ジャミルの友達が姐さんだったら 17






「あ~! やっと見つけた~!」


 ヴィル達への見舞いの品を手にし、ヴィル達が入院している病院に向かう途中、カリム達一行に声を掛ける者がいた。ふらふらとした足取りで近づいてきたのはフロイドだった。その後を、薄笑いを浮かべたジェイドが付いてくる。そんな二人を目にしたジャミルは盛大に顔を顰め、ツバキは淡い笑みを浮かべ、カリムはにこにこと手を振って歓迎の意を示す。三者三様の態度にジェイドが小さく笑い、フロイドは不機嫌そうに眉を寄せた。


「いきなり学園退去命令出たから何事~? って聞きたかったのに、ウミヘビくんもラッコちゃんもさっさと逃げちゃうし、オルカちゃんの連絡先は知らないし、ずぅっとヤキモキしてたんだけど-」
「僕も同じです。学園から詳しい説明もなく、あまりにも突然のことでしたから」
「説明も無しに退去させたのか?」


 双子の言葉に、ツバキが目を丸くした。フロイドは不機嫌そうに唇を引き結び、ジェイドが僅かに眉を下げた。二人の様子を見たツバキが、そろりとジャミルに目を向ける。彼は額に手を当てて、盛大にため息をついた。


「ああ。まぁ、真実を告げれば絶対に馬鹿をやらかす輩が現れるからな」
「…………否めないな」


 肩を竦めたジャミルの言葉に、ツバキも片手で顔を覆う。
 “やるな”と言われたことをやりたくなる心理現象が存在する。他者から行動の制限をされると、返って欲求が高まることをカリギュラ効果と言う。けれど、禁止されていることを実際に実行に移す者は少ない。きちんと理性を働かせ、“やってはいけない”ことに納得できるからだ。
 しかし、ナイトレイブンカレッジの生徒には当てはまらない。彼等は抑圧されればされるほど、反発する性質がある。故に、それがどれほど危険な行為でも、“やるな”と言われることに手を出すのだ。それならば、問答無用で学園から追い出して、生徒達が真実に辿り付く前に事を終わらせてしまった方が早い。特に今回は事がことであったため、ナイトレイブンカレッジはこのような措置を取ったのだろう。保護者にはどのように説明したのか気に掛かるが、嘘も方便と言う言葉がある。保護者が不安を抱かないような、けれどのっぴきならない理由を並べ立てていることだろう。


「…………今回の事は話して貰えるの?」


 前回のことがあったからか、フロイドは少しばかり遠慮がちだった。得体の知れない強者が憔悴しきっている様子を見てしまったものだから、どこまで踏み込んだものか判断しかねるのだろう。先程までの不機嫌さはなりを潜め、僅かに眉を下げていた。
 ツバキを気遣う様子を見せたフロイドに、ジャミルがぎょっと目を瞠る。それから、ばつが悪そうにそっと目を逸らし、僅かに唇を噛んだ。その様子を見ていたカリムが、ぽんと背中に手を当てた。
 ツバキが、柔らかい笑みを浮かべてフロイドを見上げる。


「学園側と擦り合わせを行ってからになるが、それでも良ければ」
「ふぅん。守秘義務とかってめんどくさいね」


 つまらなさそうに、けれど特に気分を害したわけでもなく。関心がどこに向いているのか分からない様子で、フロイドはこの話題に見切りを付けた。


「…………てかオルカちゃん、そんなひょろかったっけ?」
「私服だからそう見えるだけじゃないか? 制服と違って薄着だしな」
「それにしても、随分と細く見えますが……」


 突然の話題転換に、ツバキが微苦笑する。
 もうすぐ夏を迎える時季に差し掛かり、日差しも強くなってきた今日この頃。上着を必要としない日も多くなってきた。本日も大層天気が良く、風こそ冷たいものの、日差しはあたたかい。薄手のカーディガンを羽織れば十分という気候で、制服と比べれば随分と軽装だった。それ故だろう、とツバキがカーディガンの裾を抓む。けれど、フロイドは納得がいかないと言った顔で首を傾げた。その隣で、ジェイドも違和感が拭えないというような顔をしている。
 ふと、フロイドが動いた。ガシ、と腰を掴まれ、そのまま持ち上げられる。突然の暴挙に、ツバキは反射的に拳を振り下ろした。ゴス、と鈍い音がフロイドの脳天から響く。その衝撃でフロイドの手が外れ、ツバキは着地と同時に距離を取った。後ろ手に隠した手には魔法石が握られている。油断なくフロイドの一挙手一投足を観察する眼差しは鋭かった。


