ジャミルの友達が姐さんだったら 8
ツバキの所属する歴史研究会は、月に一度、テーマを決めてそれに沿った研究発表を行うことになっている。その資料を集めるために、ツバキは図書室に来ていた。
今回のテーマは「自国の文化の変遷」である。残念ながらロイヤルソードアカデミーの図書室に東方の国の文献はなかったが、他国と比較して、どのような文化が生まれたのかをまとめたかったので、彼女はそれらがまとめられた資料を探しに来ていたのだ。
しかし、彼女はどこか上の空だった。資料は見つかったものの、それを読むでもない。傍目からは熟読しているように見えているが、実際にはページを開いたまま、ぼうっと本を眺めているだけだった。
(何か、引っかかるんだよな………)
ツバキはナイトレイブンカレッジで頻回に起こる問題について考えていた。
ラギー・ブッチの一件は完全なる自業自得。彼の生い立ち上仕方ない面もあったが、神の前にそんな言い訳は通用しない。神々を侮った結果の天罰である。
ジェイド・リーチの一件は完全なる被害者。情報収集が疎かだったのは否めないが、彼に非はない。悪いのは再三忠告しても尚、改めない山の管理人である。
ここまでは、許容範囲だった。この程度のことならば、ままあることである。
問題はアズール・アーシェングロットを巻き込んだこっくりさんの一件だ。この一件を、ツバキは見過ごすことが出来ないでいた。
(こっくりさんは、特に難しい手順もなく、比較的成功しやすい降霊術だ……。しかし、NRCで行われたこっくりさんは成功しすぎている……)
賢者の島は魔力の源泉である霊脈の上に存在する。そのため、通常では珍しいゴーストの可視化が起こり、魔法生物の休息地となっているのだ。潤沢な魔力に惹かれるものは多く、妖精や精霊が訪れることも多かった。よくないものも、魔力を溜め、力を付けるために集まってくることもある。そのため、降霊術が成功しやすい条件は揃っていると言える。
しかし、そうであったとしても、試行回数に比べて成功例が多すぎた。
(そして、銀髪の彼)
月の光を集めたような銀色の髪に、オーロラを思わせる不思議な色合いの瞳の青年。彼の夢渡りについても気掛かりだった。彼は幾度となくツバキの夢に入り込み、挙げ句の果てに東方の国にまで訪れてしまったのだ。全く縁のないはずの、極東の果てに。
もちろん、縁もゆかりもない土地に辿り着くことだってある。けれど、それにだって限度があるのだ。縁のある場所に行き着くことの方が圧倒的に多いのである。だと言うのに、彼はよく知る場所を飛び越えて、見たこともない土地に降り立ったのだ。ツバキとの縁が出来ていたからという理由があるにしても、もっと別の場所があったはずだ。
(私達の門出を祝いに来た神々が通った“道”を、彼も辿ってしまったのだろうか……)
ツバキやジャミル達が賢者の島の魔法養成学校に入学した際、東方の国からはたくさんの神々が訪れた。ツバキが賢者の島から東方の国に向かって“道“を繋げたこともある。二つの島は確かに“道“で繋がっていた。夢を渡る際に、彼はその道に迷い込んでしまったのだろうか。
「悩み事かい? お嬢さん」
カタン、と椅子が引かれる音がして、顔を上げると、そこには猫の獣人がニマニマと口角を上げてツバキを見つめていた。
アルチェーミ・アルチェーミエヴィチ・ピンカー。ツバキの一つ上の先輩である。彼は掴み所のない人で、海外に出ることの珍しい東方の国の人間であるツバキを、一歩引いた場所で見ていることが多かった。何度か話したことはあるものの、そこまで親しい間柄というわけではない。稀にこうして、暇になると声を掛けてくる程度である。
「こんにちは、ピンカー先輩」
「こんにちは。相変わらず堅苦しいにゃあ。チェーニャでええよ」
アルチェーミこと、チェーニャはいつものニマニマとした笑いではなく、わずかに眉を下げて苦笑した。歩み寄ろうとしている相手が壁を取り払おうとしない姿勢を見せるものだから、困ってしまっているのだろう。
しかし、軽口は言うものの、強制はしない。悪人ではないけれど、我の強いRSAの中では、比較的付き合いやすい相手だった。
