ジャミルの友達が姐さんだったら 16






 賢者の島は、その名の通り小さな島である。四方を海で囲まれており、その一つに存在する入り江にて、ツバキは人を待っていた。ナイトレイブンカレッジに重なった異界を引き剥がすために必要な人員を迎えるためである。
 審神者というのは、本来人の口―――――巫女や神主に降ろした神の声を聞くのである。しかし、ツバキは人の口を必要としないのだ。それほどまでに力が強いが故に。
 だが、これは対外的には良くないことに分類される。巫女や神主を必要としないと言うことは、彼等を蔑ろにするのと同義であると判断されるのだ。
 神職というのは横の繫がりが重要である。自分たちだけでは対処出来ない部分がどうしても存在するからだ。それらの事柄を他に回せなくなってしまったら、いたずらに命を消費するだけである。故に必要などなくとも、面倒ごとであっても、パフォーマンスとして必要ならばこなさなければならない。それが一族を護ることに繋がるのだ。
 約束の時間になり、宙に複数の魔法陣が浮かぶ。その中から、ツバキが呼び寄せた人間達が顔を出した。


「やっほー、椿ちゃん! ひっさしぶり~!」
「お久しぶりです、厳原さん。本日はお忙しいところをご足労頂きありがとうございます」
「いいんだよ、いいんだよ! 私と椿ちゃんの仲じゃ~ん!」


 ツバキが今回招集したのは、多くのイタコを排出している厳原いずはらという一族の娘である。名をヨヒラといい、ツバキの三つ年上の少女だ。
 小柄でかわいらしい見た目。人柄は溌剌としており、常に笑顔が絶えない人物だ。
 彼女はツバキをかわいがっており、ツバキに声を掛けられるとすぐさま駆けつけてくれる頼れる味方だった。ツバキもその明るい性格を気に入っており、イタコを必要とした仕事では、彼女を指名することが多かった。
 そんな少女と入れ替わり、ツバキの前に顔を出したのは狐を思わせる青年だった。


「久しぶりやなぁ、清庭さんとこの。今日はうちに依頼してくれてありがとなぁ」
「朝倉さんもお元気そうで何よりです」


 青年は朝倉美晴あさくらみはるといい、祓い屋の一族の人間だ。飄々とした、常に貼り付けたような笑みを浮かべる青年は、『胡散臭い』と胡乱な目で見られがちだった。朝倉の一族は拠点を明かしておらず、出身地を誤魔化すためか、様々な地域の方言を使うことも一因だろう。
 しかしツバキは、彼が誰よりも仕事に対して真摯で真面目なことを知っている。故に、同業者の中でも一等信頼を置いている人間の一人だった。
 美晴がにんまりと口角を上げ、目を細めた。そうすると、余計に狐を連想させる。


「しっかし、清庭さんとこのおいえも大変やねぇ。必要のないイタコ補助呼んで、万が一敵対してきたときの保険に祓い屋うちに依頼して、神木さんところからも神主さんお借りしたんやろ? お疲れ様やんなぁ」
「このメンツを見るに、事情を把握している人選みたいですけどね。一族の対面を護るための最低限を整えた、と言ったところでしょうか」
「椿ちゃんには必要ないからね~。体裁とか体面とか、一族を率いる子は大変そうだなー」
「ま、うちらはそれでおまんま食わせて貰ってるわけやさかい、構いまへんけどね」
「そう言って頂けると助かります」


 神主の総元締め、神木から借り受けた神主は姫宮空蝉ひめみやうつせみという男性だ。薄幸の美青年というに相応しい、現実離れした容姿をしている。しかし、美しいけれど印象に残らないという矛盾を抱えてもいて、なんとも人の心に残る男だった。
 また、姫宮は神木の分家筋の家柄だが、空蝉は神の器としては本家に引けを取らない。その高い実力を買われて、本家に婿入りの話が出ているという。


「おーい、ツバキー! みんな集まったかー?」


 一通りの挨拶を交わし、学園へと足を向けたタイミングで、ジャミルを伴ったカリムがツバキ達のいる海岸に姿を現わした。満面の笑みで大きく手を振る少年に、ツバキ達は顔を綻ばせた。


「カリム、迎えに来てくれたのか?」
「おう! みんな、一旦家に帰ったしな」
「麓の街に待機している生徒達もいるだろう? つけられなかったか?」
「心配ない。つけてこようとした連中は撒いてきた」


 今回の一件は、異界に住まうものが、ナイトレイブンカレッジと己の住処を重ねて作ってしまった故に起きた事故である。異界と地続きとなってしまった学園は、そこら中に異界への入り口が作られてしまっており、幾人かはその被害を受けている。中には教師も含まれており、被害者は清庭家が派遣した異界探索班により救助されていた。潜り込んだ先の深度は深くないものの、瘴気耐性の低い者は体調を崩す羽目になった。
 このままでは、授業もままならない。それどころか、最悪の結果を招きかねない。そう判断した学園は、安全が確保されるまで生徒達を帰宅させ、学園内に発生した異界の除去をツバキに依頼したのだ。
 突然のことであったため、帰宅が難しい生徒は麓の街で待機している。珊瑚の海などは、まだ冬に生まれた流氷が溶けきっておらず、人魚達の殆どが街の宿で過ごすことを余儀なくされていた。つまり、暇を持て余した悪ガキ共が屯していると言うことである。案の定、人の弱みに飢えている一部の生徒が外出するカリム達を見て、後をつけようとしていたようだった。だが、それに気付かないジャミルではない。素人を撒くなど容易く、5分と掛からず生徒達を振り切って、ツバキ達と合流したというわけである。


「…………噂には聞いていましたけど、本当に治安が悪いのですねぇ」


 空蝉が頬に手を当てて、ぽつりと呟いた。色素が薄く、儚い容姿の彼がすると、その仕草は驚くほど似合っていた。
 そこでふと、ヨヒラがキョロキョロと周囲を見回した。


「あれ? そう言えば、肝心の紡ぎ屋さんは?」
「ああ、それなら………」


 新たに、魔法陣が浮かび上がる。その中から、4つの影が顔を出した。成人を迎えたばかりと思われる青年が一人と、よく似た顔の少女が三人。紡ぎ屋を営む紬家の四人兄妹である。
 紬家は依頼主の意見に沿って異界に住処を作る一族である。彼等は蚕蛾の妖との混血で、大人にも子供にも役割が与えられているのが特徴だ。幼虫は糸を吐き、紡ぐ。成虫は剥がし、壊す。そのためペアを組んで仕事をこなしているのだ。
 今回派遣されたのは、長男の小結こゆいと、その妹に当たる三つ子の小鞠こまり小袖こそで小縫こぬいだ。雪のような白い髪に、墨のような黒い瞳。無機質な目は、全てを見透かすような印象を与える。表情のない顔を向けられたツバキは、にこりと淡く笑った。


「よくお出でくださいました、紡ぎ屋の皆様。本日はよろしくお願いいたします」
「息災なようで何より。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「「「よろしくお願いいたします」」」


 これで役者は揃った。ツバキは一度手を打って、空気を仕切り直す。ここからは、仕事の時間だ。




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