ジャミルの友達が姐さんだったら 番外編 6






 ツバキの元には、定期的に釣書が届く。山のように置かれた紙の束に、ツバキは肩を竦めてため息をついた。
 ツバキは血を繋がなければならない。彼女は東方の国における審神者の総元締めたる清庭本家の一人娘である。己を継ぐものを生み出さなければならないのだ。
 それだけならば、彼女が子を産む必要性は低い。過去にも何度か、分家筋から養子を取るという方法で代を重ねてきた例がある。だが、ツバキには類い稀なる才能があった。「歴代随一」だとか「最高傑作」と評されることもある程に。故に、彼女が血を繋がなければならないのだ。その才能を次世代に残す必要性があるのだ。ツバキが子供を産むのは、最早義務と言っても過言ではない。
 ツバキとて、そのことは理解している。彼女としても、子供を産むことに否はない。だが、彼女にはいくつか懸念があるのだ。
 釣書を一枚手に取って、さっと目を通す。東方の国の神職関係者。婿入りに不都合のない次男坊。能力は取り立てて優れた面があるわけではないようだったが、これと言って不満を並べ立てるほどではない。
 釣書には顔写真も備えられており、相手の顔も確認することが出来た。黒目に黒髪。そこにひと匙のブラウン。柔らかい垂れ目が優しげな顔立ち。だが、それだけしか印象に残らない人間だった。
 釣書を閉じ、脇に避ける。そして次の一枚を手に取った。
 陽光の国の資産家の息子。ツバキより少し年上の青年で、学歴はそれはそれは華やかなものだった。更に、ゆくゆくは父親の会社を継ぐことが決定しており、所謂玉の輿というやつだった。最も、清庭家の総資産も恐ろしいほどのものであるので、逆玉の輿である可能性も否めない。
 光を集めたようなブロンドヘア。宝石のようなブルーの瞳。精悍な顔立ちが美しい男であったが、ツバキはこれも脇に避けた。背後に潜む思惑が見て取れたのだ。
 作業として幾つかの釣書に目を通し、ツバキは残った山も机の脇に寄せた。目を通すまでもなく、繋ぎたい縁が見られない。いずれ繋がる縁も見つからない。そんな紙の束を眺めている暇はないのだ。
 いくつかは目を通したのだから、もう十分に役目は果たしただろう。ツバキはこりを感じた肩を回しながら席を立った。



***



「ツバキ、また大量の釣書を袖にしたんだって?」


 呆れたように肩を竦めたのは、幼馴染のジャミルだ。ツバキがいつものようにナイトレイブンカレッジに侵入し、大食堂で持ち込んだ昼食を食べていた時のことだった。
 ガタン、と四方から椅子にぶつかったような音が響く。けれどツバキはその音には目もくれず、口に含んだ食材を咀嚼していた。きっちり料理を味わってから飲み込んだツバキは、僅かに眉を下げて反論した。


「仕方ないだろう? 清庭家うちに釣り合う相手がいなかったんだから」
「確かにサニワ家に釣り合う相手を見つけるのは難しいだろうが、君が選ぶ側だ。それに、サニワ家は君が血を繋ぐことを何より重要視している。そのためなら、ある程度の融通はきかせてもらえるんだろう? なら、いくらでも条件を付けて、君好みの相手を見繕ったらいいじゃないか」
「そうは言ってもなぁ……」
「君がそうやってはぐらかすから、君の部下達が縁談を持ってくる相手に断りを入れられないんじゃないか。その結果が釣書の山。自業自得だろう」
「手厳しいな」
「こっちは君が結婚相手に求める条件を探って欲しいと泣きつかれて大変だったんだからな」
「それは、すまない……」


 嘆息するジャミルにツバキが苦笑する。その隣で、ツバキ同様、縁談を持ってこられる側であるカリムは耳が痛いと言うような顔で苦く笑った。そんなカリムに、ジャミルが鋭い視線を向ける。カリムはぎこちない動作で首ごと目を逸らし、ジャミルに睨まれていた。
 ジャミル達の会話内容が聞こえていたフロイドは、正面に座るジェイドを視界に入れないようにしながら食事を摂っていた。いつもなら引くほど大量の食事を胃袋に収める片割れが微動だにしないのだ。自身の精神衛生上、見ないふりをするのが懸命だった。
 視線を逸らした先にいたシルバーも、ジェイドと同じように食事をする手を止めている。シルバーの恋を応援しているディアソムニアの面々も、ツバキ達の会話に意識を向けているようだった。食事よりも、ツバキの縁談や異性の好みが気に掛かって仕方ないのだろう。
 大変そ〜、とツバキに同情しながらも、フロイドも幼馴染達の会話に耳を傾けていた。絶対的な強者ツバキが結婚相手に求める条件というのは、彼とて気になるのだ。もっと言えば、彼女がどんな相手を選ぶのか、それが知りたい。
 水を飲んだツバキが、心底困ったような顔でジャミルを見つめた。


