ジャミルの友達が姐さんだったら 4






 期末テストが終わり、生徒達はその開放感故に浮き足立っていた。久々に顔を出したボードゲーム部もいつも以上に賑わっており、いつもなら広く感じる部室も、今日は何となく圧迫感を感じるほどだ。いつもとは比べものにならない人口密度に、いつも一緒に対戦をする先輩の姿は見られなかった。その先輩は酷く人見知りなのである。
 先輩との対戦を楽しみにしていたアズールは、ほんの少しがっかりするものの、それをおくびにも出さずに部屋を見回す。他に相手になりそうな人は居ただろうか、と考えていると、何やら見慣れない用紙を持って部屋を出て行く二人組が目に入った。少しくすんだゴールドの髪の先輩と、明るいブラウンの髪の先輩。一緒に行動しているところを見たことのない二人だった。
 気になって「それは何か」と尋ねると、相手は機嫌良く答えてくれた。


「こっくりさんっていう、東方の国の占いをやってみようって話になったんだよ」
「テーブルターニングの東方の国版って感じかな」


 東方の国の名を聞いて、アズールはほんのりと興味をそそられる。
 東方の国の縁者を探すために、東方の国について調べているものは多い。彼らを示す特徴はないかと探し回っているのだ。あまり有益な情報は得られないが、それ以外で興味深いものが見つかったりするのだ。それをきっかけに、現在のNRCではちょっとした東方の国ブームが起こっている。彼らもそのうちの一人で、東方の国について調べているときに、東方の国のテーブルターニングを見つけたのだろう。
 こっくりさんのやり方の説明を受け、アズールは違和感を覚える。これは本当に占いなのだろうか、と。


「これで占って、噂の人物を見つけ出そうって訳」
「ま、成功するとは思ってねぇけど、暇つぶしには丁度良いだろ?」
「失敗してもデメリットはないし、成功したら成功したで美味しい情報を得られるわけだしな」


 お前もやるか、と尋ねられて、アズールは少し考える。どうにもただの占いとは思えないのだ。これは降霊術の類いに近いのではないか、と。
 また、この“こっくりさん”という占いの成功例は恐らく低いだろう、と当たりを付ける。“こっくりさん”と呼ばれる妖精か何かに問いかけ、答えを貰い受ける。対価も何も用意せずに。そんなお遊びに、相手が応えてくれるとは思えないのだ。
 きっと旨味はないだろう、と判断したアズールは遠慮する旨を伝えた。


「何だよ、ノリ悪いな。もしかして怖いのか?」
「まさか」
「いやいや、仕方ねぇよ。だって不気味な儀式だもんな? 正体不明のやつに呼び掛けるなんて。怖がるのも無理ないって」
「お邪魔しては悪いかと思っただけですよ。そこまで言うなら、遠慮なく参加させていただきますね」


 咄嗟に口をついて出てしまった言葉に、アズールは内心で「しくじった」と思った。彼の負けん気が、臆病者と断じられることを拒んだのだ。
 しかし、後の祭りである。一度口からまろび出てしまった言葉は取り戻せない。時間の無駄が確定してしまったアズールは、内心で大きく溜息をついた。煽るような言葉を告げたゴールドの髪のした先輩がにやりと笑う。その笑みに苛立ちを覚えたものの、喧嘩上等の覚悟でアズールは笑顔を返した。
 上機嫌な先輩二人のあとをついて、物置として使われている教室に入る。予備の机と椅子を並べ、机を囲むように席に着く。そして彼らに教えられた通りに、紙の上に置かれたコインに指を置いた。


「「「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。おいでになられましたら“はい”へお進みください」」」


 決められた手順通りに、こっくりさんを呼び寄せる。
 しかし、コインが動くことはない。やはりな、と思いながらアズールが肩を竦めた。チラリ、と先輩達に視線を向けると、彼等はそれを予想していたようだった。
 何度かこっくりさんを呼び寄せるように声をかける。しつこいくらいに繰り返し、そろそろ本格的に時間を無駄にしていると感じてきたアズールがため息をつこうとしたとき、すっとコインが動いた。はっとして顔を上げる。先輩二人の顔も、驚愕に染まっていた。


