ジャミルの友達が姐さんだったら 4






 アズール・アーシェングロットは自身の野望のために、日々を忙しく過ごしていた。
 彼の当面の目標は三つある。これを為さずして、彼の学園生活は始まらないと言っても過言ではない。
 一つは自身の所属するオクタヴィネル寮の寮長になること。世界有数の魔法士養成学校の寮長という絶対的地位に就いていたというのは、どのような場面においても箔がつく。何をおいても勝ち取るべき目標として、彼の中で設定されていた。
 一つは学園内に自身の経営する店を持つこと。将来のために、今のうちから“経営”という経験を積んでおくためである。また、学生起業家としてのネームバリューが得られるからと言う理由もあった。
 そして残る一つは東方の国との繋がりを持つことである。これは彼にとって予想外の展開で、急遽追加された目標であった。
 しかし、最後の一項目については、まだ明確な情報が無かった。この学園に東方の国に関わりを持つ人間が入学してきたという噂はあるが、これはあくまで“信憑性の高い噂話”の域を出ない。そのため他二つの項目よりも、優先度はそこまで高くない。これが確信に変わったら、将来を見据えての人脈作りのために全力を尽くす所存である。何せ東方の国は、他国が足を踏み入れ切れていない未開の地。新規事業が参入する余地が、他国よりもずっと広く残されているのだ。
 そのためアズールは、その噂が確固たる真実であるか否かの調査を、他二つの目標と平行して行っていた。小さなサインを見逃さないために、ジェイドにはネットや文献を用いた情報収集。フロイドにはレオナを始めとしたサバナクローに直接探りを入れるよう指示を出していた。
 しかし、彼らの調査は思った以上に難航しているようだった。いつも期待以上の成果を見せる二人が、全く成果を得られていないのである。
 それだけならば、手強い相手なのだろう、という感想で終わる。今までにも、そういうことが無かったわけでは無い。しかし、今までとは違い、彼らに成果を得られない焦りや苛立ちといったものが見られないのだ。アズールはそんな幼馴染み達の様子を訝しんでいた。

 彼らの最近の様子を洗い直してみる。
 まず初めに異変を感じたのはフロイドだった。彼は何かしら大いなるものの気配を感じ取り、常にピリピリと張り詰めるような空気を纏っていた。それに触発されたジェイドも同じように辺りを警戒し出して、計画に支障を出さないために二人を宥めることに苦労したものだ。
 それと平行するように、サバナクローで何やら騒動が起こった。新入生が高熱で倒れたとかで、休学することになったのだ。
 その後を追うように広がる東方の国に関する噂。サバナクローの一件は、東方の国が関わっているのではないかとアズールは推察している。
 そのことをきっかけに、アズールは東方の国の噂を信憑性の高いものと判断したのだ。実際に何かしらの存在が現れ、被害を出しているのだから。故に、己の手足たる双子に調査を依頼したのだ。
 そこでふと、あることを思いだした。それと同じような時期に、とある二人がレオナと共に行動しているのを目撃したのだ。熱砂の国の大富豪、アジーム家の跡取りであるカリムと、その従者のジャミルである。


(まさか、彼らが……?)


 あり得ない話ではない。アジーム家は世界を股に掛ける商家だ。東方の国との繋がりを持っていてもおかしくはない。
 アズールの目にはレオナは優秀なくせにものぐさで、才能を無駄にする怠惰なライオンにしか見えないが、腐っても王族だ。独自の情報網を持っていてもおかしくはない。それを持ってして、東方の国の縁者を見つけ出すことは、彼の立場ならば容易だろう。
 サバナクローの一件が本当に東方の国に関するものによって引き起こされたものならば、解決のための提案を求めたり、誰かしらの専門家を紹介して貰うために接触を図った可能性がある。


(そう言えば、フロイドが従者の方と話しているのを見かけたな……)


 フロイドはジャミルと同じバスケ部に所属している。そのときはその縁で会話をする仲になったのかと思って気にも止めていなかったが、その会話の現場を見たのはサバナクローの同級生が復学した辺りである。
 出来すぎていやしないかと、アズールは眉を寄せる。今までそう言った現場を見かけなかっただけか、何か察するところがあって、彼に興味を持ったのか。

 ジェイドもジェイドで違和感があった。最近、上手く眠れていないのか、起床が遅いときがある。そんなときはフロイドも共に寝不足であるようだったので、夜中まで騒いでいたのだろうと気にも止めていなかった。
 また、その影響かは分からないが、顔を押さえるような素振りを見せることがあった。おそらくは睡眠不足による頭痛だろう。体調不良など、弱味を見せることをよしとしない男が、思わず顔を隠す程度には身体が不調を訴えているのだ。
 そのことを指摘しても良かったが、それを言えば彼は機嫌を損ねる。そしてもし自分がそのような立場になったとき、それはもう重箱の隅をつつくどころかえぐり取るような勢いで自分の非を論うだろう。そんな面倒はご免だと、痛み止めを用意するだけに留めた。まだ、その薬の出番はないけれど。
 しかし、そんな中でも、彼は放課後になると職員室や教員寮のある棟に赴くのである。普段なら、一刻も早く調子を整えることに専念するはずなのに。むしろ、体調不良を押して尚、放課後を心待ちにしているようですらあった。
 彼も彼で自分の好奇心のままに動いており、最近は同好会を作るために行動しているとは聞いていたが、そのために通っているのだろうか。もし、彼の念願が叶いそうであるが故にそのような行動を取っているのならば、それは大変喜ばしい。これでようやく登山の良さだとか、キノコの魅力だとかのプレゼン資料を片手に追い回されずに済むので。


(…………本当に?)