「ってぇ……! ちょっと、オルカちゃん、容赦なさ過ぎない?」
「いきなり抱えられたら誰だって驚くだろう……」


 何故非難されているのか、と渋い顔を浮かべるツバキに、フロイドもふて腐れた表情を向ける。彼に危害を加える意志がないことを感じ取ったツバキが、小さく息をついて袖口に魔法石を仕舞い込む。皺になった裾を直しているツバキを見て、ジャミルが額を抑えた。
 カリムがツバキに駆け寄り、ツバキを背後に庇うように立ちはだかる。


「今のは君が悪いだろう……」
「女の子をそんな乱暴に扱っちゃ駄目だぜ、フロイド!」
「「………………は???」」


 双子の人魚達が、揃って目を見開く。ポカンと口を開けたまま呆けた顔は、酷く幼く見えた。そんな二人に、幼馴染み達は首を傾げる。お互いの顔を見合わせて、目を瞬かせた。
 しばしの沈黙。静寂を破ったのは、酷く控えめなフロイドの震え声だった。


「…………オルカちゃんって、オンナノコだったの?」
「そうだが」
「聞いていませんが???」
「人魚は自己紹介の際に、わざわざ性別まで明言するのか?」
「ああ、うん……。確かに言わねぇけどぉ……」


 フロイドは項垂れ、べし、と音が鳴るほど勢いよく両手で顔を覆った。対するジェイドは、衝撃が抜け切れていない様子で目を瞠ったまま。そんな二人の様子に、カリムとジャミルの方が驚きを隠せない。カリムはオロオロと双子とツバキを交互に見つめ、ジャミルは呆れを滲ませたため息をつく。当の本人であるツバキはと言えば、いつもの澄まし顔に、ほんのりと不満を乗せていた。


「いや、これは流石にオレが悪いわ……。ごめん、オルカちゃん。オレ、ずっとオルカちゃんのことオスだと思ってて……」
「申し訳ありません、僕もです……」
「いや、構わない。一般的な少女と比べて女性らしいと言い難いのは事実だ。それに、君達とは種族も異なる。見分けられないのも無理はないさ」


 いつもの淡い微笑みを乗せ、ツバキが双子に笑いかける。双子はほっと胸を撫で下ろしていたが、その顔が僅かに強ばっているのを見て取った幼馴染み達は顔を見合わせた。
 ツバキは華やかさには欠けるものの整った顔立ちで、切れ長の目元が涼やかな美形だ。その凜とした顔立ちや佇まいは女性とも男性ともつかない雰囲気を持っている。また、ツバキは非常に長身だ。男性すらも見下ろしてしまう高身長。その上、ツバキは職業柄身体を鍛えており、アスリートを彷彿とさせる体型をしている。
 性別を曖昧にさせる要因には、声も含まれているだろう。ツバキは澄んだ美しい声をしている。水のように染み渡る聞き心地のよい声だが、女性にしては低めだった。
 ふとした所作は繊細で美しいが、時に大胆になる。名のある家の次期当主という立場から、堂々とした立ち振る舞いが目立つ。そう言った要素が、よりツバキの性別を曖昧なものにしていた。
 けれど、きちんと見れば女性であると分かる。ほっそりとした指先。桜貝のような爪。引き締まった腰回り。細い肩。女性特有の要素など、挙げていったらキリがない。幼馴染みの二人は、首を捻るばかりだ。


「そんなに分からないもんかな?」
「どうだろうな……。先入観があれば、あるいは……?」
「でも、ツバキって結構ちゃんと女の子だと思うんだよな。肩幅とか全然無いし、厚みだって男とは違うだろ?」
「……体型が隠れていたからじゃないか? ツバキは紅紫苑を隠すために、自分に隠蔽やら認識阻害を掛けているだろう。特に腰回りに」
「あ、なるほどな! 確かに、体型が隠れてたら細身の男だと思っても不思議じゃないか!」
「ロイヤルソードアカデミーの制服は詰め襟だから、喉元も隠れているしな」


 いくつか意見を出し合い、納得のいく答えを見つけたカリムがぽんと手を打った。ジャミルも、どことなくすっきりとした表情に変わっている。
 隠していたわけでもないのに勘違いされていたツバキと、ツバキに微妙な顔をさせてしまって気まずい双子だけが渋い顔をしていた。


「…………なんか、ごめん。ホントに……」
「いや、うん……。気にしなくて良いから……」


 今日は用事があるから、と後日時間を取る約束を交わし、ツバキ達はその場を後にした。その際、カリムとジャミルの後頭部に手刀を入れたのは、ツバキにとっては正当な行為だった。




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