「…………成功した、ってことか?」
「……おそらくは」


 指し示された“はい”の文字を見つめながら、アズールは息を呑んだ。
 ―――――成功、してしまった。
 降霊術など、召喚術の中でも高位に位置する魔法だ。普通の召喚術とは、呼び出す次元が違う。故に、それを生業にする者も居るのだ。こんな簡単に行えるものではない。まして、こんな子供遊びのような方法で成功するなど、あり得ないのだ。

 ―――――もしかして自分たちは、とんでもないことをしてしまったのではないか?

 アズールの胸に去来したのは喜びよりも恐怖だった。取り返しの付かないことをしてしまったような、自分の手には負えないものに手を出してしまったような、どうしようもない後悔が押し寄せてくる。
 先輩達は嬉々として質問を繰り返している。テストの回答だとか、誰それの弱みだとか、どうでもいいような事ばかり。当初の目的である東方の国の縁者を探すことなど、忘れているようだった。
 それでいいと思った。そんなことよりも早く終わらせてしまいたい、と。
 丁度そのとき、部活終了を告げる鐘が鳴る。そのことにほっとして、アズールはこっそりと息をついた。


「もうこんな時間か……」
「こっくりさんを呼び出すまでに時間がかかったからな。片付けもしなきゃなんねぇし、さっさとお帰りいただこうぜ」


 これでようやく解放される。そう思ったアズールは胸をなで下ろした。


「「「こっくりさん、こっくりさん、ありがとうございました。お帰りください」」」


 する、とコインが動く。コインが向かった先に、アズールはぞわりと背筋を粟立たせた。
 ―――――“いいえ“。それは拒絶だった。
 もしや二人が共謀して怖がらせようとしているのだろうか。アズールが顔を上げると、先輩達は顔色を悪くさせていた。とても、アズールをはめようだとか、そんなことを考える余裕などなさそうだった。
 もう一度、声を揃えてお帰りを願う。しかし、またしても指し示された答えは“いいえ”だった。


「お、おい、お前らわざとやってるんじゃねぇよな?」
「ち、ちげぇよ! お前じゃねぇのか!?」
「二人とも、落ち着いてください! 来たときも時間がかかったんです。帰るときも少し時間がかかるだけですよ」


 そう言ってアズールが二人をなだめる言葉をかける。ゴールドの髪の先輩は落ち着きを取り戻したものの、もう一人は興奮状態から戻って来られないようだった。


「も、もうここで終わろうぜ? 俺達は帰れって言ったんだしさ。それで帰らねぇのは向こうの勝手だろ?」


 そう言って、ブラウンの髪の先輩が、指を離そうとする。
 拙い、とアズールがその手を押さえつけようとした、そのとき。


「絶対に手を離すな」


 すぐ傍で聞こえてきた第三者の声に、ドキリと心臓が跳ねた。相手は、丁度アズールの真後ろに居る。背中に受ける声は海底が見える海のように澄んでいるのに、どこか剣呑な空気を纏っていて、ぞわぞわと背筋が粟立つ。後ろを振り返りたいのに、それが人の形をしていなかったらと余計なことを考えてしまって、アズールは背後を振り向けないでいた。


「君達はこれを占いの一種として始めたようだな。それも間違いではない。しかし、これは降霊術でもあるんだ」


 やはりか、とアズールはバクバクと高鳴る心臓に手を当てる。それと同時に「畜生」と悪態が漏れそうになる。負けん気に飲まれず、自分の勘を信じれば良かったのだ。これは好ましいものではないと、本能が告げていたのに、それを無視してプライドを優先したから。だから自分はこんな目に遭っているのだ。


