ジャミルの友達が姐さんだったら 5
―――――夢を見ていた。それは美しく、愛しい夢だった。
それは自分のものではない。いつか会った人、あるいはいずれ会う人の夢。
その夢は、誰かの大切な思い出だった。
(あれは、一体誰の夢なのだろう……)
ナイトレイブンカレッジの中庭で、急激な眠気に襲われたシルバーは、地面に倒れるような形で眠りについていた。そんなシルバーはいつの間にか動物に囲まれており、彼が目を覚ました気配を感じ取った小鳥が、彼の肩口まで寄ってきて小首をかしげる。そんな小さな友人に淡い笑みを浮かべ、シルバーは身を起こした。
膝の飛び乗ってきたうさぎの背を撫でつつ、夢の内容を反芻する。酷く美しい夢だった。
見慣れない服装の男達が、白に近いピンク色の花を咲かせた木の下で、何やら楽しげにしている夢だった。夢の主は、この世のものとは思えない美しさを誇るもの達に囲まれて、幸せそうに微笑んでいた。
愛しくてたまらないのだと、その瞳が雄弁に語っていた。彼らを心から愛しているのだと、見ているだけのシルバーにも伝わるくらいに。
愛に溢れた、胸が締め付けられるような光景だった。幸せだけを詰め込んだような、夢の主の宝物。
―――――これはきっと、自分が見ても良いものではない。
美しい夢だった。いつまでも見ていたくなるような、あたたかい風景だった。
けれどこれは、自分のものではない。どこかの誰かの大切なもの。
自分はここに居てはいけない。ここは彼ら以外がいてはいけない。ここは夢の主が作り上げた、己のための箱庭。自分がここに居るのは、あまりにも無粋で場違いだった。
どうにかして抜け出さなければ、とその場を離れようとしたとき、夢の主がこちらを振り向く。気付かれてしまった、と身を強張らせると、夢の主は一瞬驚いたように目を瞠り、次の瞬間には笑っていた。
悲しくて、寂しくて、どうにかなってしまいそうな笑みだった。“夢から醒めた”という言葉がぴったりの、絶望を滲ませた微笑。
本来ならば忘れているはずの記憶が、夢から醒めてもはっきりと残っていた。シルバーが夢からはじき出される直前に見た、その歪んだ口元が脳裏にこびりついて離れないのだ。
―――――自分の存在が、あの美しい世界を壊してしまった。あの夢を終わらせてしまったのだ。
彼は悔やまずにいられなかった。あれはきっと、もう二度と戻れない世界の夢なのだ。もうどうしようもないものを、夢という形で取り出して、大事に大事に愛でていたのだ。
相手の素性など全く知らない。初めて見た顔で、名前なんて分からない。けれど、それでも、同じ夢を見たが故に、彼はあの夢がどのようなものなのかを、痛いほど知ってしまったのだ。
(ああ、どうして、あの夢に渡ってしまったのだろう……)
どうしようもない程の愛で満たされた、幸せな空間だった。あんな風に心を寄せられたら、きっと誰もが愛を返したくなるような、溢れんばかりの思いだった。
あれは、自分が知って良いものではなかった。勝手に入り込み、土足で踏み荒らして良いものではなかった。夢の主だけが、主が思いを向ける相手だけが許された世界だった。
ああ、どうか、願わくば。
―――――あの愛に、傷がついていませんように。シルバーはただひたすらに、それだけを祈った。