ジャミルの友達が姐さんだったら 14
ツバキはカリムを通して、レオナに呼び出されていた。今回の事件の詳細を聞きたいという話だ。
呼び出された場所は寮長会議などで使用される会議室である。そんな場所に入っていいのか、と疑問に思うものの、教師達に許可は得ているという。そういうことならば、とツバキはカリムを伴って入室した。
会議室にはレオナの他に、ジェイドとフロイドも揃っていた。彼等も今回の一件を気に掛けており、同席させて貰ったようだ。
会議室に入ってレオナ達と顔を合わせると、彼等は皆一様にぎょっと目を見開いた。ジェイドに至っては、座っていた椅子から立ち上がったほどだ。
カリムとツバキが、顔を見合わせる。お互いの顔を見て、二人は思わず苦笑した。二人揃って、酷い顔をしている。ジャミルが見たら、すぐにでも布団に叩き込むだろう。いつもだったらお小言を言いながら、飲み物を入れて、さっさと眠るように促してくれるだろう。そうしてくれる相手が居ないのが、酷くさみしい。無事であることは分かっているはずなのに、どうしても不安が拭えず、上手く眠れない。早く帰ってきて欲しいな、と思いながら扉を閉めた。
パタパタと、足音が二つ。カリム達に駆け寄ってきたジェイドとフロイドが、珍しく心配そうな顔で二人を見下ろしていた。
「二人とも、眠れてねぇの? ひでぇ顔してんだけど……」
「うーん、まぁ、ちょっとな」
「ツバキさんも、随分とお疲れのようですが……」
「少し忙しくてな。今回の一件は、色々と面倒が多くて……」
フロイドがツバキに向かって手を伸ばす。顔に影が掛かり、思わず後退りそうになる。けれど、彼に害意はないようで、大人しくその手を受け入れた。フロイドに頭を撫でられ、労られる。ジェイドからも手が伸びてきて、目元を指で擦られた。
「オルカちゃん、大丈夫……? ウミヘビくん、そんなにひでぇの?」
「まぁな。でも、今は信頼できる人達に任せてあるから大丈夫だよ。すぐに眠ってしまうようだけど、目も覚ましたし」
「そっか……」
ジェイドとフロイドが、お互いに視線を向ける。中途半端に現状を把握している状況というのは収まりが悪いけれど、憔悴しきったツバキ達に無理をさせてまで知りたいほど、急を要する事態ではない。
フロイドが、背後を振り返る。後日にしろ、とレオナに強い視線で訴える。レオナも、今のツバキたちを見てしまえば、休息が先だと判断せざるを得ない。
「そいつらの言うとおりだ。その顔をどうにかしてからでいい。今は回復することを優先しろ。呼び出して悪かったな」
「いえ、今日で済ませてしまいたいです。どうせ、話せることは少ないですし、時間も掛かりません」
「確かに、何かしてた方が気が紛れるしな」
「…………分かった」
レオナがため息のような声で席に促すと、双子の人魚は苦虫を噛み潰したような顔をした。二人の様子に、なかなか気に入られたものだな、とレオナは感心する。そこまで深い関わりがあるわけではないだろうに、ツバキは二人の心に入り込んでいるようだった。分からなくもない、というのがレオナの感想だ。彼等にとって、ツバキは恩人だ。神の呪いをその身に受けたジェイドを助け出し、解呪が完了するまで面倒を見たのだから。故に彼等の中で、ツバキは無視できない存在になっているのだろう。ここまで入れ込むのは予想外であったが。
ツバキとカリムが席に着いたことで、ジェイドとフロイドも渋々と椅子に座り直した。
「その話し合い、わしも同席して良いか?」
バサバサとコウモリが舞う。突然視界を覆われたツバキは咄嗟にカリムを庇い、刀に手を掛ける。素早く視線を走らせ、視界の端に捉えた相手に、ツバキはゆっくりと刀から手を離した。身体を強ばらせていたカリムもツバキの視線を追い、相手を見てほっと胸をなで下ろした。
「………こんにちは、ヴァンルージュ先輩。同席するのは構いませんが、今後、このような登場の仕方は控えていただきたい」
「おお、すまんの。以後、気を付けよう」
「是非、そうして頂けると幸いです」
危うく斬りかかるところだった。ジャミルのことで気が立っているのか、いつもより自制が効かないのが自分でもはっきりと分かる。リリアにもそれが伝わったのか、彼は苦笑して、素直に謝罪した。
「え? 何、知り合いなの?」
「まさか、ディアソムニアでも何かあったのですか……?」
「おいおい……。どうなってやがる……」
