ジャミルの友達が姐さんだったら 9
ゆさゆさと、身体を揺さぶられてトレイは目を覚ました。純白の制服が目に入り、トレイはゆっくりと顔を上げる。オニキスのような瞳がトレイを見つめている。トレイが目を覚ましたのを確認すると、ツバキが淡く微笑んだ。
「終わりましたよ」
何が終わったのだろう、と身体を起こしながら首を傾げる。そもそも何故自分は眠っていたのだろう。しばらくぼうっとしていると、意識を失う前の記憶を思い出し、ハッと我に返る。ツバキにどういうことかと事の次第を聞き出そうとすると、その前にツバキがチェーニャを起こしに掛かった。チェーニャも同じように揺り起こす。彼が目を覚ましたのを確認して、ツバキが立ち上がった。傍に控えていた小さい狐を抱き上げ、毛並みを整えるように頭を撫でる。狐は嬉しそうに目を細めた。
「くろのすけ、お疲れさま。もう結界を解いても良いぞ」
「はい! 主様もお疲れさまです!」
「二人を守ってくれてありがとう、助かったよ」
「主様のお役に立てたのなら何よりでございます!」
ドロン、と煙と共に黒い狐が消える。
使い魔を見送って、ツバキが振り返る。トレイとチェーニャの意識がはっきりしたのを確認して、改めて二人に向き直る。
「まずは謝罪を。手荒な真似をして申し訳ありません」
「いや……。それはもういい。それより、終わったって、この事件を解決したって事か?」
「はい。元凶は退治しました」
「おみゃー、ほんと、頑固すぎやしにゃあか……? そんなに俺達を連れていきたくなかったのかぁ……?」
呆然とするトレイと、呆れ顔のチェーニャに見上げられ、ツバキが当然と言わんばかりに頷く。
詳しい話を聞きたい、とトレイに促され、ツバキがポケットから硝子細工を取り出す。熱で溶けたのか、ひしゃげた蝶の置物だった。その置物に、トレイは見覚えがあった。
「これは……?」
「これが元凶です」
「え? 蝶の置物が……?」
「はい。おそらく、そうと気付かずに曰く付きのものを手にしてしまったのでしょう」
トレイが少し過去のことを振り返る。家業の関係で一時帰省した生徒が、東方の国に立ち寄ってから学園に戻ってきたのである。
現在ナイトレイブンカレッジを席巻している東方の国ブーム。生徒達はより多くの情報を集め、かの国に対してマウントを取ることに躍起になっている。そんな中で実際にその地に足を踏み入れた生徒が現れた。他を圧倒するマウントを取られて黙っていられる生徒は少なく、ちょっとした諍いが起こったのは言うまでも無い。
そのときに、その生徒が散々自慢していたのがこの置物だ。繊細な細工の置物は美しく、その生徒もたいそう気に入っていたのを覚えている。
なかなか収束しない諍いを何とか宥めたときの疲労感を思い出し、トレイはげんなりとため息をついた。
「薔薇の力を借りて、弱い霊や小さな妖精を誘き寄せ、喰らっていたようです。花は色々と寄せますから、香りで誘うのは容易だったのでしょう。そうして成長して、ついに薔薇の迷路に入った生徒の魔力や生気を吸い取れるまでになってしまっていた」
「そう、だったのか……」
ツバキの見立てでは、この置物は東方の国由来のものだ。それ故に、東方の国のテーブルターニングであるこっくりさんと相性が良かったのだろう。生徒達が行う降霊術に、これ幸いと便乗して獲物を呼び寄せ、喰らっていたのだ。そうやって密かに成長して、ついには生者にまで害を及ぼせるまでに大きくなっていたのだ。
犠牲者が出る前に事態を収束させられたことに安堵する。正式な依頼が出されていない案件にはあまり関わりたくないというのが本音だが、何の罪もない人々が犠牲になるのを黙ってみていられるほど、ツバキは薄情ではないのだ。ジャミル達がナイトレイブンカレッジに通っていなかったとしても、そのうち手を出していただろう。世界が思った以上に悪辣で、理不尽に溢れていることを知ってしまっても、ツバキ元来の善良さが完全に消え失せることはないのである。
「……怪我はにゃあか?」
「はい、無傷で終わらせました」
「……それは、凄いな」
「この手の者達を相手取るのも仕事のうちですので」
チェーニャとトレイは、リドルの意識を簡単に刈り取ったような相手を、いとも容易く制圧したツバキに目を丸くする。ツバキとしては、神々を相手にするよりもずっと楽な案件だった。彼等は理不尽の権化。些細なことで自然災害を起こされたり、祟りが降り注いでくるのだ。ツバキは彼等のお気に入りであるからマシであるが、それで何人もの審神者が失われてきた過去があった。
閑話休題。
「さて、今回の件についてですが、“有害な品種の薔薇が紛れ込んでいた”ということにしたいんです」
「事実を伝えることに、何か不都合が?」
「はい。この事件が語り継がれてしまえば、その概念が実態を持ち、似たような現象が繰り返される可能性がありますから」
絶句する二人に、ツバキが視線を合わせる。淡く微笑んだ顔は美しいのに、何故だか寒気を覚えた二人が慌てて視線を逸らそうとするも、一歩遅かった。魔力を込めた瞳で見つめられ、トレイとチェーニャの意識は再び闇の中へと落ちていった。