ジャミルの友達が姐さんだったら 7






 シルバーは、あの日の出来事を反芻していた。空間と空間の狭間。“あわい”と呼ばれる場所に迷い込んでしまった日のことだ。
 深い愛を持つ人の夢に迷い込んで、その夢を壊してしまうことが哀しくて、他人の夢に介入せずに済む方法を探していた。けれど、その答えが見つからなくて。その果てに、夢から夢を渡り、遠い異国の地に降り立ってしまったのだ。
 奇妙な場所に迷い込んで、途方に暮れていたのを助けてくれたのが、例の夢の主だ。相手が夢の主であることに気付いたのは、別れる直前のことで、謝罪の言葉を告げることも、感謝の意を伝えることも出来なかった。それがどうしようもなく心残りで、ずっとその人を探している。けれど手がかりは少なくて、捜索の手助けとなるものを見つけたくて、今一度夢の主との出来事を振り返っていたのだ。
 あまり見かけない建築様式。ジンジャという名前の建物。そこから導き出されたのが東方の国。
 人とは違う、異形の者達。そう言えば、首の長い女形の異形が、大切なことを口にしていたような気がした。


(そうだ……。あの首の長い異形は、名前を言っていた)


 “あわい”に対して理解がある人間。異形達に恐れを為さず、また彼等と交流のある人々。アサクラんとこの坊主。イズハラんとこの娘っこ。それから―――――。


「サニワんとこの子供……」
「ん? どうした、シルバー?」
「親父殿、思い出したことがあるんです」


 名前というのは、相手を知る上で重要な情報だ。音の響きなどである程度の出身地さえも判明してしまうことだってある。珍しい事例ではあるが、特定の名字はその一族しか名乗れない、という地域も存在するのだ。
 シルバーを手伝って、東方の国の情報を調べていたリリアが、彼の呟きを聞いて顔を上げた。なかなか進展がなく、最近はずっと落ち込んだ様子だった彼の顔が、明るいものになっていた。そのことに驚きつつ、視界が開けるようなことを見つけたのだろう、とリリアの口元に笑みが浮かぶ。視線で続きを促すと、彼にしては珍しく、弾んだような声を上げた。


「名前を思い出したんです。お互いに名乗りあったわけではないのですが、夢の主が“サニワんとこの子供”と呼ばれていたのを聞いたんです」
「サニワ……。珍しい響きじゃな。じゃが、それはそれだけ珍しい名であると言うことじゃ。でかしたぞ、シルバー。次はその名を元に色々と調べてみようぞ」
「はい、親父殿」


 ―――――東方の国のサニワ。どこか覚えがあるような気がしたリリアが、小さく首をかしげる。
 けれど、長く生きていればそういうことは往々にしてよくあることで、その違和感を放置して、顔を明るくさせたシルバーを微笑ましく見つめていた。
 ウィンターホリデーを迎える、前日のことであった。







 ウィンターホリデーに入り、茨の谷に戻ったシルバー達は、セベクを含めた4人で夢の主こと“サニワ”について調べていた。マレウスもサニワと「会ってみたい」と言ったことで、茨の谷の王家の書庫までもが開かれ、調査は大きく進展した。
 異界に当たる“あわい”に詳しく、異形の者達との交流があることから、サニワは東方の国の神職に関わる人間なのではないか、という推論を立て、そのように調査を進めたのだ。そして“サニワ“が”審神者”という職業の名であることが判明したのだ。


「“審神者”とは、神託を受け、神意を解釈して伝える者……」


 曰く、神主や巫女に降りてきた神が何者であるかを見極め、神と語らう役割を持つ人間のことを指す。魔法が発展した昨今では、その意味が広がり、現在では神に纏わるすべての事柄に携わる人間のことを指す言葉になっている。
 その情報に辿り付いたとき、シルバーはおろか、マレウスやリリアでさえ言葉を失った。神が地上から去ったと言われている現代で、世界で唯一神代が続いている国である。審神者と名乗る彼等、あるいは彼女等は、実際に神との間に交流を持っているのだろう。神職というものはどの国にも存在しているが、本当の意味で神と関わりがあるのは、東方の国をおいて他にない。
 思ったよりも、大変なことに巻き込まれていたのか。それとも、偶然居合わせた相手が想像よりも凄い人物だったのか。よく無事だったものだと、リリアがコアラのようにシルバーに抱きついた。セベクがこっそりとシルバーの服の裾を握りしめ、マレウスが真顔で雷を落とした。