「そして、降霊が成功してしまっている」


 ぎり、と奥歯を噛みしめる。胸に当てていた手は、いつの間にか制服をぐしゃぐしゃに握りしめていた。


「きちんとお帰りいただかないと、どんな目に遭うか分からないぞ?」


 淡々と、事実のみを告げる声。その透き通った声で歌でも歌ってくれていたらいいのに、背後の人物はただただ恐ろしい事実のみを述べていく。
 どんな目って、どんな目に遭うというのだろう。ぐっしょりと濡れた背中が気持ち悪くてたまらない。アズールは浅い呼吸を繰り返した。


「な、何が起こるっていうんだよ! そもそも、ちょっと指を動かすことしか出来ないやつに、一体何が出来るって言うんだ!?」


 ブラウンの髪を振り乱し、先輩が叫ぶ。相手を威圧するような態度であったが、その声は情けなく震えていた。もう一人は真っ青な顔で俯いている。
 背後の人物は彼に答える素振りを見せなかったが、それは答えられないのではなく、呆れているが故であることが察せられた。
 室内の空気は、依然として変わらない。見えも聞こえもしないのに、何か悍ましいものがいる事だけがはっきりと感じられる。そんな状況で身動きも出来ず、かといって考えなしに行動には移せない。アズールは気が狂いそうになりながら、思考を巡らせる。そんなとき、隣から震える声が聞こえてきた。「お帰りください、お帰りください」と、わめき立てる声にかき消されながらも、もう一人が必死に懇願していたのだ。それに倣って、アズールも「お帰りください」と希う。それ以外に助かる方法はない。こういった儀式は、正しい手順で終わらせなければ、少なくはない対価を奪われるのだ。
 二人はこっくりさんを終わらせようと言葉を紡いでいることに気付いた男が、真っ青な顔で振り返る。男は化け物でも見るような顔をしていた。


「なぁ、思い切って手を離そうぜ! こいつの言ってることが本当なんて証拠もないだろ!?」
「そうは言いつつ、君自身から手を離しはしないんだな」


 ―――――なぁ、こっくりさん?
 先程から、手を離すことを推奨している片方が、背後の人物の声にピタリと喚くのをやめた。その様子に、アズールは息を呑む。
 すでに、乗り移られているのか。アズールは隣に座る男に目を向ける。違和感など何もない。部室で何度も見た、彼そのものだった。


「その身体、どうやら君のお眼鏡に適わなかったと見える。別のものに変えたくて仕方ないみたいだが、なかなか上手く行っていないようだな」
「なんで分かったの?」


 取り繕うことをやめたこっくりさんと呼ばれた何者かが、裂けてしまうのではないかと心配になるほどに口角を釣り上げる。その異様な形相に、アズールは口から漏れそうになる悲鳴を必死で噛み殺す。つい先程まで“部活の先輩“だった人間が、“全く別の何か“に成り代わられているのを、改めて実感したのだ。その恐怖は、実際に味わったものにしか分からない。


「私は仕事柄、正体を看破するのは得意なんだ」


 しかし、背後の人物の声は揺るがない。恐怖など微塵も抱いていないと言わんばかりの平坦な声。この状況においては頼もしくもあり、こっくりさんとは別の種類の恐怖を煽る。


「さて、君達。そいつの容れ物になりたくないのなら、どうすれば良いか分かるな?」


 ―――――こっくりさんにお帰りいただく。
 そうすれば助かるのだと、アズールともう一人は必死にこっくりさんのお引き取りを願った。こっくりさんは抵抗するような素振りを見せたが、背後の人物の魔法によって身体を縛り上げられたようだった。


「離せ! 離せぇぇぇええええええええええええええええええええ!!!」


 叫び声が虚しく響く。狂ったように叫び、もがく姿が視界の端にちらついた。いつも綺麗に整えられたブラウンが、見る影もないほどに乱れている。顔に掛かった髪の隙間から、深いブラウンの瞳が見える。見開かれた目は血走っており、大人しい印象の強い先輩の姿とはかけ離れていた。
 なんて悍ましいのだろう。このままこっくりさんにお帰りいただけなければ、自分達もこうなってしまうのだ。自分達の未来を見たような気がして、ぶるりと身体が震えた。
 必死になって、お帰りを願う。形振り構っている余裕なんてなかった。


