ジャミルの友達が姐さんだったら 4






「うん、大分綺麗になったな」


 放課後の教員寮。ツバキはジェイドのアフターケアのためにナイトレイブンカレッジに訪れていた。
 イワナガヒメの呪いに掛かり、顔に深い傷を負ったジェイドは、呪いの後遺症で治癒魔法が効かない状態に陥っている。そのため、呪いの除去を行いに、こうして毎日NRCに通っているのである。
 解呪のために通うこと一週間、呪いも大分薄れ、日を追うごとに傷も癒えてきている。あと数日もすれば、治癒魔法も効くようになるだろう。


「大分呪いも薄まってきたから、あと2、3日もすれば治癒魔法が効くようになるよ」
「ホント? よかった~!」
「よかったなぁ、二人とも!」


 皮を剥ぎ、肉を抉るほどの傷だった。顔に一生の傷が残るかもしれないと心配していたフロイドは、心底ほっとした様子でジェイドの背中にのし掛かる。フロイドと共にジェイドのお見舞いに来ていたカリムも、ツバキの言葉に満面の笑みを浮かべた。
 今日の付き添い担当であった教員のダーラントも、衝立の向こう側でほっとしているのが気配で分かる。


「ありがとうございます。名誉の負傷ならばまだしも、呪いを受けての傷が残るのはご免だったので、安心しました」
「確かに、名誉ある傷ならば魅力になるだろうが、不本意な傷は受け入れがたいだろう。それに、折角の綺麗な顔に傷が残るのも勿体ない。私としても、傷を残さずに済みそうでほっとしたよ」


 椅子に座って、自分より大分低い位置にあるジェイドの頭をくしゃりと撫でる。微笑を浮かべるツバキにジェイドは一瞬ぽかんと口を開けたものの、すぐにいつもの意味深な笑みを浮かべた。
 けれど、耳がほんのりと赤く染まっていることに気付いたフロイドが、ジェイドが取り繕えないなんて珍しい、と面白がって耳をつまむ。そんな兄弟のやり取りを尻目に、カリムの付き添いで教員寮を訪れていたジャミルがツバキに声を掛けた。


「そう言えばツバキ、君のご実家から連絡があって、今年のウィンターホリデーの予定を聞かれたんだが……」
「ああ、それか。降臨祭に出席しないか、と聞きたかったんだろうな」
「こうりんさい?」


 二人の会話に、フロイドが首をかしげる。好奇心が隠し切れていない瞳でツバキを見つめる。
 降臨祭―――――それは東方の国に古くから続く神と人との繋がりを確かめる祭りである。大晦日から元旦に行われる行事で、全国各地で大規模な神降ろしの儀が行われるのだ。そうして降臨した神々に、一年間見守ってくださった感謝を述べ、供物を捧げるのである。そうして神々と共に年を越し、新年も引き続き見守ってくださるようにお願いして、高天原にお帰りいただくのだ。感謝祭と呼ぶ地域もある。


「降臨祭というのは、東方の国の伝統行事だよ。別名を感謝祭とも言う。全国各地で大規模な神降ろしが行われて、降りてきた神に直接感謝の心を捧げるんだ」
「…………マジ?」
「おやおや………」
「捧げる供物はお酒や食べ物、舞や演奏。小さな子供達が歌を歌ったりすることもあるな。私も参加して、剣舞を捧げたことがある」


 シレッとした顔で他人事のように告げたが、清庭家は清庭家という一族単位で降臨祭を執り行う。分家筋も代表者達が集まり、かなりの規模で行われるのだ。ジャミルがそこに呼ばれたのは、清庭本家の跡継ぎであるツバキの友人であり、神々のお気に入りであるからに他ならない。ミドルスクールに通う頃にツバキと共に剣舞を披露して、それが好評だったものだから、清庭家としては是非とも参加して欲しいのである。
 ちなみに、衝立の向こう側で凄まじい騒音が奏でられていたが、生徒達は揃って無視を決め込んだ。驚きのあまりにダーラントがすっ転んだだけなので。
 カリムだけはそちらに視線を向けたが、他の誰もそちらを気にしていなかったので、彼は自分の気のせいだと思ったようだった。