けれど、ツバキはRSAで特に親しい相手というものを作りたいとは思わなかった。特定の人物と親しくしていると、我も我もと寄ってくるのだ。それがあまりにもしつこくて、彼女はRSAで友人を作ることを早々に諦めた。彼らの考える“友達付き合い”というものに辟易してしまったのだ。
「それにしても珍しいにゃあ。サニワがぼうっとしてるなんて」
「そうですか? 何も考えずにぼうっとするのも悪くないですよ」
読書に勤しんでいないことがバレている相手に、その姿勢を見せる必要もないと、ツバキは本を閉じた。内容は一行も覚えていない。そのくらい、彼女は思考の海に溺れていたのだ。
(国の方は家の者達が何とかしてくれるだろう……。朝倉、厳原、宝城、神木……。他家にも、私が居なくても問題ないメンツが揃っている……。問題はこちら、私しか対処が出来ない賢者の島で起こっていることだ……)
“ツバキにしか出来ない“というのは驕りであると分かっている。しかし、賢者の島でこういった案件に対処出来る人材に伝手がないため、ツバキはこう表現するしかない。
国から人を呼ぶという手もあるにはある。しかし、それは出来るだけ避けたい事態だった。
ツバキは清庭家の次期当主である。ツバキが留学を決めたとき、国内で当主としての教育を受けるべきだという声が上がったのだ。その声は多くはなかった。しかしそれは、ツバキが意固地になって当主になることに反発するかもしれないと危惧してのことである。
外に出て、
どうしたものかな、と視線を本に落とす。すると、ぺし、と額を掌で軽く叩かれる。顔を上げると、チェーニャが不満そうな顔でツバキを見下ろしていた。
「これ、人と話してるときは最後まで話を聞きにゃあ」
「あ、すいません。考え事の続きをしていました」
「おみゃー、意外と素直だにゃあ……」
毒気が抜かれる、とチェーニャは溜息をついた。呆れたように首を振る姿を見て、それほど頑固に見えるのだろうか、と首をかしげる。
そのとき、ふわりと花の香りがした。つい最近、嗅いだことのある香りだった。はて、どこで嗅いだのだろうか。チェーニャとは学年が違うこともあって、久しぶりに顔を合わせたはずである。前回彼と顔を合わせたときではない。もっと最近のことだ。
「ピンカー先輩、香水変えました?」
「いんや? 変えてにゃあよ? 何か変な匂いでもするかぁ?」
すん、と袖の匂いを嗅ぐ姿を見て、ツバキはゆるく首を振った。
「いいえ、花の香りがします」
ダマスクだろうか。甘くて上品な、女性的な香りだった。普段のチェーニャから、この香りがしたことはない。香水を変えたのでなければ、どこかでその匂いを纏ってきたと言うことだ。チェーニャにはどうやら心当たりがありそうで、納得したような顔をして見せた。
「ちょいと散歩してきたからにゃあ。そこで拾っちまったかね」
「NRCって、花を育てる習慣なんてあったんですね。うちの学園みたいに、花園があったりするんですか?」
「…………おみゃー、お見通し過ぎて怖いにゃ」
NRCに、彼の幼馴染みがいることは彼自身から聞いていた。時折、顔を出すこともあるのだと。そして鎌を掛けてみれば、それが正解という答えだった。
「幼馴染みの所属寮が、寮全体で薔薇を育てていてにゃあ。そこに遊びに行ったから、匂いがついちまったんだろうにゃあ」
「なるほど。NRCはグレート・セブンの精神に基づいた寮が建てられていると聞きます。ハートの女王の精神に基づく寮なら、薔薇を育てていてもおかしくありませんね」
NRCは対外的には良い子ちゃんで通っているが、実際には治安は最悪。しかし、彼らにも尊敬の念というものはあって、それが向けられているのが、かつて存在したとされる偉大な7人―――――グレート・セブンである。
その中で、花と関連付けられるのはハートの女王。彼女と薔薇の逸話は数多く存在するのだ。彼女を尊敬している生徒達が多く存在する寮ならば、薔薇を育てるのも不思議ではない。
(…………まさか)
ツバキはスカラビア寮以外の寮に入ったことはない。スカラビア寮が砂漠に囲まれた、砂漠の魔術師の故郷を再現した寮であることは知っていた。しかし、他の寮の内部がどのようになっているのかは知らないのだ。もし、ハートの女王がかつて納めていた国を再現した寮であるならば、そこには
(調べてみる価値はあるな………)
ツバキは机の下でコツコツ、とつま先で床を叩いた。ぐにゃり、と影が歪んだ。