ジャミルの友達が姐さんだったら 6
清庭家には様々な部門、部署が存在する。その中には他国とのやりとりをする部署ももちろんあった。外交部である。
外交部の中でも細かく分類されており、会合などに赴くチームもあれば、所謂“お問い合わせ”に答えるためのチームもあった。
専用のオフィスが設けられたここは後者のチームの職場だった。
「茨の谷から問い合わせが……」
一人が、書簡を手に真っ青な顔で震えた声を絞り出す。その声に顔を上げた上司が男の手元を見れば、どう見てもやんごとなき身分の方から送られてきたことが分かる、見事な書状が握られていた。
絶対王宮からじゃん、と。何故接点の殆どない茨の谷から書簡が届いたのかと、上司が心底不思議そうな声を上げた。その声は子供が「あれは何?」と尋ねるような響きを持っていたが、それはこの場にいる全員の疑問であったので、声を上げたのが彼でなくとも、きっと似たような響きを持っていたことだろう。
「何でも、迷子になっていた子を送り届けてくれたとか、果実酒を貰ったとか……」
「それ、絶対椿様じゃん」
書簡を確認した男の同輩が、思わずといった様子で声を上げる。
清庭家本家の一人娘の名前が出てきたことで、他の面々も次々に顔を上げた。
ツバキは本人が思っている以上に慕われているのである。そのため、彼女の名前が出ると、仕事を放ってまで話を聞きたがる人間も大勢いるのだ。
「なになに? 椿様がどうしたって?」
「まーた何かやらかした?」
「やらかした言うな。何か、一般人じゃ想像も付かないことしただけだろ」
「それをやらかしたと言うんだと思います」
「あの方、自分では平凡だと思ってるみたいだけど、かなりの規格外だからなぁ」
ツバキはご令嬢であるにも関わらず、現場に出たがる人間だった。指揮官として采配を振るうだけでも良いのだが、彼女はそれを良しとしない。そうして現場で繰り広げられる突拍子もない言動の数々。何の意味があるのか分からない指示に従って事を進めていくと、最終的にはそれが正解だったと気付かされるのだ。それが最善だったのかは分からないが、それでも誰もが手をこまねいていた事件を解決に導いてしまうのだから、ツバキの指示に従っていた部下達は、どうあがいても彼女を尊敬せずにはいられないのだ。
現当主のツバキの母もそうであり、前当主のツバキの祖母もそうであったというのだから、血は争えない。
た、彼女らは“女傑”と呼ばれるほどの功績を残しており、特に祖母は過激、苛烈を極めた人物だった。ちなみに、ツバキはそんな祖母にそっくりであるという。それは外見を指すのか、性格を指すのか。もしかしたら功績を指すのかもしれない。
しかしそれは、そのように評価した人物のみぞ知ることである。
何はともあれ、以上のことからツバキはよく“規格外”と称されることが多かった。本人としては誠に遺憾であるようだが、周囲からしてみれば、それは当然の評価であった。
閑話休題。
「どうやら、オオカムヅミの果実酒を頂きに参った際に、一般人が迷い込んでしまっていたようで」
「ああ、あそこかぁ。あそこはほとんど隔たりがないからなぁ」
「ええ。それで、その迷い込んだ一般人の方が茨の谷の王家の関係者だったらしく」
「おいおいおいおい」
「それは一般人じゃねぇ」
「椿様の巡り合わせは一体どうなってるんだ???」
これもツバキが規格外と評価される所以の一つ。奇妙な縁を繋ぎやすいと言うこと。
ツバキはよく、どこでどのようにして知り合うのか検討も付かないような相手と縁を結ぶことがあるのだ。神職に携わる一族とも、会合や顔合わせ以前にどこかで知り合っていることが多々あった。そして会合などで再会した際に、ようやくお互いの正体を知ると言うことを、彼女は何度も繰り広げている。
「それで、ええと、相手は名乗らなかったので、どこの誰か分からないため、神職の一族に片っ端から連絡を取っていると」
「やめてくれ、王族」
「絶対全国各地で大混乱が巻き起こってる」
「俺らがすでに大混乱なんだよなぁ」
高貴なお方というものは、威光を示すためか何なのか、何でも大袈裟すぎるのだ。それに振り回される下々のものはたまったものではない。
ちなみに職員の予想通り、混乱の渦は全国各地で見られた。一体どこの誰が茨の谷と縁を結んだのか。中には予想が付いたものもいたようだが、確証がないので皆一様に口を噤んでいた。予想が正しければ、迂闊なことが出来なかったためである。何せ予想した人物は“敵”と認識した相手にはとことん厳しい対応しかしないことで有名だったので。
「それで、どう答えたんだ?」
「椿様だという確証がなかったので、分からないと答えておきました。そもそも個人情報ですし、椿様だという証拠があっても答えませんでしたが」
「ま、それが正解だな。宗教色の強い国だと、政治利用されかねないし」
「それ以外にも利用価値はいくらでもあるしな」
ツバキは本当なら、もっと秘されるべき人間なのだ。
対外的に神降ろしは神職に携わるものが大人数で行い、ようやく成功するとされている。そのため拉致などの被害は出ていないものの、一個人で神降ろしが可能だと判明すれば、その身柄を確保したいと考えるものは数えるのも億劫になるほど現れるだろう。
もちろんそういった人間は少なくはない。東方の国は神との距離がごく近くにあるためだ。何なら親戚感覚で付き合っている人間も大勢居る。
けれどツバキは、一個人で神降ろしが行える他、それがどのような神であるかを見極め、正確に神意を理解することが出来る奇跡とも呼べる稀有な人間であった。ツバキは審神者になるべくして生まれた、不世出の審神者なのである。
「まずは当主様にお知らせして、判断を仰ぐか」
「椿様に事実確認した方がよくね?」
「それも含めて判断を仰ぐんだろ。椿様のことだから、自分に害を為さないと判断した相手にはあまあま対応しちまうし」
「ああ、確かに」
心に量や大きさがあるのなら、ツバキは人よりもほんの少しだけ、量が多いのだろう。だから、大切に思う相手に傾けられる分量が多いのだ。
けれど、その弊害であろうか。ツバキは、一度懐に入れた相手であれば、大抵のことは許せてしまう寛大さを持っていた。その心の広さを買われて株を上げることもあるけれど、中には危うい性質であると眉をひそめる者もいた。
外交部は、とにかく情報に触れる部署である。真偽のほどは定かではないものの、その分ツバキの噂も多く耳にした。そのたびに、彼等の意見は前者と後者を行ったり来たりする羽目になり、こういった場面に遭遇すると、ツバキの身の安全を第一に考える人間に判断を委ねる形を取ることになったのだ。誰よりもツバキを愛していて、ツバキのために心を砕ける人の意見ならば、自分たちに異論はない。
当主様の仕事を増やすなと文句を言われることもあるけれど、どこの部署も似たり寄ったりである。それほどまでに、幼い頃からその成長を見守られてきた愛し子は、誰が見ても大変に危なっかしく、どうしようもなく世話の焼ける子供だったのだ。
そんな少女ではあるけれど、彼女が向けてくる親愛があまりにも眩しくて、見捨てるなんてことは決して出来やしないのだ。
清庭椿という人間は、そんな風にして周囲の人々を魅了する、所謂人たらしという奴なのである。