「お前……! お前ぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


 ずる、と隣に座る身体が二つに分かれたように見えた。先輩の身体から、何かが現れたのだ。何者かが抜け出た身体はそのまま倒れ込み、机に突っ伏する。先輩の身体から這い出てきた何者かは、アズールの背後に向かって飛びかかった。アズールが慌ててマジカルペンに手を伸ばそうとするが、それはもう一人の先輩に止められた。危うく、コインから手を離してしまうところだったのだ。
 しかし、アズールの後ろにいる人間は慌てるどころか、更に呆れを強めただけだった。


「やれやれ……。大人しく帰っていれば手荒なことをせずに済んだのにな」


 ふ、と小さな溜息が聞こえた。


「喰って良いぞ」


 鋭い一言。その言葉を聞いた瞬間、今度はゴールドの髪の先輩が異常を見せた。突然、脳天が裂けたかと思えば、ずらりと並んだ鋭い牙が顔を出す。大口を開けたまま、悪霊へと向かってく。バクン、と悍ましい音がした。悪霊の頭を食い千切ったのだ。それを視界の端で見てしまい、アズールは咄嗟に視線を逸らした。
 そのあとも、断続的にムシャムシャと吐き気を催す咀嚼音が響き、アズールは呼吸を忘れてその音が止むのを待つ。悲鳴が上がらなかったのがせめてもの救いだ。
 その光景を目の前で見せられているはずの背後の人物は、悍ましいものを前にしても平然としているようだった。吐き気を堪えながら、化け物が化け物を喰らい尽くすのを待つ時間は、これまでの人生でも類を見ない苦痛を伴った。早く終われ、と願いながら、アズールは歯を食いしばる。
 しばらくして、ようやく咀嚼音が止んだ。


「不味いものを喰わせてすまないな」
「いいえ、主様。主様に害を為そうとしたものをこの手で葬れたこと、我は誇りに思います」
「ふふ、ありがとう。あとで君の好物を用意させて貰うから、先に帰っていてくれ」
「ありがたき幸せ」


 しゅいん、と独特な音が耳に入ってきた。ちらりと視線を向けると、化け物はどちらも消えているようだった。そのことに、心の底から安堵する。
 そう言えば、儀式はどうなったのだろうか。疲れた脳が、それでも必死に働こうと動き出す。しかし、その前に、今まで動きを見せなかった人物がアズールの隣に立った。


「もう手を離して大丈夫だ。君達が喚んでしまったこっくりさんには、きちんとお帰りいただけたようだから」


 艶やかな黒髪。オニキスのような輝く黒目。男とも女ともつかない、中性的な人間だった。
 派手な見た目ではない。けれど、整った顔立ちをしており、独特な雰囲気を纏っていた。一種の魔性と言うべきか。その空気感を好ましいと思う者ならば、どっぷりとはまってしまいそうな印象を受けた。
 相手は、ぼうっと見上げるアズールに柔らかく微笑んだ。


「さて、ネタばらし、という程でもないが、少し話をしようか」


 精神的に疲労困憊のアズールを慮ってのことだろうか。意識を失ったままの先輩を床に横たえながら、美しい声が、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
 現在、NRCの一部では東方の国ブームが起こっている。そのことについてはアズールも承知していた。その中で、一部の生徒は東方の国に伝わる占いなどの魔術的要素のあるものに熱心なもの達が居たのだという。そのうちの一人が、こっくりさんを知り、一部の生徒達は占いの一種だと信じてこっくりさんを繰り返していたようだ。降霊術であることを知らないままに。
 そんな中、降霊術を成功させてしまったものが現れた。けれど、占いであると信じていた彼らは、きちんとした方法でこっくりさんを終わらせなかったのである。そして、呼び出されたものが一人に取り憑いて、その精神を蝕んでいたのだ。
 けれど、悪霊と呼ばれるタチの悪いものと、容れ物に選ばれた生徒は相性が悪く、悪霊は次の寄生先を探していたらしい。そして悪霊はボードゲーム部の部員に目を付け、これから乗り移ろうとしていたところにアズールが声を掛けてしまったと言うことだった。


