ジャミルの友達が姐さんだったら 3






 ジェイド・リーチは毎日が楽しくて仕方が無かった。彼の生まれ故郷とは全く異なる未知の環境は、彼の好奇心を刺激して止まないのだ。
 彼は深海に住まうウツボの人魚だった。NRCから“素質あり“と判断され、入学届を受け取った生徒の一人であり、魔法薬で二本足を手に入れて、陸の学校に通っているのである。
 海と陸では、その様相がまるで違う。天と地というものが存在し、地に足を付けながら生きているくせに、空に憧れて上を目指す魔法が存在する。深海と違って昼夜で光溢れる世界から、影の中に飛び込んだような有様になる。酸素を燃料に燃える炎は美しく、けれども触れれば皮膚を焦がす熱を持っていた。
 海とは全く異なる世界。初めて重力を感じる身体は重いのに、心は弾むように軽かった。
 海には存在しないものがたくさんあって。あらゆる経験が刺激的で。どれもこれもが新鮮だった。
 その中でも、特に彼が心惹かれたのは“山”という存在だった。
 見たこともない生き物たち。道中に溢れる豊かな幸。山頂まで登ったときの達成感。季節や天気によって、全く別の顔を覗かせる山というものは、陸に上がったばかりの人魚を魅了して止まなかったのだ。

 ジェイドの双子の片割れであるフロイドや、幼馴染みのアズール・アーシェングロットは別の方向に興味が向いており、各自が各々の興味があるものに熱心だった。
 フロイドは身体を動かすことにはまっていて、特に熱心になっているのはバスケとパルクールだ。時間があればボールに触れていたり、学園中を駆け回っている。
 アズールは将来を見据えて人脈作りに余念が無く、それと平行してNRCで飲食店を経営する計画を練っている。特に作っておきたいコネは、最近NRC生の興味を浚っている東方の国。王族であるレオナの口から、東方の国の縁者がいると言うことが明らかとなっており、その信憑性は高く、あらゆる方面に探りを入れている現状だ。
 彼の秘書のような仕事を熟しているジェイドにも、該当する人物を探すよう言いつけられていた。
 しかし、そのような人物に至る足がかりは、今のところ見つかっていない。レオナ本人に探りを入れようにも、何の関わりも無い状態の自分達に尻尾を掴ませるようなことをするとは思えない。そのための地盤固めをしているという段階だ。


(しかし、本当にいるのでしょうか)


 極東に存在する神秘の島国。神を隣人と呼び慕う希有な国家。
 ネットで東方の国の情報を調べてみても、そのどれもが誇張表現と思われるものばかりで、信憑性があまりにも薄い。
 得られた情報から察するに、その国民性は自己主張が控えめで、争いを好まない平和主義者というものだった。NRCでは見かけない精神性である。そんな穏和な性格の国民が、暴力上等を掲げるNRCの生徒と関わろうとするとは思えなかったのだ。レオナの勘違い、もしくは縁者を謳う人物が、自分のステータスのために東方の国との関わりを匂わせたのではないか、とジェイドは考えている。


(おや、)


 それでも、何の成果も得られないというのは、ジェイドのプライドが許さない。更に東方の国について調べていくと、東方の国の山についての記述を発見した。
 それはとある登山家の記事で、東方の国のとある山に登ってみたかったのだが、立ち入りを禁止されており、登ることが出来なかったというものだった。その代わり、近隣の国の同じ名前の山に登り、キャンプを満喫したというもの。
 何でも、東方の国には八百万の神がいるとされ、山にも神がおわすのだという。その山にはとある女神が住まうとされており、その女神は大変気難しく、自らが気に食わないものを呪い殺してしまうため、立ち入り禁止の措置が為されているらしい。


(おやおや、それはそれは………)


 一神教を掲げる国が多い中、八百万の神とは。他国とは一線を画す考えは興味深い。また、多くのものに救いを与えるはずの神が、自らの采配で呪殺まで行うというのは、なかなかに珍しい。
 俄然東方の国に興味が沸いてきたが、それ以上に禁足地のような扱いをされている山というものに好奇心が疼いて仕方ない。しかし、立ち入り禁止の場所に侵入したことがバレてしまえば、刑罰が下される。タチの悪いゴーストに誘い込まれるなど、事故であることを証明できれば別であるが、故意に踏み入れば不法侵入罪が適応されてしまう。特に、命が関わることが明言されている場所に自らの意志で足を踏み入れるのは、より罪が重いと見なされるのだ。流石のジェイドにも、そのリスクを背負う覚悟はなかった。


(僕も同じように、近隣の国の山に登ってみましょうかね……)


 折角見つけた有益な情報だ。これも何かの縁であろう。ジェイドは早速、外出届の作成に移った。次の休みに、早速この山に登ってみることにしたのである。







「あれぇ、ジェイド、機嫌良いじゃん。何か面白いもんでも見つけた?」


 部屋に帰ると、先に戻っていた双子の片割れが、ジェイドの浮ついた気分に気付く。片割れの機嫌が良いからか、フロイドもご機嫌なようだった。
 フロイドは靴を磨いているところだったようで、ジェイドの話を聞くために、一旦道具を置いて彼を振り向いた。


「ふふ、分かりますか? 実は、面白い山を見つけまして」
「げぇ! また山ぁ!?」


 ご機嫌な笑顔が一変、盛大に顔を引きつらせる。彼はジェイドとは違って、山にあまり興味がないのだ。


「“げ”とは失礼な。山は実に良いものですよ」
「分かった分かった。それより、アズールに東方の国について調べろって言われてんのに、山について調べてたわけ? 怒られても知らねぇよ?」
「ふふ、それは困りましたね。フロイド、このことは内密に」
「ま、今はオレも気分良いから黙っておいてあげる~」


 そう言って笑いつつ、フロイドは妙な胸騒ぎを覚えていた。嫌な予感とも言うべきか。そのまま見送りたくないと思ったのだ。その山に行かせたくない、と。
 何故だろう、と内心で首をひねる。山なんて、と思いつつ、いつもならそこまでの思いを抱かずに送り出せるのに。今までより、山が嫌いだという思いが強くなったのだろうか。


「ふふ、ありがとうございます。フロイドにもお土産をお持ち帰りしますね」
「それは要らない」


 「要らないだなんて酷いです」と全く涙の出ていない目元を拭いながらしくしく呟く片割れに呆れながら、フロイドは靴磨きを再開させた。
 そのときにはすでに、先程感じた違和感のことなど頭からすっぽ抜けていた。




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