ジャミルの友達が姐さんだったら 8






「この学園って、もしかして警備ザルなのか?」


 スカラビア寮、ジャミルの自室にて、ツバキは床に敷かれた絨毯の上であぐらを掻いていた。RSAのことは嫌いではないが、何となく感性の合わない生徒が多いため、自身の精神の安寧のために、気の置けない友人の元を訪れていたのだ。
 このことはNRCの教師達はきちんと把握している。把握していて、黙認している。何せツバキは生徒達の命の恩人なので、学園側も無碍には出来ないのだ。また、クロウリーの東方の国へのゴマすりおもわくもあり、ツバキには特別に“入校許可証”まで用意されていた。たまに遊びに来て、そのとき見つけた厄介事もちょちょいと解決して欲しいな~という魂胆が見え見えだったが、そこはツバキの気分次第である。友人達に危険が及ぶようなものでもなければ、無償労働などご免である。流石のツバキも、底抜けのお人好しというわけではないのだ。何せ、場合によっては自分の命も危ないので。
 そういうわけで、ツバキは遠慮無くNRCに出入りしているのだが、彼女の目から見て、この学園はその手の警備システムがあまりにもお粗末だった。


「…………とても嫌な予感がするが、話を聞こうか」


 ベッドに腰掛け、雑誌を読んでいたジャミルが顔を上げてツバキの顔を見つめる。その顔は盛大に引きつっていた。聞きたくない、とはっきりくっきり顔に書かれていた。まぁ、そんな顔をされても、ここで遠慮をするような仲ではない。容赦なく、ツバキは事実を叩き付けた。


「この学園、何か入り込んでいるぞ」
「またかよ!!!」


 ジャミルが枕に拳を入れる。ボス、と鈍い音を立てて、枕が思い切り凹んだ。
 けれど、事実はこれだけではない。畳みかけるように、ツバキは追い打ちを掛けた。


「ちなみに複数」
「嘘だろ」
「いや、本当に」


 ―――――こんなことで嘘を付いてどうする。そう言って肩を竦めるツバキに、ジャミルは頭を抱えた。
 「この学園って王族とかも通ってたよな? 何かあったら国際問題に発展しかねないのでは?」と顔から血の気が引いていく。
 今のところ刺客が入り込んできたことはないが、この学園は人成らざるものに対する備えがあまりにも不足している。刺客がそのことに気付いてしまったら、それを利用してカリムの暗殺を謀る可能性だってあるのだ。他人事でいたいけれど、ジャミルにとっては死活問題だった。


「…………どうにかすることは?」
「流石に学園の機構に手を加えるのは難しいな。下手に手を出すと、全てを瓦解させてしまう可能性もある。それに、しっぺ返しも怖い」
「……ああ、そうか。歴史のある学園だからな。組み込まれている術式も古く、堅牢なものだろうし、後から書き換えようとすると、それを阻止する術式が発動する可能性もあるか」
「ああ。だから、個人の防御を固めるほかない。うちの式神達を貸し出そう。使い魔として申請すれば、そばに置いておくことも可能だろう?」
「良いのか? 仕事に支障は?」
「問題ない。うちに一体どれだけの使い魔や式神がいると思っているんだ」


 幼い頃から何度も訪れたツバキの実家。その全てを知っているわけではないが、相当数の使い魔達とも面識があった。一部であろう彼らの顔を思い返してみても、かなりの数が思い浮かぶ。二、三体くらいなら借り受けても問題なさそうだな、と納得した。


「それでしたら、私めにお任せを!」


 ドロン、という音と共に、モクモクと煙が立ちこめる。その煙が霧散すると同時に、小さな狐が現れた。ジャミルもよく知っている、ツバキの使い魔の一体だ。その愛くるしい姿を見て、ジャミルが口元を緩ませる。


