ジャミルの友達が姐さんだったら 番外編 4






 ルークがジェイドに誘われて参加することになった結婚式は午後から執り行われるという話だ。彼から教えられた時刻より少し早めに入り江に到着し、入り江の中央にある木の上に腰を下ろした。どんな風に新郎新婦を祝うのだろうかと、そんなことを右目に語りかけていると、ボートに乗った新郎新婦が入り江に現れる。二人はこのセレモニーを大層楽しみにしているようで、始まるのを今か今かと待っている。しばらくすると、結婚式の参加者達が続々と入り江に集まりだした。その中に、新郎新婦に試練を与えるジェイド達も混じっている。みんなそれぞれ、素敵な衣装に身を包んでいた。
 ふと、マレウスとルークが顔を上げる。木の上に腰掛けるツバキに気付いたのか、二人が目を瞬かせた。ツバキが唇の前で人差し指を立てると、二人は小さく笑って了承を返した。
 新郎新婦がスタート位置に着き、ゆっくりとボートを漕ぎ出す。ジェイド、ルーク、マレウス、リドルが、それを追う形でボートを漕ぎ出した。岸の上では監督生が4人の先輩達の写真を撮影しており、その足下でグリムがリドル達を応援していた。
 談笑しながらボートを漕ぐ新郎新婦に追いついた4人が水鉄砲を浴びせる。二人は笑い声を上げて、それを受け入れた。そんな二人の様子を見たジェイドがにやりと捕食者染みた笑みを浮かべ、マジカルペンを取り出す。すると巨大な水柱が上がった。ここからが、ナイトレイブンカレッジ生の本番である。
 ジェイドに続き、マレウスが水面に水を当てて、水を噴き上げる。高波が起こり、ボートを襲った。しかし、漕ぎ手である新郎は船に精通しているのか、高波を乗りこなす。そんな新郎の様子に、新婦は惚れ直したようにうっとりとした表情を浮かべていた。


(いや、強いな、あの二人)


 ルークが海面に炎の魔法を当てて霧を発生させるも、新郎新婦は二人で協力して船を進める。視界を奪われた状態で水を浴びせられるも、その声は弾んだものだった。
 その一方で、ナイトレイブンカレッジ側の雲行きが怪しくなる。リドルとマレウスのボートがぶつかり合い、二人の間に不和が流れる。二艘が距離を離そうと藻掻いているうちに、二人のボートがルークのボートにぶつかり、ルークのボートが転覆した。思わず、ツバキは天を仰いだ。
 ルークは無事だろうか、とその姿を追うと、彼は笑顔のまま岸に向かって泳いでおり、怪我などはしていないようだった。そのことにほっとして、ツバキは視線をボートの方に向け直した。
 視界が確保できない状況は、自分たちを追い詰めるものでしかないと気付いたリドルが、風の魔法で霧を吹き飛ばす。ようやっと元に戻った視界に新郎新婦が喜ぶのも束の間、今度は木樽が流れてくる。容赦ないな、と苦笑する。けれど、新郎はその上手を行った。見事なオール捌きで木樽を躱していき、難なく試練を乗り切った。おお、とツバキの口から感嘆の声が上がる。思わず拍手をしていると、彼等の後方で激しい破裂音が聞こえる。まさか、と思ってそちらに目を向けると、顔を真っ赤にしたリドルと涼しい顔をしたジェイドが魔法をぶつけ合っていた。


「…………何をやっているんだ、あの二人は」


 思わずため息を漏らすと、右目の持ち主が楽しげな笑い声を上げる。観客達も喜んでおり、何より主役である新郎新婦が盛り上がっている。外野であるツバキに口を挟む権利などなく、みんなが楽しんでいるのならば成功だろう、と苦笑した。


(いやしかし、本当に強いな、あの二人)


