を変える。


「それにしても、香りを利用する、ねぇ……。ゴーストとかにも、そういうのがいるんだね」
「ふふ、なかなか理に敵っているとは思いますが、タチの悪い悪霊などがこれらを利用するのは、少々厄介ですねぇ……」


 “香り“というのは、生物にとって重要な役割を持っている。動物であればフェロモンをまき散らすことで求愛行動を行い、植物であれば匂い成分を発して、傷口から菌の感染が広がらないよう、消毒としての役割を果たすのだ。これはとても自然なことであり、香りを利用されるのは、生物としての本能的に、逆らいがたいものがある。ジェイドが”厄介“というのも頷ける話だった。
 しかし、厄介だと言うジェイドの顔は、とてもではないが困っているようには見えないものだった。むしろ、楽しくて仕方が無いと言わんばかりだ。口角をつり上げた姿は、圧倒的な捕食者のそれ。そんな顔もするのか、とツバキが彼を見ていることに気付いたジェイドが、ハッとして口元を隠す。慌てて取り繕ったような笑みを浮かべるが、ツバキはジェイドの嗜虐的な一面をバッチリと見てしまった。取り繕っても、もう遅いのである。ツバキは生ぬるい笑みを浮かべた。
 かわい子ぶる片割れを、フロイドが面白いものを見つけたような顔で見つめる。ちなみに、レオナは胡乱げな視線を投げかけていた。


「そう言えば、オルカちゃんって匂いしないよね~。何で?」
「ん? ああ、それか。我が国には“名は体を表す“という言葉があるんだが、私の名である”椿”というのは、香りのない花の名前なんだ。それ故か、私には生まれつき匂いがほとんどないらしい」
「そんなことあんの?」
「実際、君は私の匂いを認識できていないだろう?」
「確かに~。やっぱ、東方の国っておもしれぇ~!」


 ケラケラと笑うフロイドとは対照的に、レオナは額に手を当てる。彼の「何でもありかよ……」という呟きと共にへたれた耳が何だかかわいくて、やけに印象に残った。




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