ジャミルの友達が姐さんだったら 4
全学年、全クラスのテスト返却が行われ、生徒達は浮き足だった空気を一変させていた。成績優秀者の名前が発表されるのだ。
テスト結果の良かった上位50名の名前が廊下に張りだされる瞬間を、生徒達は今か今かと待ち望んでいた。
そんな中、自分の順位に検討の付いていたアズールは、涼しい顔をして席に座っていたジャミルを見つけ、彼に声をかけた。ジャミルはアズールを見上げ、淡く微笑む。
「散々な目に遭ったようだな」
「…………何のことでしょう?」
ジャミルの柔らかい笑みに、アズールの口元が引きつった。
彼の言う“散々な目“というのに、心当たりしかない。しかし、何故彼がそのことを知っているのか。その答えはすぐにもたらされた。
「ボードゲーム部にいるだろう、スカラビアの生徒が。ちょっとリークして貰ったんだ」
いつもは澄ました表情を浮かべているジャミルが、にっこりと笑みを浮かべている。一見、人畜無害な好青年に見えるけれど、この学園に裏表のない生徒は片手で足りるほどしか存在しない。そして彼は、きっちりと裏表のある人物だった。
アズールの所属するボードゲーム部にはスカラビア寮の生徒が複数人在籍している。こっくりさんの一件があった日にも、数多くのスカラビア寮生が部活に参加していた。その中の誰かとジャミルが繋がっていて、情報のやり取りをしているのだろう。特に最近は、アズールがジャミルに積極的に関わろうとしていたので、注意してみておくように言いつけていたのかもしれない。アズールを鬱陶しく思っていたジャミルが、アズールを遠ざけようと弱みを握ろうとして、そのように指示していたと言うことは十分にあり得る事態だった。
「倉庫から真っ青な顔で出てきたんだって? 一体何があったのか気になるな?」
―――――ああ、もう、どいつもこいつも!!!
わざとらしいくらいの笑みを浮かべるジャミルに、アズールは頭を掻き毟って叫び声を上げたい気分に陥った。けれど、ここで感情を露わにするのは負けのような気がして、荒れ狂う感情を飲み込んで、無理矢理笑顔を作った。もちろん、その口元は取り繕えないほど歪んでいたけれど。
「僕より自分の心配をしたらどうですか?」
今日は期末テストの結果が発表される日である。彼はこの日のために100年分の過去問を分析し、虎の巻を作成したのだ。そのノートを使い、勧誘を続け、数多くの生徒達と契約を交わした。この日は、アズールが自分の野望を叶えるための第一歩となる日である。
しかし、ジャミルはそれをすげなくあしらった。取り付く島もないという言葉がぴったりの様相で。
この日までに彼を調べたけれど、彼の正体は結局不明なまま。平凡な優等生という評価を覆すような結果は得られなかった。
しかし、全く分からなかった訳ではない。彼は自分と同じで、外聞を気にかけるきらいがある。それはおそらく、アジーム家への余計な反感を買わないため。そして自分の評価のためだ。それならば、自分だって良い成績を取った方がいいだろうに。けれど彼は、確実に点が取れるアズールの提案を蹴ったのだ。
虎の巻を受け取らなかった者達の成績は、今回大幅に落ちるだろう。そのことを、彼にだけは話したというのに。だというのに、彼は美しい微笑みを浮かべたまま、余裕の態度を崩さない。
「答えはすぐに分かるさ」
廊下がざわめく。廊下の掲示板に、優秀だった生徒達の成績が張り出されたのだろう。
アズールの意識がそちらに逸れる。見に行こうと立ち上がったが、ジャミルはその場を動こうとしない。まるで、その答えを知っているというように。
アズールが声をかけても、「自分はいい」とつれない返事を返すのみ。むっとした表情で、アズールは廊下へと向かった。
ちなみに期末テストの結果だが、アズールの申し出を蹴ったジャミルは満点を叩き出し、首位に名を連ねたのだった。そのことを知ったアズールが血相を変えてジャミルの元に駆け戻ってきたが、彼は笑ってアズールを一蹴した。
「だから言ったろ? 俺の実力はこんなものじゃないって」
ぐぬぬ、と歯ぎしりするアズールを前に、ジャミルはケラケラと声を上げて笑った。