 爆発を見て、新郎新婦は愛を確かめ合っている。それだけ二人の愛が深いと言うことだろうか。幸せそうで何よりだと柔らかい微笑みを浮かべていると、またもやボートが転覆した。今度はリドルである。彼は転覆したボートにしがみついており、溺れる心配は無さそうだった。
 リドルの無事を確認しているうちに、マレウスが次を仕掛けた。竜巻を巻き起こし、大きな高波を作ったようだ。けれど新郎新婦はそれすらも乗りこなし、マレウスがさらなる高波を生む。だが、これが失敗だった。ボートに乗り慣れていないらしいマレウスがボートを操りきれず、彼のボートがひっくり返ったのだ。
 海に落ちる前に、マレウスが上空へと飛び上がる。リタイアとなった彼はボートにしがみついたままでいたリドルを抱え、岸辺に戻っていった。これで残るはジェイド一人。コースも残り少なくなっている。さて、彼はどうするのだろうか。


「…………お、」


 ジェイドが海へと潜る。人間の姿から本来の姿へと戻り、ボートに体当たりを繰り広げる。4メートルはあろう巨躯にぶつかられた小型のボートは大きく揺れ、ついには逆さまにひっくり返ってしまった。僅かに目を瞬かせたツバキが、口元に手を当てて小さく笑う。完全な逸話の再現に、新郎新婦は幸せそうに笑い、観客達は大盛り上がりを見せている。見事にセレモニーを成功させた若者達に盛大な拍手が送られ、場は祝福と賞賛の声で満たされていた。ツバキも惜しみない拍手を送る。


「ふふ、私も少しばかり、祝福を送ろうか」


 魔法石を取り出し、魔法を発動させる。その瞬間、白と薄紅色の花弁が雪のように降り注いだ。
 みんながそれに見惚れているうちに、ツバキがそっと木から飛び降り、水面の上を歩いて対岸に歩み寄った。


「相変わらずだな、ナイトレイブンカレッジ生は」
「え? あっ!」
「オメーも来てたんだゾ!?」


 ツバキの声に真っ先に反応したのは監督生とグリムで、彼等は共学の声を上げた。舞い散る花びらを見つめていたリドル達が声を振り返り、そこにツバキの姿を認め、彼等も目を見開いた。


「息災のようで何よりだ、サニワ」
「マレウス殿下もお元気そうで何よりです」
「久しぶりだね。ツバキも群青の街に来ていたのかい?」
「ああ、少し用があってな。ついでに、セレモニーの見学に来たんだ」


 順番に挨拶を交わし、最後に一番奥で目を見開いているジェイドに視線を向ける。目が合うと、彼はようやく我に返って笑みを浮かべた。


「お久しぶりです。まさか、群青の街でお会い出来るとは思いませんでした」
「ああ、久しぶりだな。私も君達と顔を合わせることになるとは思ってもみなかったから驚いたよ」


 ツバキが淡く微笑むと、ジェイドも口元を緩める。ほんのりと目尻が色づいており、釣り目が柔らかく垂れていた。
 「おや?」とジェイドが目を瞬かせる。顎に指を掛け、僅かに首を傾げる。ツバキも同じように首を傾げると、ハッとしたジェイドが手を伸ばす。


「右目の色が……?」


 ジェイドの指が目元に寄せられる。目尻をなぞろうとした指先がびくりと跳ねた。自分が濡れていることを失念していたのか、その手は慌てて引っ込められた。ほんの少し落胆を滲ませた笑みに、ツバキも曖昧に微笑む。そんな彼に、そっと近寄る影があった。


「ジェイドさん、そちらの方は?」


 親しげに声を掛けてきたのは、長身のジェイドよりも更に長身の女性だ。ジェイドによく似た顔立ちで、ふとした仕草も彼と重なる婦人だった。
 婦人に声を掛けられたジェイドは微かに肩を跳ねさせて、すぐに取り繕うように笑みを浮かべた。


「えぇと、こちらはロイヤルソードアカデミーに在籍しているツバキ・サニワさんです。以前僕がお世話・・・になった方ですよ」
「まぁ、この方が?」
「お初にお目にかかります。ツバキ・サニワと申します」
「ご丁寧に。ジョルジーナ・リーチですわ。愚息が大変お世話になったようで……」


 優雅な仕草で一礼される。胸元に手を添える仕草が、ジェイドとそっくりだった。ジョルジーナに習って、ツバキも一礼する。顔を上げると、ジョルジーナはじっとツバキを見つめていた。悪意や敵意は感じないものの、隠しきれない好奇心が窺える。怪しく光る瞳が、獲物が掛かるのを待ちわびる捕食者を思わせた。その輝きはフロイドのものと似ている。あんまりにも似ているものだから、ツバキが微かに笑った。
 淡い微笑を浮かべたツバキに、ジョルジーナが微かに目を瞠る。それは一瞬の出来事で、彼女はすぐに口角を上げた。


