ジャミルの友達が姐さんだったら 2
休み時間。次の授業が行われる教室に向かって歩いていたカリムが、ふと足を止めた。半歩後ろを歩いていたジャミルが、立ち止まったカリムから、丁度一歩分進んだところで立ち止まる。忘れ物か、と尋ねようとして、カリムの様子がおかしいことに気がついた。真っ青な顔で、懐を探っているのである。
「あ、あれ? え、あれぇ!?」
カリムが素っ頓狂な声を上げ、周囲を見渡した。
こんな風に慌てるカリムは珍しい。カリムは基本的にポジティブで楽観的だ。そんなカリムがここまで動揺を顕わにするということは、よほどの事態と言うことだ。
じわじわと、纏わり付くような嫌な予感を感じ取り、ジャミルの眉間に皺が寄る。
必死な様子を見せていたカリムは、結局目的のものを見つからなかったようだった。唇をわなわなと震わせながら、カリムはジャミルを見つめる。
「か、刀がない……。懐に入れておいたはずの刀が……」
刀とは、東方の国に古くから存在する武器の一種である。カリムとジャミルは、東方の国に訪れた際、とある神に気に入られ、一振りずつ刀を授かっていた。彼の言う刀は、恐らくこれのことだ。彼らは常日頃、刀を懐に偲ばせているのである。
「ま、まさか……」
「ま、拙いぞ、ジャミル! 金屋子神に貰った短刀がない!」
その言葉を聞いたジャミルはザッと顔から血の気を引かせた。
金屋子神―――――それは東方の国で信仰されている女神の一柱である。鍛冶と火を司る神で、東方の国の鍛冶屋では必ずと言って良いほどにこの女神が祀られている。
金屋子神は自ら鍛刀を行い、気に入った人間に刀を送ることが多々あった。カリムの持つ短刀も、彼女から贈られたものである。つまりそれは、神からの祝福である。そんな大切なものを無くした、あるいは盗まれたのだ。二人が慌てふためき、血の気を失うのも当然だった。
前者ならば、まだ良い。神からの祝福を粗末に扱ったとして、怒りを買うかもしれないが、取りなすことが出来る。ジャミルもまた、彼女から刀を授かったお気に入りであるからだ。
しかし、後者はどうしようもない。お気に入りの人間から、自分が授けた加護を掠め取ったのだ。その報いを受けさせるべく、天罰を下すだろう。そうなっては、只人である二人には、どうすることも出来ない。
―――――近いうちに、誰かの死が訪れる。
「…………東方の国と、先生たちに報告しよう」
「うん、そうだな。無くしただけなら、良いんだけどな」
「良くない!」とカリムを叱りながら、ジャミルはすぐにスマホを取り出した。持つべきものは頼れる友人だな、と思いながら。
***
ところ変わって、ロイヤルソードアカデミーでのことである。黒を基調としたNRCとは真逆の、白亜の壁を持つ校舎内にて、ツバキは妙な違和感を感じ取っていた。隠蔽魔法を施し、腰に佩刀している刀―――――紅紫苑が鳴いているのである。柄を撫でて落ち着かせようと試みるものの、警告を示すようにカタカタを震えるのをやめないのだ。
紅紫苑は、ツバキが
紅紫苑には、すでに意志が宿っている。九十九のときが経たずとも、すでに付喪神に成っているのだ。故に、彼は使い手であるツバキを主とし、主の害となるものを容認しない。
自分を守らんとする意志を受け、ツバキが改めて周囲を探る。
元より、周囲への警戒は怠っていない。異変は見られない。RSAの敷地内で、何か騒動が起こったという知らせもない。では、事はどこで起こっているのか。
「NRCか……」
NRCには、幼馴染みのジャミルが通っている。友人と呼んで差し支えないカリムも。彼らを害されることは、ツバキにとって耐えがたいことである。紅紫苑が警告しているのは、彼らに対する危険なのだろうか。
紅紫苑に声を掛けようと、柄に手を掛ける。けれど、それ以上のことはせず、ツバキは背後を振り返った。背後に、人の気配を感じたのだ。
「ツバキちゃん、こんなところでどうしたの?」
柔らかい笑みで問いかけてきたのは、同級生のネージュ・リュバンシェである。彼はツバキのクラスメイトで、一人で過ごすことの多いツバキを気に掛けて、よく声を掛けてくるのだ。
彼はとてもいい人である、と言うのがツバキの見解だ。ただ、ツバキとは相容れない部分が多く、自分から積極的に関わることはしない類いの人間だった。
「いや、少し考え事をしていただけだよ。物思いに耽りながら歩き回るのは危ないから、立ち止まっていただけだ」
「そうなの? 何か悩み事?」
「いいや、夕ご飯は何が良いかな、程度のことさ」
「そうなんだ。なら良かった。ふふ、ツバキちゃんは本当に食べることが好きだね」
「ああ」
ここでは話は聞けそうにないな、とツバキが柄から手を離す。どうしたものかな、とネージュが隣に並び立つのを眺めながら思考を巡らせる。
次の授業までには、まだ時間がある。お手洗いに行く振りでもして、一人になろうか。そう思った瞬間だった。タイミングよく、スマホから着信を知らせる音が鳴り響いた。
「すまない。電話に出てから教室に戻る。先に戻っていてくれ」
「うん、分かったよ。遅れないように気を付けてね」
「ああ、ありがとう」
ネージュが踵を返すのを見送ってポケットからスマホを取り出すと、そこにはジャミルの名前が表示されていた。