ジャミルの友達が姐さんだったら 3
最近、ナイトレイブンカレッジでとある噂が流れるようになった。この学園内に、極東に存在する日出ずる国―――――東方の国の縁者がいるという噂だ。これはサバナクローから広がり、現在では学園中で持ちきりの話題となっていた。
「結構広まっちまったなぁ」
カリムが眉を下げ、困ったように笑う。その隣ではレオナが額に手を当てて、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
この噂は、レオナが事の発端である。東方の国に連なる者がこの学園に通っていることを看破した彼は、そのような人物を見つけた場合、敵対するような行為を取らないように寮生に言い含めていたのだ。
しかし、本当にそのような人物がこの学園に存在するのか定かでなかったレオナは、きちんと箝口令を敷いていた。しかし、人の口に戸は立てられないのである。むしろ、レオナのようなしっかりした身分の者がそのように対応したことで、返って信憑性が増してしまったのだ。そして、人の弱味や旨味が大好きなNRCの悪ガキ共の好奇心を大いに刺激してしまったのである。渡り廊下から見下ろす先でも、東方の国に関する話に花を咲かせている生徒が見えた。
「くそ、何のための箝口令だと思っていやがる……!」
「仕方ありませんよ。東方の国は未だに謎が多い。その神秘を知りたいと思う者は多いでしょう」
「だよな~。オレも初めて東方の国に行けるってなったとき、すっげぇわくわくした!」
レオナの悪態に、ジャミルがフォローの言葉をかける。カリムもそれに追随するが、彼の発言は少しばかりズレていた。
レオナの予想通り、東方の国の縁者は実在していた。カリムとジャミルの二人がそうである。
ただでさえ他国との関わりが希薄な東方の国である。かの国の人間が海外に出てくることも滅多にない。謎に包まれた島国と繋がりを持ちたいと考える者は多く、レオナの実家もその一つであった。その上、その国とのパイプになりそうな人物というのが、天下のアジーム家ともなれば、なおのこと。上手く行けば、一石二鳥を得られるのだ。
しかし、この二人と知り合うことになったきっかけの出来事を思い返せば、彼は慎重にならざるを得ない。神から贈り物をされるようなお気に入りである。もし彼らの不興を買えば、それが神々に伝わりかねない。そうなれば、自分達の代で、キングスカラー家が断絶する可能性すらあるのだ。それだけは避けなければならない事態だった。
「オレ達は良いけど、ツバキに迷惑が掛かるのは困るよな」
「確かに。ここの生徒は目的のためなら手段を選ばない者が多いし、あいつを脅して縁を結ぼうとする奴が出てくる可能性がある。それだけは避けなければ」
「オレもあいつが嫌な目に遭うのは見たくないぜ! でも、どうすればいいかな。東方の国の怖い噂でも流すか?」
ジャミルの認識は正しい。NRCは世紀末やら治安が末期やら言われる治外法権である。定められたルールはもちろん存在するが、そんなものは知らねぇとばかりにぶち破っていくためだ。
東方の国に直接繋がるものが確認されたともなれば、脅迫暴力拉致監禁を最低ラインとして想定しなければならない。
しかし、カリムの認識はいただけない。その程度で止まるなら、NRCは悪性の煮凝りなどと呼ばれはしないのだ。
怖い噂程度でうちの生徒が止まるかよ、とレオナが呆れを滲ませた息を吐く。
「東方の国って、結構怖い話多いだろ?」
「確かに、死は隣にあると思えと言わんばかりにな」
「そうそう。だから、こういうことをしたらこんな目に遭うんだぞ、みたいな話とか……」
「それも良いが、東方の国は呪いにも明るい。恐ろしい呪具や呪物の話も良いんじゃないか?」
「えっ。それって勝手に話していいやつか……?」
カリムの提案からの、ジャミルの提案の落差があまりにも激しかった。あまりの温度差に、レオナは危うくバランスを崩して膝をつくところだった。
おそらく、カリムが提案したのは教訓話だ。嘘を付くと鼻が伸びるとか、きっとそう言う話をしようとしていたのだろう。“死”という単語はあっさりとスルーされたが、それもきっと、カリムが想定していたのは事故とか災害とか、そういうもののことのはずだ。
だと言うのに、何故呪いなどという悍ましいものに行き着いたのか。
「そこはツバキと要相談だな。好奇心に任せて、リスクを顧みずに呪具を生み出そうとする輩も出てくるかもしれない。だから、そう簡単に作れなくて、かつ悍ましいものがいいと思っている」
「えっ、ジャミルはどの呪具の話を想定してるんだ?」
「繧ウ繝医Μ繝舌さ」
呪具の名前が、上手く聞き取れなかった。おそらく、名前そのものに認識阻害の魔法が掛かっているのだろう。
そのような仕掛けが施されるものは確かに存在する。例を挙げるとするなら、王家に伝わるレガリア。禁術が記された禁書のタイトル。知られたら拙いと国が定めたものに、封印措置として魔法が施されるのだ。
それはつまり、国がその呪具に対して、そのような措置を執らなければならないと判断したということだ。そのレベルの危険物であるということの証左。
レオナが身を固めて、信じられないものを見るような目で二人を見つめる。名前が聞き取れたらしいカリムは、その呪具の名を聞いて、ひゅっと息を呑んだ。
「いや、それは流石に容赦がなさ過ぎると思うぜ!? もうちょっとマイルドなのにしよう? な!?」
「東方の国の呪いは、効果がえげつない割に、意外とお手軽に完成してしまう。このくらいでないと、試す馬鹿も出てくるだろう」
「確かにそうだけどさぁ! それ、使い方によっては国を滅ぼせるやつだぞ!?」
「この学園にはそのくらいが丁度良いと思うが」
「ジャミルは人の心をどこにやっちまったんだ………?」
「お前が無いと思うなら無いんだろ」
「ジャミル、ごめんな! お前は良いやつだぞ!!!」
「そりゃどうも」
使い方によっては国を滅ぼせるような呪具と聞いて、レオナは身の毛がよだつのを感じた。そのような呪具というのは、共通して命を贄に作り上げられるものだ。恐ろしいほどの犠牲を要して生まれる最悪。満場一致で封印指定が為される大罪兵器である。
―――――そんなものの話を気軽にするんじゃねぇ!!!