「昨年の件では、突然お電話をして申し訳ありません。驚かれたでしょう?」
「とんでもございません。むしろ、丁寧にご説明頂いて、とても感謝しているのですよ?」
「それならば良かったです。本当は例の件を担当した私が直接ご説明しなければならなかったのですが、何分半人前の身。代理人を立てさせて頂いたことが気掛かりで……」
「学生の身分ですもの。いくら優秀なお方とは言え、仕方がありませんわ。けれど、こうしてお顔を拝見できて嬉しい限りですわ」
「そう言って頂けると幸いです」


 事情を知らない者達が顔を見合わせる。その視線はジェイドに向かったが、彼はいつもの笑みでその視線を黙殺した。一瞬だけ視線がジョルジーナにも向けられたようだが、彼女はそれに気付いているのかいないのか、熱心にツバキに話しかけている。
 ジェイドがとある山に登り、呪いを受けたというのは極秘事項だった。概要こそ言葉に出来るものの、その詳細を明かすことは許されていなかった。これは息子の身に降り注いだ不幸の報告を受けた両親も同じで、誰に尋ねられたとしても答えることは出来ない。そのような契約が成されている。好奇心や興味関心を向けられても、彼等は黙殺以外の返答が出来ないのだ。


「本日はどのようなご予定でいらっしゃるの? 私達は結婚式がありますが、夜には時間が取れますの。もしご予定が合うのなら、お時間をいただきたいのですけれど……」
「そう言って頂けるのは嬉しいのですが、この後は立て込んでおりまして……」
「そう……。残念ですわ」


 ジョルジーナ達とて、この後には結婚式本番を控えている。新郎新婦はお色直しのために席を外し、参列者達は結婚式の会場となる船へと足を向け始めている。彼女達もそろそろ会場へと向かわなければならない頃合いだった。忙しいのはお互い様で、ジョルジーナは無理に引き留めるようなことはせず、名残惜しげに微笑むだけに留めた。
 ジェイドも残念そうに眉を下げた。


「ツバキさんのご予定を知っていたら、群青の街をご案内出来たのですが……」
「この街に来たのは偶然だから仕方ないさ。美しい場所なら、どこでも良かったからな……」


 寂しげに弧を描く口元に、ジェイドの胸がツキリと痛む。柔らかく目元を撫でる指先に手を伸ばすと、ジェイドの手が触れる前に、ツバキが顔を上げた。中途半端に伸ばされた手を、仕方なしに下ろす。


「ああ、そうだ。ジェイド」
「? はい、何でし―――――」


 細い指がコバルトブルーの髪に触れる。顔に張り付いた髪を払うような仕草に、ジェイドの身体がギクリと跳ねた。
 ふわりと柔らかな魔力で身を包まれ、海水で濡れていた服がみるみる乾いていく。


「日差しが強いとは言え、濡れたままでは体調を崩してしまうからな」


 そう言って濡れた衣服と髪を乾かしたツバキは、ひらりと手を振って別れを告げた。「また賢者の島で」と笑うツバキの顔は大輪の花を思わせた。そんな彼女に対し、ジェイドは返事も出来なければ、手を振り返すことも出来ない。呆然と目を見開き、硬直している。
 彼が動けるようになったのは、それぞれに一言残し、ツバキの姿が見えなくなった頃である。膝に顔を埋めるような形で蹲り、ジェイドはまたも動かなくなってしまった。そんな彼に対し、ジョルジーナとルークが輝く笑顔を浮かべ、リドルがオロオロと慌てふためき、マレウスが目を瞬かせた。グリムは気味が悪そうに監督生の足に縋り付き、その監督生は哀れみを含んだ目でジェイドを見つめる。彼は耳から首筋までを真っ赤に染め上げていた。


「罪深いことするなぁ……」


 美しい景色の中に溶けるように去って行った少女の背中を思い出しながら、監督生は肩を竦めて嘆息した。




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