ジャミルの友達が姐さんだったら
NRCの入学式は、毎年の事ながら波瀾万丈だ。問題が起きなかった年など無いと言っても過言ではない。よくもまぁ、それほどまでにトラブルを持ち込めるものだと感心してしまうほどである。順風満帆とまでは行かずとも、せめて式が終わるまでは大人しく出来ないものか。教師達は毎年のように願うものの、その願いが空に届いたことは一度も無い。
今年も例に漏れず、新入生の一人が式を妨害したとかで、真面目な生徒の怒りに触れ、乱闘が起こったばかりである。そこから発展し、魔法が飛び交う阿鼻叫喚になったのは言うまでもない。
だが、それは最早恒例行事。慣れのたまものである。
新入生達の案内を終えたばかりの寮長達を呼び寄せ、NRCの代表者達は緊急会議を開いていた。
「新入生達がこの島に訪れた際、彼らのうちの誰かについて来たのでしょう。大いなるものがこの島に入り込んだことには気付きましたか?」
学園長であるディア・クロウリーが、会議の場に集まった者達に目を向ける。幾人かは険しい顔で頷き、幾人かは戸惑いを隠せない表情で周囲を見回していた。
「大いなるもの?」
「え、なになに? 何かヤバいもの?」
年若い教師が訝しげに眉を寄せ、ハーツラビュルの寮長であるケイト・ダイヤモンドが顔を引きつらせた。他にも幾人か、納得のいかない表情をしている。彼らは皆優秀である自覚があり、一様にプライドが高いため、自分が気付かないはずがないと思いが少なからず存在するのだ。
しかし、そんな彼らの疑念を切り捨てて、クロウリーは続ける。
「それが何なのかはまだ判明していません。賢者の島は潤沢な魔力を要する場所。時折、高位の魔法生物などが上陸することはあります。それらの類いならば構わないのですが、しかし、今回上陸したのはそれらよりも高次元の存在でしょう」
賢者の島は魔力が湧き出る霊脈の上に存在する。そのため島には常に魔力が溢れ、ゴーストなど実体のないものを目視できるほどだ。それ故に、その豊富な魔力を求めて魔法生物が上陸することは珍しい事ではない。
しかし、それが上位種と認識される高次元の存在となれば話は別である。そのような存在は目撃例も少なく、存在の証明すら叶っていないものもいるのだ。そう言ったものが確認されたら行政機関などに通達する義務が発生する。中には人に危害を加えるような危険生物も存在するため、当然の措置であった。
不安と緊張が場を支配する。しばらくの間沈黙が落ちて、その静寂を破ったのはサバナクローの寮長であるレオナ・キングスカラーだった。
「……
東方の国―――――それは極東の小さな島国の名前である。長い鎖国を経て、ここ100年でようやく開国した最果ての地。
名前を聞いたことがある者は多いだろう。しかし、その実態を知る者はあまりにも少ない。それがどのようなことを意味するか分からず、寮長の殆どは困惑の表情を浮かべている。年若い教師の一部も、怪訝な顔でレオナを見ていた。
「それは本当か!?」
「何ですって!? 何故
意味を正しく理解した魔法史を担当するモーゼズ・トレインが、驚愕に目を見開く。その隣では、クロウリーが論点のズレたことに注目し、嘆きの声を上げていた。
大袈裟に嘆くクロウリーを、一同は胡乱な目で見つめる。本当にどうしようもねぇ奴だな、と言う満場一致の見解だった。
しかし、自分の受け持つ学園に絶対の自信を持っているのか、彼は「何故」を繰り返す。いつまで経ってもわめき立てるものだから、面倒になったレオナは話を戻した。
「クロウリーの言う高次元の存在ってやつは、おそらく東方の国に関する存在だろう。東方の国にはアヤカシと呼ばれる妖精とは似て非なるものや、神そのものが存在すると聞く」
「あ、アヤカシ……? というか、神って……。あの噂って本当なの?」
ケイトが、震え声でレオナに尋ねた。
彼の言う噂とは、東方の国では現在も神降ろしが行えるというものだろう。
このツイステッドワンダーランドにおいて、神代はとうの昔に終わりを迎えている。地上に神の名残は残っておらず、信仰心だけが根ざしている。
しかし、そんな世界において、東方の国だけは、未だに神代の名残を色濃く残していた。そのうちの一つが、神降ろしの儀式である。東方の国は神が人との関わりを絶った世界において、唯一神との交流を図れる国なのだ。
「うちの実家も、その新入生の素性ははっきりとしていねぇらしい。だが、高次元の存在を引き連れてきたってことは、神職に携わる者か、神の寵愛を受けているか、だ。下手に刺激しねぇのが無難だろう」
「確かに。神と言う存在は、僕たち地上の生き物に理解出来るものではない。何を理由に荒ぶるのかさえも分からずに滅ぼされる可能性だって大いにある。僕もキングスカラーの意見に同意だな」
レオナに賛同したのはディアソムニアの寮長、マレウス・ドラコニアだった。彼は世界で5本指に入るとされている魔法士で、茨の谷の次期国王になることが決まっている。王族に連なる二人が“触らぬ神に祟りなし”という姿勢を取ったことで、他の寮長達もその意見に納得した。教師達も、神という次元の違う存在を前には太刀打ちできないとして、彼らも傍観の姿勢を取ることに賛同した。
こうして、いつもは踊りに踊る会議は珍しく、
ずる賢いヴィランズは、自分達の不利益に敏感なのである。