そもそも、呪いがお手軽に作れるというのがにわかに信じがたい。試す馬鹿が出かねないレベルの安易さで呪いが生み出されるなど、とてもではないが容認できない事実だ。
その上効果もえげつないという。そのような呪いが実在するなら、それを利用しようとする愚者は必ず現れる。特にここ、NRCでは。
NRCのヴィラン共は、どいつもこいつも怨みつらみを募らせ、あいつもそいつも憎悪と嫌悪を抱かれているのである。
―――――何とかして、別の方向に話を持って行かねば。レオナが優秀な頭脳を回転させていると、タイミングよくジャミルのスマホが音を立てた。
「ん、ツバキからだ。話を聞いていたみたいだな。“自分でどうにか出来るから、迷惑など気にするな“、とのことだ。“最悪、刀の錆びにする“そうだ」
「そっか。ツバキがそう言うなら、オレ達が何かするのは返って迷惑になっちまうな」
「ああ。俺達は俺達の身の安全の確保を最優先しよう。それが一番被害を抑えられるだろうから」
盗聴系の魔法か、東方の国の秘術か。どちらにせよ、ツバキに“耳”があることが判明し、レオナは頭を抱えたい気持ちになった。“耳”の範囲がどこまで広がっているのか定かではないが、おそらくRSAにいるだろう相手が、島の反対側まで聞き耳を立てられると言うことだ。そんな相手に、隠し事など出来ないに等しい。誰かが何かを企んでも、事前に潰すことも可能だろう。そりゃあ、自分でどうにか出来るという結論にもなるというものだ。
(つーか、カタナって、例のあれだよな……)
刀―――――それはツバキと関わるきっかけとなった武器の名前である。後に調べてみて、その用途や切れ味を知り、遠い目をしてしまったのは良い思い出だ。カリム達は護身用として所持しているようであるが、あれは護身用の切れ味ではない。確実に仕留める用である。それの錆びにするということは、つまりはそういう心づもりであると言うことだろう。
「もう何もないと良いんだけどな~」
「ああ。それより、そろそろ教室に戻るぞ。授業に遅れてしまう」
「お、もうそんな時間か」
スマホで時間を見たジャミルが、次の行動を促す。彼の言葉を受けて、中庭を見下ろしていたカリムが、ジャミルの隣に並んだ。
「……ツバキ曰く、特に行動を起こす必要は無いと言うことなので、レオナ先輩方におかれましては、東方の国との契約に従って頂ければ問題ありません。また何かありましたら、教員か俺に声を掛けてくだされば、ツバキから助言を戴くことが可能です」
「内容によってはツバキじゃ対応できないものもあるけどな。その場合は東方の国から人を派遣して貰えるから、安心して良いぜ!」
「…………例のサニワとやら、相当な手練れに見えたがな」
「そこいらの破落戸と比べるのは烏滸がましい話です。しかし、ツバキはただの学生ですよ。前回ツバキがしたのは、東方の国の本職達との橋渡しです」
「そうだぜ。ツバキは確かに強いけど、出来ないことだってたくさんあるんだ」
二人は顔に笑みを浮かべているが、明らかに貼り付けたものだった。これ以上の詮索はするなと、そういうことだろう。
ここで踏み込めば、故郷に有利な情報を得られるかもしれない。けれどそれは、あまりにもリスクが大きいものだった。
レオナは納得した素振りを見せて、彼らとの会話を終わらせた。
「じゃあな、レオナ! ラギーにもよろしく言っておいてくれ!」
「では、俺達はこれで失礼します」
「……ああ」
出来ればもう、東方の国とは関わり合いになりたくないものだ。あまりにも物騒で、只人には分不相応で、関われば関わるだけ、こちらが消耗するだけである。
とてつもない疲労感を感じたレオナは、授業をサボって植物園で休むことにした。