「久しぶりだな、こんのすけ。元気そうで何よりだ」
「ジャミル様もご壮健のようで何よりでございます!」


 管狐のこんのすけである。彼はまだツバキが幼い頃に、怪我で動けなくなっていたところを助けた妖だ。一時期は熱砂の国にも連れてきており、ジャミルも共にお世話をしていたので面識があった。
 管狐とは、竹筒に収まるほどの大きさであるとされ、過去や未来を言い当てる占術を使えるとも、他人に災いをもたらす呪術を行使出来るとも考えられている妖だ。また、人に取り憑き、その精気を喰らって祟り殺す力を持つとも言われている。そのため一種の憑き物とする考えもある。
 その一方で、使い魔や式神のように使役することも出来、彼らを守り神として崇めれば、術者のために働いてくれると言い伝えられている。
 しかし、ツバキの持つ管狐は少し違う。管狐は地方によってはイタチほどの大きさであるともされているのだが、彼女の管狐はこちらに近い。はっきり言ってしまえばバケツくらいでないと入らないような大きさである。
 また、こんのすけは独自の調査網を持ち、情報収集を得意としている。攻撃力はあまり高くないが、結界術などの防御面に優れており、守りを固めるには打って付けの存在だった。


「ふふ、確かに君なら守りの要になれる。君が守りを担ってくれるなら、これほど頼もしいことはないな」
「もちろんでございます! このこんのすけ、命を懸けてジャミル様方をお守り致します!」
「ありがとう。でも、命はツバキのために懸けると良い」


 こんのすけを腕に抱き上げて、柔らかい毛並みを撫でる。ふわふわの体毛からはお日様の香りがした。


「守りはこんのすけがいれば問題ない。あとは鼠取り・・・が得意なこの子達を貸そうか」


 そう言ってツバキが呼び出したのは3メートル近い大きさの猫だった。光を吸い込む漆黒の毛並みを持つ二体の猫又である。
 猫又とは、山の中に住まう獣と、人家で飼われていた猫が年老いて化けたものの二種類がいる。ツバキが喚びだしたのは前者の猫又であった。
 ツバキの使い魔である彼らは兄弟で、それぞれ浅葱色と萌葱色の瞳を持っている。そこから兄を「浅葱」、弟を「萌葱」と呼んでいる。


「数多いる式の中から我ら兄弟をお選びいただけるとは、恐悦至極に存じます」
「ボク、頑張る」
「アサギとモエギか。君達は潜んでいる獲物を狩るのが得意だったな。頼もしいよ」
「ボク、狩り得意。ジャミル、欲しい獲物居たら言って?」
「ああ、その時は頼む」
「どのような獲物であれ、どうぞ我らにお任せを」


 萌葱が二本の尻尾を立てながら、ジャミルに擦り寄る。顎の辺りを撫でてやると、ごろごろと喉が鳴った。
 彼らは元々、人に化けたり、人を襲うとされている妖である。今でこそ清庭家に使える使い魔に名を連ねているが、その昔は大層やんちゃをしていたという。神職に名を連ねるもの達にその名が広がっており、その実力は折り紙付きだ。
 これだけの式神達が居れば、その守りは要塞にも劣らない。甘えたいのを我慢していた浅葱を撫でながら、ジャミルがほっと息をついた。
 しかし、これだけの式神達を借り受けることが出来ると言うことは、それだけ多くの厄介ごとがこの学園に舞い込んでいると言うことでもある。自分も気を引き締めつつ、カリムにもしっかり言い聞かせておかなければ。


「さて、私はそろそろ帰るかな」


 絨毯から立ち上がり、ぐっと身体を伸ばす。パチン、と指を鳴らすと、魔法陣が浮かび上がった。神隠しを応用し、異界に潜り込むことで道のりを短縮するツバキオリジナルの魔法である。転移魔法よりも時間は掛かるものの、空間転移と違って霊素変換がない分、身体への負担がないというメリットがある。怪我人などを運ぶ際には、こちらの方が安全である。


「ん、分かった。気を付けて帰れよ」
「ありがとう。みんながいるからと、君も気を抜かないようにな」
「ああ。おやすみ」
「おやすみ」


 式神達を伴ったジャミルに見送られ、ツバキが魔法陣に足を踏み入れる。その瞬間、濃い花の匂いがした。




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