ジャミルの友達が姐さんだったら 15
「どうして助けてあげなかったんだい? 君程の魔法士なら、きっと救えたはずなのに」
―――――何だか、聞き覚えのある台詞だな。
クラスメイトであるシュワルツ・オベールの言葉を聞きながら、ツバキは遠い過去に思いを馳せる。“ツバキなら救えた“という言葉は、どう足掻いても彼女に苦い記憶を蘇らせる。伸ばした手を取って貰えず、手のひらからこぼれ落ちた破片。小さくなってしまった同胞を抱きかかえながら、胸にぽっかりと空いた穴を撫でる。その隙間は、痛くて苦しくてたまらないものだけど、決して忘れてはならないものだ。救えなかった誰かが、確かに存在した記憶であるのだから。
今世の職業上、きっとこういった言葉を投げかけられることは多いだろうと予想していたけれど。覚悟していても、苦しいものは苦しいのだ。
「……あれは祓除しなければならないものだった。放っておけば、甚大な被害を被ることになっただろう。私は、自分の行動を間違っているとは欠片も思っていない」
「確かにそうかもしれない。でも、相手にだって理由があったかもしれないだろう?」
―――――そんなものあるかよ。
シュワルツの言葉に、思わず嘲笑が漏れるところだった。
ツバキは最近、ロイヤルソードアカデミーに現れた怪異の討伐を行った。それは危険極まりないもので、放置しておけば、たちまちにしてロイヤルソードアカデミーの生徒達を喰らい尽くしていただろう。そうして魔法士のたまご達の力を取り込んで、大きく肥え太った怪異が賢者の島に放たれる。それだけは避けなければならない事態だった。
事は迅速に行われた。事態を重く見たアカデミー側が全面的に協力してくれることとなり、優秀な魔法士達の助力もあって、怪異は脅威度に反してあっさりと祓除されたのだ。教師達の慌てぶりに反して、あっと言う間に事が片付いてしまった故か、殊の外、シュワルツと同様に考えているものが多いようだった。
―――――そんなに危険なものではなかったのではないか。穏便に済ませることが出来たのではないか。和解できたのではないか。通じ合うことだって、出来たのではないか?
ロイヤルソードアカデミーの生徒達は、善人という分類に括られる人間ばかりを集めたような学園だ。ヒーローの素質を持った、愛と正義を胸に抱える、誰かの光となる人種。そういう気質を持った者がより集まった学び舎である。
彼等は人の善性を心から信じている。誰の胸にも優しさが存在すると疑わないのだ。例えそれが、言葉の通じない異形相手だとしても。
彼等は今回学園内に現れた異形も、そうしなければならない理由があったのだと考えているのだ。故に、相互理解に努める間もなく討伐されたことを、悲しんでさえいる。アレは学園で働くゴースト達とは違うと言っても、「言葉が通じないからと即座に排除するのは早計ではないか」とさみしげに微笑むのだ。ツバキには理解できない感性だった。
―――――危険なものを排除することの、何がいけないのか。こちらが一方的に敵視しているように見えるのだろうか。向こう側の住人だって、こちらを好きにして良いものとして認識しているのに。その瞳に全てを映すことの出来ない人間には、向こう側の住人の悍ましさが分からないのだろうか。
「…………アレらは異なる次元のものだ。人の尺度で測れるものではない」
「それはきっと、相手を理解しようとしていないからだよ」
―――――それを私に言うのか。神の言葉を聞き、伝え広める者に。化け物共の言葉を理解する
ツバキは再度、嘲笑を呑み込んだ。
「彼等だって、この世界を生きる同胞みたいなものじゃないか」
あんな悍ましいものと同列にしないでくれ。ツバキがズキズキと痛みを訴える額を手で覆いながら、深く嘆息した。
シュワルツは誰にでも分け隔てなく、どんな相手にも臆さずに笑みを向けることが出来る人間だ。ツバキは彼のそういったところを好ましく思っている。けれど、これは流石に行き過ぎている。明らかに人に害を為すものを相手に。傷付ける意図を持っているものを相手に、それでも微笑みかけるなんて。
その思想は、その優しさは、きっと誰かの光となるのだろう。その前に、自分の身を滅ぼさなければ良いけれど。
(…………優しい人が犠牲になるのは嫌だな)
優しい人というのは、いつだって自分を犠牲にしてしまう。そうすることで誰かが救われるなら、そのように在りたいと願ってしまう。けれどそれは、あまりにも悲しく寂しいことだった。
ツバキとシュワルツは、特に仲が良いというわけではない。けれど、ロイヤルソードアカデミーで浮いている自覚のあるツバキを何かと気にかけてくれて。ネージュの頻回な遊びのお誘いからも庇ってくれる。彼はそう言った、誰かを気遣い、他人を思いやれる人間なのだ。そんな人が犠牲になる必要はないのだと。君を必要としてくれる人が居るのだと。だから、どうか恐ろしいことを考えないでくれと、ツバキは言葉を重ねる。
「いいや、違う。アレらは住む世界が違う。理が違う。アレらは人を喰らう。アレらは人で遊ぶ。アレらは人を、人として認識していない」
「そんなことないよ。きっと、僕らが拒絶してしまっているから、彼等もそうせざるを得ないだけなんだ」
つい最近、それこそ、ツバキと出会ってから初めて向こう側の住人と相まみえたような人間が、どうしてそのように言えるのだろう。そんなことが出来るのなら、神職の人間達の犠牲なんて出ないのに。もう何千年もの永きを奴等と対峙している東方の国の国民達が、とっくにそうしているというのに。我らがそれを可能としていないのが、何よりの証左であるというのに。
ツバキの胸に、黒いものが渦巻く。モヤモヤとした、黒い靄のようなソレ。いつか見た、穢れに似ているような気がしてゾッとした。
シュワルツを引き留めようと、思いとどまらせようと、回らない頭で言葉を探す。けれど何も見つからなくて、縋るようにクラスメイトの顔を見つめた。そんなツバキに、シュワルツが花のように微笑む。
「言葉は通じなくても、心を通わせることは出来ると思うんだ。僕らが彼等を受け入れれば、彼等だって僕らを受け入れてくれるよ」
伸ばした手を、振り払われたような気分だった。その言葉は、その顔は、酷く穏やかで、春の日差しのようだったのに。なのに、どうしてこんなにも、ツバキを凍えさせるのだろう。
ああ、そうか。ツバキはシュワルツの微笑みを見て、唐突に気が付いてしまった。言葉が通じても、心を通わせることが出来ないこともあるのだと。
―――――ああ。彼にはきっと、何を言っても意味がないのだろうな。
プツリと、何かが切れた気がした。
「………そうか。君ならきっと、それが出来るよ。私には難しいけれど」
「……! ありがとう。でもきっと、君にも出来るよ」
賛同を得られたと思ったのか、シュワルツの頬が喜色に染まる。その喜びを言葉にしようと、シュワルツが言葉を重ねようとしたけれど、ツバキはそれに聞く価値を見出せなかった。用事を思い出したと断って、ツバキはさっさと踵を返す。シュワルツは残念そうな顔をしていたけれど、ツバキは知る由もない。興味すらも、何もない。
歩みを止めず、ツバキが右手を持ち上げる。人差し指と中指を立てて、ハサミのように見立てた指で、糸を切る真似をした。プツリと、糸が切れた音がしたような気がした。