「シルバー……。改めて、自分の眠りについて調べ直した方が良いのではないか? 次にこのようなことがあったら、どうなるか分からんぞ」
「………そうだな」


 セベクの忠告に、シルバーが重々しく同意を示す。幸いにもホリデー期間中である。授業がある日よりも、調べ物をする時間はたっぷりとあった。
 もう少し、審神者について踏み込んで調べていく。その情報は殆ど見つからなかったが、審神者が表に出てきそうなイベントが一つ見つかった。降臨祭―――――東方の国で古くから続くお祭りである。大晦日から元旦に行われる行事で、神と人との繋がりを確かめるための行事であるという。全国各地で大規模な神降ろしの儀が行われ、降臨した神々に供物を捧げ、感謝を告げるのだ。それ故に感謝祭と呼ぶ地域もあるのだとか。
 何故その降臨祭に審神者が関わってくるのかというと、神降ろしには莫大な魔力が必要とされているからである。その上、儀式にはその道の玄人達が複数人必要になってくるのだ。当然、名のある一族はその行事に関わってくるだろう。
 例の夢の主が、どのような地位にあるのかは分からない。けれど、異形の者達に“サニワんとこの子供”と認識される程度には、夢の主は審神者としての仕事に従事しているのだ。降臨祭に参加していてもおかしくはない。
 夢の主が、本当に降臨祭に参加するかどうかは分からない。あくまで可能性の話だ。また、東方の国に赴いても、全国各地で行われるお祭りで、たった一人の人間を見つけるなんて不可能だろう。そもそもの話、夢の主が真実“審神者”であるかすらも分からないのだ。
 行きたい、と口にするのは憚られた。自分にはマレウスの護衛という大役があって、それを放棄するわけにはいかない。
 けれど、会えるならば、会いたい。会って、もう一度―――――。


「シルバー」
「っ! はい、」


 思考の海に溺れていたシルバーが、マレウスの声に引き上げられる。一気に思考が霧散して、慌てて顔を上げる。


「お前に一つ、仕事を与えたい」
「え?」
「東方の国に視察に行ってくれ」
「視察、ですか……?」
「ああ」


 マレウスの言葉の意図が読めず、シルバーの顔に困惑が浮かぶ。そんな彼を、マレウスは微笑みを持って見つめ返した。


「この一件で東方の国を調べていて、僕自身がかの国に興味を持ったんだ。今回は公務があるから行けないが、サマーホリデーか、次のウィンターホリデーにでも是非行ってみたいと思っている。そのために、治安の善し悪しや内情を見てきて欲しい」


 頼めるか、と尋ねられ、シルバーが呆然としたまま頷く。
 目を瞬かせ、改めてマレウスの言葉を反芻する。彼は、シルバーが飲み込もうとしていた望みを叶えようと、このような指示を出したのだ。それに気付いて、シルバーはカッと胸が熱くなった。マレウスの優しさを喜ぶ気持ちと、主君に気を遣わせてしまったという後悔が胸を占める。けれど、彼の心遣いを撥ね付けるのは違う気がして、“主君からの命”という形で、彼の心を受け取った。
 シルバーが目元を緩ませてマレウスを見上げると、彼は笑みを深めた。


「リリアはシルバーについて行ってやれ。セベクには申し訳ないが、僕の護衛を頼む」
「はっ! もちろんです、若様!」
「セベク、マレウスを頼むぞ」
「お任せください、リリア様!」


 ちなみに今年のリリアの誕生日は、東方の国に旅立つ前日に、盛大に行われることとなった。




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