「狙われていた生徒については、いつ狙われても良いように私の使い魔と入れ替わって貰っていたんだが……。まさか、他の者が話に乗ってくるとは思っていなかったんだ」


 怖い思いをさせてすまなかったな、とさして悪いと思っていないような涼しい顔で笑みを浮かべる。しかも、煽って自分を仲間に引き入れたのは化けていた使い魔の方だ。わざと巻き込んだのではあるまいか。そう文句を言いたくなるものの、危険から守ってくれたのは紛れもない事実である。吐き出したくなる悪態を何とか堪え、アズールも笑みを浮かべた。


「いいえ。僕の方こそ、助けていただきありがとうございます。あなたがいなければどんな目に遭っていたことか……」
「そうだな。降りてきたものによるが、生きたまま弄ばれなくて良かったな、とだけ言っておこう。思ったよりずっと不味いものが降りてきていたから、使い魔だけに任せておけなかったんだ」
「えっ」
「先程も言ったように、君達が喚んでしまったものはきちんとお帰りいただけたから心配要らないよ。タチの悪さに反して素直な相手で良かったな」


 朗らかな笑顔で恐ろしい事実を突きつけてくる相手に、アズールの頬が引きつった。取り憑かれていた先輩を介抱している姿は看護士のように甲斐甲斐しいのに、紡がれる言葉は耳を塞ぎたくなるようなことばかりを告げてくる。なんなんだ、こいつは。心の中で悪態をつきつつ、何か仕返しは出来ないものかと思考を巡らせる。助けて貰った事への恩義はあれど、素直に感謝できない引っかかりが多すぎるのだ。


「ごほん。……と、ところで、あなたは一体? この学園の生徒ではなさそうですが……」
「ああ、すまない。最近、この学園で妙なものが蔓延っているようだから調査をしてくれと頼まれたんだ。個人情報だから相手は言えないが」
「なるほど。つまりあなたはゴーストバスターのような方であると?」
「ああ。そう考えてくれて構わない」


 先輩の身体に異常は見られなかったのか、調査員だと告げた相手は安心したように口元を緩めた。
 先程まで人の心などないような振る舞いをしていたのに、人を心配出来る心はあるのか、とアズールは柔らかい表情を浮かべる顔をまじまじと見つめた。
 そんなアズールに気付いているのかいないのか、見つめられている相手はコツコツと指先で床を叩く。


「すまないが、彼を保健室へ」


 ゆら、と地面が波打ったような気がして、アズールは思わず目を瞬かせた。目の錯覚かと思ったが、それは見間違いでも何でもなかった。先輩の身体がとぷん、と地面に沈み込む。驚愕のあまりに呆気に取られていると、黒い目がアズールを捉えた。


「最後に一つだけ言っておこう」
「何でしょう?」
「東方の国の仕返しは、恐ろしいなんてものじゃないぞ? 下手な詮索はするもんじゃない」


 ―――――我らの怨みつらみを買わないことだ。
 それだけ言って、名前も名乗らなかった相手は後ろ手に手を振りながら去って行く。ポカン、とその姿を見送ったアズールは、言葉の意味を理解した瞬間、カッとなって思わず机に拳を叩き付けた。
 ―――――やっぱりわざと巻き込みやがったな!!! しかも東方の国出身お目当ての人間じゃないか!!!!!
 時間を無駄にしただけでなく、散々怖い目に遭って、挙げ句の果てに目的だった東方の国の人間にはまんまと逃げられる。踏んだり蹴ったりだったアズールは、喚きたくなるのを抑え、もう一度机を殴りつけるのだった。




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