「都合がついたらで構わない。年末年始はどの国も忙しいからな」
「ああ。家族に相談してみるよ」


 ちなみにカリムが誘われなかったのは、何もいじわるでそうしているのではない。彼も彼でアジーム家の跡継ぎとしてやらなければならないことがたくさんあるのだ。ホリデー期間は普段ならば学業優先で参加できない行事に参加できるのである。そのため、ホリデー期間は当主である父親について回ることが多いのだ。
 この期間はジャミルもカリムの付き人として付き添うこともあるが、当主付きの護衛も大勢いるために、特段ジャミルが付き添わなくても問題ないのだ。故に、こうして清庭家が彼を誘うことが出来るのである。
 また、アジーム家としては東方の国との繋ぎを期待しており、ジャミルが清庭家と親しくするのを大いに歓迎しているのである。そんな打算をきちんと理解しているジャミルは、きっと許可が下りるだろうな、と内心で苦笑した。


「東方の国ってすげぇんだね………」
「噂以上ですね………」


 感心したように、双子が揃って感嘆の息を吐く。全く同じ顔をするものだから、ツバキが小さく笑った。
 笑われたことに気付いたジェイドが小さく咳払いし、取り繕うような笑みを浮かべる。


「ところで、ツバキさんのご実家から連絡があるなんて、随分仲がよろしいのですね」
「ああ、幼馴染みなんだ。ジャミルとはエレメンタリースクールからの付き合いだから、もう10年くらいの縁だな。カリムとは4年くらいか?」
「おう! オレはミドルスクールのときに知り合ったんだ!」


 カリムは家庭教師に勉強を教わっており、学校に通うのはNRCが初めての経験である。そのためツバキと顔を合わせる機会が殆ど無く、それまでに何度か顔を合わせたことはあったものの、友人として付き合うようになったのはミドルスクールの年頃のことだった。
 ちなみに、アジーム公園の監視カメラに二人が遊んでいる様子が映し出されたのを見て、居ても立ってもいられずに二人の間に乱入したというのが事の次第である。


「10年、ですか……。随分と長い付き合いなのですね」
「オレらにもねぇ、幼馴染みがいるんだよ。アズールって言うんだぁ」
「アズール……? 聞き覚えがあるな。東方の国に興味があるのだとか?」
「そうそう。東方の国って文化とか独特じゃん? 珍しい食材も多いって言うし、是非食べてみたいって~。あとぉ、神降ろしにも興味あるみたい」


 ようやく動揺から立ち直ったダーラントが、自分もそうだと言わんばかりに衝立から顔を覗かせた。それを視界の端に捉えていたが、ツバキは気付かない振りをする。研究者気質の彼からは、面倒な匂いがしたので。


「ふふ、祖国に興味を持って貰えるのは嬉しいな。美しい国だから、是非遊びに来て欲しい」
「ええ、もちろんです。そのときはツバキさんにおすすめの観光地などを伺っても?」
「もちろん。でも、おすすめの場所がありすぎて迷うな」
「あはっ、そんなに楽しい場所いっぱいあるんだ。俄然楽しみになってきたぁ」


 ツバキは心の底から祖国を愛している。厄介ごとは多いけれど、自分が生まれ落ち、大切に育てられてきた国である。たくさんの人に慈しんで貰えた記憶はツバキの心を温め、その愛を返したいと心の底から思わせるのだ。
 ジェイドもフロイドも、あまり良い印象はないであろうに、東方の国に関心を持ってくれている。呪いで負った傷が癒えて、いつか不信感が払拭されることを切に願う。本当に、素晴らしい国なのだ。全ての人々にそうでなくとも。少なくとも、ツバキにとっては愛すべき故郷なのである。
 そのとき、定刻を知らせる鐘が学園中に鳴り響いた。


「おっと、もうこんな時間か」
「おや、随分長く引き留めてしまったようですね」


 鐘を合図に、ジェイドが椅子から立ち上がる。そして胸に手を当てて、ツバキに向かって恭しく頭を下げた。


「本日はありがとうございました。お手数をお掛け致しますが、今しばらくお付き合いください」
「ああ。大分薄くなったとは言え、まだ完全に癒えたわけではないから、しっかり休んでくれ」
「ええ、もちろんです」
「では、また明日」
「はい、また明日」
「またね~」


 ひらひらと手を振って、ジェイドを伴ってフロイドが部屋のドアに手を掛ける。そうして部屋を出る直前、立ち止まったフロイドが「言い忘れてたぁ」とカリム達を振り返った。


「期末テスト、気を付けてねぇ」


 そんな不穏な一言を残して、双子は教員寮を後にした。残されたジャミル達は顔を見合わせて、複雑な表情を浮かべる。また何か、厄介ごとに巻き込まれそうな気配がした。




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