「だが、これに関しては私も困っているんだ」
「ふぅん?」
「ツバキが? 東方の国なら、ツバキは選び放題だろ?」
「それはそうなんだが……」


 どれだけデカい家なんだ、と内心冷や汗をかいたのはツバキの斜め後ろに座るトレイだ。
 釣書が山のように来る、という時点でトレイには理解出来ない。そのうえ更に、大量の縁談を袖にしても問題にならないという。それは清庭家が、相当な権力を有しているということだろう。顔を合わせることなく縁談を断っても相手を引き下がらせることが出来るということを、トレイはそのように捉えた。
 遠い目をする周囲をよそに、巨大な権力や莫大な財産に慣れ切った三人組は、何でもない顔をして会話を続ける。


「言うだけならタダだ。好きに言えよ」
「そうだぜ、ツバキ! オレのときに参考になるかもだし、まとまってなくてもいいから吐き出しちまえよ!」
「………それもそうだな」


 カトラリーを置き、ツバキが口元に指をかける。彼女の言葉を、周囲の人間は聞き漏らさないように聞き耳を立てていた。ツバキに好意を抱くものも、そうでないものも。前者は言うまでもなく。後者は異性の抱く理想に自分が当てはまっていないか気になって。


「………どうせするなら、幸せな結婚が良い。だから、仕事に理解があって、私の大切なものごと、私を愛してくれる人が良い」


 ポツリと落とされた言葉は、随分と軽いものだった。それが叶えられることはないと。あくまでも理想だと、そう考えているのが伝わってくるようだった。
 寂しい響きだ、と悲しくなったのはシルバーだ。ジャミルやカリムの次に、あるいはこの場で一番彼女の言葉の意味を理解している彼は、ツバキの言わんとしていることを正確に読み取っていた。故に、彼女の憂いと虚無を感じ取ってしまい、胸が締め付けられるようだった。


「けれど、家のことと私の気質のことを考えると、私に興味関心がない人の方がいいと思うんだ」
「え? 何でだ? オレは相手のこと好きになりたいし、相手にも好きになって欲しいと思うぜ?」
「それが理想ではあるがな。だが、清庭家の当主は多忙だ。それを支える伴侶も。顔を合わせない日々が続くことも多い。好きな人となかなか会えないと言うのは、辛いものがあるだろう?」
「確かに、好きな人と会えないのは寂しいよな……」


 確かにそれは辛いかもしれない。番と定めた相手を全力で愛する人魚は、盛大に顔を顰めた。
 ツバキの隣で話を聞いていたカリムも、悲しそうに眉を下げている。


「子供に対してもそうだ。普通の家庭のように、ずっと世話をしていられる訳ではない。だから私も、ある程度の分別を持ったら教育係を付けられて、その人達に育てられた。だからいっそのこと、家庭に興味がない人の方がうまくいくかもしれないと思ってな」
「それは知ってるけどさぁ……。でも、それはそれで子供が可哀想じゃないか?」
「その分私が愛情を注ぐつもりではあるが、足りないだろうか……」
「「それはないと思う」」


 キッパリと言い切った幼馴染達に、トレイは苦笑した。おそらく、今最もツバキの友愛あいを受け取っている二人が太鼓判を押すのだから、愛情不足を心配することはないのだろう。ツバキの結婚観を寂しいものだと感じていたトレイは、僅かに胸を撫で下ろした。


「………ああ、君のもう一つの懸念はそれか」
「ああ、そうなんだ。私の愛は、どうやら酷く重いらしい」


 だが、ツバキをよく知るジャミルは逆に顔を顰めた。カリムも渋い顔をしている。
 何で不穏になるわけ? と、フロイドがチラリと三人組に視線を向けた。
 ツバキの愛は、人間には重すぎるものだろう。何せ、数百振りに及ぶ神の末席刀剣男士を満たした愛だ。そんなものを世界でたった一人に注いで、無事でいられる保証はない。


「壊れてしまわないか、心配なんだ」


 心の底から憂いを吐き出すツバキに、カリムとジャミルが顔を見合わせる。その顔は不安を滲ませており、ツバキの懸念が現実味を帯びていることが窺えた。
 その愛の一端を知っているシルバーが、確かに包み込むような愛だものな、と納得を示す。それを重いと感じたり、束縛として苦痛に思う人間もいるのだろう。贅沢なことだ、と細く息を吐き出した。彼には、その想いを一番欲しているのは自分だという自負があるのだ。


「………精神汚染に耐性がある人、と条件を付けたらいいんじゃないか?」
「もしくはめちゃくちゃ鈍感な奴がいいと思うぜ!」
「酷いな。そんなにか?」
「「そんなにだよ」」


 愛する者のためならば、命だって差し出せる女の愛だ。己の魂が糧となるならば、全て捧げてしまえるような人間の想いだ。逃げ出したくなる者もいるだろう。受け止めきれずに潰れてしまう人間もいるだろう。底無しの器を持つような度量の持ち主か、全て受け流せてしまえるような性格の者でないと厳しいだろうと言うのが、幼馴染達の見解だ。ツバキのいうように、彼女に無関心な人間の方がうまくいきそうだと思ってしまった幼馴染は、二人揃って頭を抱えた。
 後日、ジャミルから報告を受けた清庭の部下達も頭を抱えることになるのだが、それはまだ先の話である。



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