ジャミルの友達が姐さんだったら 5






 目を覚ましたシルバーは、いつの間にか自室のベッドに横たえられていた。ぼうっとする頭で周囲を見回すと、ベッドの両側から、主君であるマレウス・ドラコニアと、父親として自分を育ててくれたリリア・ヴァンルージュが心配そうに顔を覗き込んでいた。


「…………っ!? ま、マレウス様!? お、親父殿!?」


 がばり、と勢いよく身を起こす。そんなシルバーに、二人は安堵の笑みを浮かべていた。


「目が覚めたか、シルバー」
「おぬしの意識がどこか遠いところにあるようじゃったから、心配しとったんじゃぞ!」
「も、申し訳ありません……」
「いやいや、こうして目を覚ましてくれたなら何より。しかし、なかなか驚いたぞ? いきなりカリムがディアソムニアに飛び込んできて、続けておぬしを背負ったジャミルが現れたんじゃからな」
「僕も驚いた。お前を介抱してくれた二人に、後日きちんと礼を言わねばな」


 そう言って、二人はシルバーが部屋に運び込まれた経緯を語る。何でも、話している途中で意識を途絶えさせたシルバーを、カリムとジャミルの二人で介抱してくれたらしい。しかし、何となくいつもの眠りと違うような気がして、シルバーをよく知っているだろうマレウスとリリアに話を聞きに、彼らはディアソムニアに訪れたという。そしてシルバーの様子を見て、彼の意識が別のどこかにあることがわかり、リリア達も驚いたという。マレウスなど、思わず雷を落としてしまったそうだ。


「して、何があったんじゃ?」
「は、はい、実は……」


 マレウスとリリアに促され、一連の出来事を説明する。美しい夢を見ていた事から、順に。
 いつもとは違う、誰かの夢に入り込んでしまう日が続いていたこと。そのことが原因で、夢の主をたくさん悲しませてしまったこと。そんな顔をさせたくなくて、夢に関する書物を探していたことを、丁寧に。その途中でカリムとジャミルに声を掛けられたのだ。会話を終えて、一度マレウス達にも話を聞いてみようと寮に戻ろうとして、シルバーはいつものように眠りについてしまった。


「そして、眠りについた先で、夢の主と出会ったんです」


 異形のものたちが集う一本道。異形の女に声を掛けられて、一人の人間が道案内をしてくれることになったのだ。
 その案内人にとなってくれた人も、そこには用があって来ていた。その用を済ませたら帰り道を教えてくれるというので、道の先にある神の社に向かったこと。そこで二人で果実酒を受け取ったことを話した。
 そして、学園まで付き添って貰い、ここでようやく相手が夢の主であると判明したのだ。


「……なるほど、確かにただの夢ではなさそうだな」


 そう言って、マレウスがベッド脇に目を向ける。釣られてシルバーもそちらを見ると、そこには狐の面と瓢箪が置かれていた。何故ここに、と目を瞠ると、マレウスが狐の面を手に取った。


「お前が目覚めたと同時に現れたんだ。おそらく、夢の主とやらがお前の意識とともに送ってくれたのだろう」
「メッセージもついておったぞ」


 そう言って、リリアに小さなカードを渡される。見れば、そこには丁寧な字で「大切な人とお召し上がりください」と書かれていた。また「信頼できる人に事情を話すのは良いけれど、基本的には他言無用で頼む」とも。
 それもさもありなん。神からの賜り物など、喉から手が出るほど欲しがるものもいるだろう。このことは二人と、あとは弟分に話して、残りには秘密にしておこうと心に誓う。二人にもそのように説明して、マレウス達もその考えに同意した。彼らは、シルバーを無事に送り届けてくれたことに感謝しているようだった。


「しかし、随分と太っ腹な御仁じゃな。わざわざ異界にまで赴いて得たものを、こうも簡単に人に分け与えるとは。名前が聞けんかったのは、ちと残念じゃったの」
「ああ。僕も、会ってみたいものだ。それに、シルバーの件や、果実酒の礼もしなければ」
「…………探します。俺も、お礼を言いたい。謝罪が許されないのなら、その分、感謝を伝えたいんです」
「そうじゃな! みなで探すとするか!」
「ふふ、ではそうしよう。この品は、そのようなことにうってつけだ」
「ふはは! 確かに、幸運をもたらす果実酒じゃからな。神々の飲み物なら、その効果も折り紙付きじゃろう。景気づけに、これで乾杯といこうぞ!」
「はい。今、グラスをお持ちします」


 そう言って、キッチンから人数分のグラスを持ち寄って、瓢箪に入った果実酒を注ぐ。黄金色の液体は、琥珀のような輝きを持っていた。寮の一角が、芳醇な桃の香りに包まれる。しばしその輝きと香りを堪能し、マレウスが杯を掲げた。彼の乾杯の合図に合わせてグラスを掲げ、杯に口を付ける。一口飲んで、驚いた。酒独特の苦味と、桃の甘い味わい。けれど、果実らしいさっぱりとした清涼感があった。酒気は強いようだったが、それを感じさせない飲みやすさがあり、いくらでも飲めてしまいそうだった。
 ほう、と思わず溜息が漏れる。たった一杯で人を夢見心地にさせる、まさに天上の飲み物だった。
 ―――――美味しい。酒を飲んだことのなかったシルバーは、生まれて初めて飲んだ酒がこの果実酒であったことに感謝した。


「うむ、実に美味じゃ。長く生きておるが、これほどの酒は初めてじゃ」
「僕もだ。おばあさまや、セベクにも飲ませてやりたい」
「そのように手配します」
「お前が貰ったものなのに、すまないな」
「いいえ。大切な人と飲むことを願われています。俺も是非、みんなに飲んで欲しいです」


 シルバーの柔らかな笑みに、マレウス達の顔にも優しい笑みが浮かぶ。その笑みには愛しさのようなものが滲んでいて、面映ゆくなったシルバーはもう一度グラスに口を付けた。


(二人が俺に向ける笑みは、あの人の笑みと似ている気がする……)


 脳裏に、自分を送り届けてくれた案内人の顔が浮かぶ。浮かんだその顔は、最後に見た微笑みだった。
 愛しいという想いだけを乗せた、花が咲いたような微笑み。悲しい顔ばかりを見ていたものだから、その笑みは一等輝いて見えた。
 あの笑みを、シルバーは忘れなければならないと思っている。あれはきっと、大切なもの達のみが見ても良い笑みだった。愛しいという感情を向けられた相手だけが受け取って良いものだった。
 けれどシルバーは、あの美しい笑みを忘れることが出来なかった。
 最後に握りしめた細い腕の感覚が蘇った気がして、シルバーは掌をぎゅっと握りしめた。




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