 アズールの推察は、理屈を捏ねくり回せばどちらにも転びうる。彼らの行動に理由などないとしても、何の問題も無い。けれど、違和感がどうしても拭えない。長年彼らと共にしてきた故の直感か、もっと別の機能か。何にせよ、いくら思考を回しても、スッキリとしてくれないのだ。


(…………少し、探りを入れましょうか)


 アズールは蟠るモヤモヤを振り払いためにも、行動に移すことにした。どうせ、アジーム家とのコネも作っておきたいと考えていたのだ。その予定が、少し早まるだけのことである。







 将を射んと欲すればまず馬を射よ、という言葉がある。アズールはまず、カリムに接触するための足掛かりとして、従者であるジャミルに接触することにした。
 人から伝え聞くカリム・アルアジームという人柄は、明るくおおらかで、酷くマイペースな性格のようだった。人懐っこく、挨拶を交わせば友達になれると信じているような、およそNRCには似合わない人間性。人を疑うことを知らない底抜けのお人好し。そのような人間の懐に入るのは、酷く簡単なことだ。
 しかし、彼には付き人がいる。それがジャミル・バイパーという男だ。
 彼に特質すべき点は見られない。授業態度は至って真面目なようであるが、積極的に発言をしている素振りは見られないようだった。また、成績はごく平凡。平均値より少し上を彷徨っている程度のもの。従者という職業柄、少しばかり神経質で警戒心が強い様子ではあるが、それくらいしか言うことがない。
 だが、こういった人間を蔑ろにするのは後々拙いことになるのだ。まず、主人であるカリムが従者を蔑ろにするのを許さない可能性がある。カリムの性格上、それは大いにあり得ることだ。次に、主人に謁見するなら自分を通すのが筋だと意固地になられる可能性である。神経質で警戒心が強いという情報から察するに、主人に近付く輩は自分の目で確かめなければ気が済まないのだろう。そうであるならば、まず従者であるジャミルから接触を図るのが有効だろう、とアズールは考えたのだ。


「こんにちは」


 放課後。アズールは図書室で読書をしているジャミルに声を掛けた。彼の所属するバスケ部は体育館の点検のために休みで、カリムが所属する軽音部が終わるのを待っているという状況だった。


「最近、フロイドと仲がよろしいようですね。もしかしたら彼から聞いているかもしれませんが、アズール・アーシェングロットと申します」
「…………こんにちは、俺はジャミル・バイパー。そうだな、フロイドとは同じ部活だから、話をする機会は多いかもしれない」


 にこにこと、必要以上の笑みを向けるアズールに、ジャミルは澄ました顔で応答した。静かな図書室にパタン、と本を閉じる音が響く。ちらりと目を向けるも、タイトルは表紙に置かれた手によって、読み取ることが出来なかった。それは偶然か、趣味嗜好すら悟らせたくない警戒心の賜物か。今のところ、それを判断するだけの情報がアズールにはない。嗜好を探るのは一旦やめて、再度ジャミルに目を向ける。


「何かお困りごとはありませんか?」
「困りごと?」
「ええ。フロイドは大変気分屋でしょう? 僕はいつも彼に振り回されているんです。ジャミルさんも、彼に迷惑を掛けられてはいませんか?」
「…………確かに、気分の浮き沈みが激しいとは感じるな。まぁ、でも、迷惑を掛けられるほど親しくなったわけではないし、特に問題は無いよ」
「そうですか、それなら何よりです。ああ、しかし、悩み事は何も彼に対してだけを聞いたわけではありません。日常のちょっとしたことでも良いですよ。例えば、成績についてだとか」


 一瞬、ジャミルの睫毛が震えた気がした。
 しかし、動揺らしい動揺は見せず、涼しい顔を保ったまま、彼は首をかしげる。


「特には思い付かないな」
「本当に? どうやら前回のテストの成績、あまり振るわなかったようですが」
「そうだな。入学して慣れない環境で、実力を発揮できなかったようだ」


 自分の成績に関心がないのか、それともその発言が事実なのか。
 前者は、この学園にはそこそこ存在する。そう言ったものは成績は二の次で、自分の好奇心の赴くままに行動する。自分の知識欲だとか、そう言ったものを満たすことを最優先するのが特徴だ。しかし、ジャミルはその手の人間には見えなかった。


「ほう? 随分と自信があるのですね?」
「ああ。俺の実力は、こんなものじゃない」


 負け惜しみのような言葉だった。けれど、その発言には嫌味がなかった。あまりにも堂々と言うものだから、いっそ清々しさすら感じられる。
 自信に満ちあふれた顔に、アズールは面食らう。けれど、その動揺を一瞬で収めて、彼は笑顔でその場を後にした。彼に接触するのは早過ぎた、と感じながら。
 ―――――彼について、再度調べ直さなければ。
 アズールは目的を達成するために、一分一秒が惜しいと、足早にオクタヴィネルに帰寮した。




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