ジャミルの友達が姐さんだったら 9
「どうやら今回の一件には、その元凶となるものがありそうなんだ」
いつものようにスカラビア寮のジャミルの部屋を訪れたツバキが、ジャミル達の護衛として仕事をこなしていた使い魔達を撫でながら告げた。
ツバキからの労いの順番待ちをしているこんのすけを膝の上に乗せたジャミルの片眉が上がる。どういうことだ、と続きを促す視線にうなずいて、ツバキが言葉を紡ぐ。
「まだきちんと調査したわけではないんだが、ここ最近、NRCは人為らざるものとの結びつきが強くなっている気がしてな。こっくりさんがその最たる例だ。試行回数の割に成功率が高すぎる」
こっくりさんは比較的成功しやすい降霊術だ。簡単な降霊術だと認識されているために、その概念をもってして、一定以上の確率で成功することが約束されているのである。
しかし、必ずしも成功するわけではない。数回やって一回成功する程度の確率だ。それでも、一般人が行える降霊術の中では、驚異の確率である。
アズール・アーシェングロットをやり込めるためにわざとこっくりさんをやらせたときに成功したのは、生徒に取り憑いたこっくりさん自身が呼び寄せたこと、もう一人の実行者が“あちら側”のものだったから成功したのだ。取り憑かれておらず、なりすましでもない状態の生徒達だけで行っても、おそらく成功しなかっただろう。
ここまでして、ようやく“必ず成功させることが出来る”レベルなのだ。だというのに、ここ最近のNRCでは、一度目で成功した例がいくつも上がっている。はっきり言って、これは異常事態だった。
「おそらく、呼び寄せているんだろう。飢餓感を持つ悪霊が腹を満たすために行っているのか、力を付けるために小さなものを取り込んでいるのか、はたまた全く別の目的があるのか。これをはっきりさせるのが一番大変なんだよな……」
「………目的が分かれば、原因となるものの性質とか知能の有無が分かる。だが、悪霊やらアヤカシやらは人の理とは外れたところにある。人の尺度では推し量れない」
「ああ、その通りだ。他に予想できるのは根付いた概念が形を持ってしまったか、だな。予想だけならいくらでも立てられる。こればっかりは調べてみないと分からない」
調べる、と口にするのは簡単だが、この実地調査が一番大変なのである。特に、NRCのような魔術的な守りが多用されている場所は困難を極める。こちらが魔法を行使して守りが発動してしまったり、気付かないうちに罠を作動させてしまう可能性があるのだ。相手方が積極的に協力してくれるならまだしも、今回は個人的な思惑で動いている。学園側の手助けは受けられない。
また、外部からの人間が来校してくることを嗅ぎつけられれば、NRCの悪童達が大人しくしていてくれるわけもない。何が行われているのかを詳らかにするために、学園中を駆け回ることだろう。そんなことになれば、調査どころではなくなってしまう。
「お花、いい香り」
ツバキから労いを受けていた萌葱が、浅葱と交代してジャミルにじゃれつく。ジャミルの背中にぐりぐりと顔を擦り付けていた萌葱が、くふふと笑った。
大好きなツバキにたくさん撫でられてご機嫌になった萌葱は、こんのすけをよけてジャミルの膝に頭を乗せる。美しい毛並みを撫でてやると、萌葱は殊更機嫌を上向かせた。そんな萌葱にささやかな笑みを向けた。
「そう言えば、その元凶は特定の場所に現れるのか? それとも、餌を探して移動するタイプか?」
「いや、潜伏して餌が口元にやってくるのを待つタイプだ。だから、花の匂いから遠ざかれば問題ない」
「…………花、と言われると、この学園で真っ先に思いつくのは二カ所ある。一つは植物園。もう一つは実際には見たことはないが、見事な薔薇が咲き乱れているらしい」
そう言ってツバキを見やると、ツバキがにやりと口角を上げる。
「ああ。元凶の潜伏先はハーツラビュルの薔薇の迷路だ」
「どこからハーツラビュルの寮内の情報を得たのかは聞かないが、もうそんなことまで分かっているんだな」
「ハーツラビュル寮がハートの女王を厳格な精神に基づく寮であるという情報を得られれば、自ずと予想は出来るものだ。その存在を知ったときから、当たりは付けてあったんだ。迷路は潜伏するのに持って来いだからな。罠も張りやすいし」
「なるほど」
チェーニャの発言からツバキは隠遁の術を得意とする
しかし、何がどのような目的で迷路に誘い込んでいるのかは定かではない。それを探るには、やはり直接乗り込むのが一番話が早いのだ。
「これを正しく有効活用するときが来たかな」
クロウリーが用意した入校許可証を取り出す。彼が用意したツバキへのゴマすり。これを使用して校内に入った際に見つけた厄介事を解決して欲しいという魂胆。彼の思惑に乗るのは癪な気もするが、守りたいものを守るためには、ときには己の心を封じなければならないし、自身の矜持だって捨てなければならないのだ。
ツバキがそっとジャミルに視線を送る。彼はこんのすけを膝に乗せながら、萌葱にじゃれつかれてくすぐったそうに笑っている。その笑みが失われないためならば、己の不本意など二の次に出来るのがツバキの強みだ。
(せっかく用意してくれたんだ。あなたの思惑に乗らせて貰おうか)
入校許可証を見つめ、ツバキがにんまりと笑う。それと同時に、学園のどこかで黒衣の男が寒気に身を震わせた。