リリアとツバキの顔を交互に見つめるフロイド。唖然とするジェイド。こめかみを押さえるレオナ。三者三様の様相に、ツバキは苦笑する。
リリアのことは、迷子になってしまったシルバーを送り届けた縁で知り合ったのだと、簡単に説明する。夢のことや、異界のことは不要だろうと判断したのだ。リリアは何も言わず、ツバキの説明に黙って頷いた。それが全てだというように。
レオナ達は納得していない様子であったが、ツバキがリリアに席を勧めたことで、その話題は打ち切られる形となった。
全員が席に着き、ツバキは改めて会議室に集まった面々の顔に目を向けた。
「今回の一件、貴方方はどこまで把握していますか?」
「うーん、多分全然分かってねぇよ? 色んな噂が錯綜してて、訳分かんない事になってたから。でも、被害者の特徴がウミヘビくんだったから、被害者だけは分かってたかな」
「俺も似たようなもんだ。被害者が血を吐いて倒れたってことと、それがジャミルらしいってことが俺のところにも回ってきた」
「そして、先生方から“被害者を逆恨みした加害者が、タチの悪いものと契約し、代価を余分に奪われたことで命を落とした”と説明を受けました」
「わしも同じく、じゃ」
「で、これはどこまで本当だ?」
レオナが、鋭い視線をツバキに向ける。今回の一件は、彼にとっては無視できないものなのだろう。彼の情報網ならば、ラフターラ一族が壊滅状態にあることはすでに把握していることはずだ。もし、これが彼の身に降りかかったら、国一つでは済まない打撃を受けることになる。王族の途絶、国の衰退、それに付随して起こる近隣諸国への被害。考えたくもない未来だ。そのような可能性があるのなら、彼は一つ残らず潰してしまいたいのだろう。
「半分ほどですかね。加害者がジャミルを逆恨みしたのと、加害者がタチの悪いものと契約したのは本当です。事実と異なるのは、加害者は応召者を呼び出す代価としてジャミルを捧げたということ。その結果、ジャミルが死に目に遭ったんです」
「何でそんなことを……」
「流石の私も、異常者の精神構造を理解することは出来ない。相手が勝手に発狂して、ジャミルを排除しようと、このような凶行に及んだ。………理解したくもないな」
トゥレーラ・ラフターラが狂ったのは、カリムへの恋慕が原因だ。それ自体は悪いものではない。人が人を想う気持ちは美しいものだ。
けれど、彼は愛し方を間違えた。自分の愛のために、他者を排除する方法を取ったのだ。その相手が、自分の恋い慕う相手にとって、どのような存在であるかも考えずに。
ツバキにはそのような考えに至る理由が分からない。愛する人の愛するものごと愛してこそ、真に相手を思いやっていると言えるのではないだろうか。
嫉妬する心は理解できる。自分だけのもので居て欲しい気持ちだって分かる。けれど、それを相手に押し付けて、大切なものを傷付けるのは、本末転倒ではないか。
自分が恋をしたことが無いから、分からないのだろうか。チラと考えてみるものの、分からないものは分からないままだった。
「…………ジャミルを生け贄にしたってんなら、代価は十分だったはずだ。何故、加害者は死んだ?」
「加害者を殺したのは別のものです。ですが、向こうのものの価値観が、こちらと同じとは限りません。人間一人の命など、彼等にとっては前菜にもならなかったのでしょう。どちらにせよ、加害者は死んでいた」
「別のもの……? もしや、高位の存在が加害者を……?」
大いなるものが去来したというのは、分かる者には分かることだった。特に彼等は気配に敏感な獣人と人魚だ。妖精族であるリリアも、そう言った気配に聡い。そもそも、ナイトレイブンカレッジは素質を買われて集められた魔法士の卵の学び舎だ。大いなるものが降臨したことに気付く者が現れても、何ら不思議ではない。神々の気配には気付かなくとも、魔力の揺らぎだとか、自然的な精霊達のざわめきを感じ取る者はいるだろう。
「加害者の一族が壊滅状態になっている理由は? それも“別のもの”がやったってのか?」
フロイド達は、驚きに目を瞠る。彼等もなかなか優れた情報収集能力を持っているようであったが、流石に異国の地で起こった出来事までは把握しきれていなかったらしい。知っては居たけれど、今回の一件と結びつけられなかった可能性もあるにはあったが。
「別のものの仕業です。それ以上はお答え出来ません」
不満そうな瞳が、ツバキを見つめる。けれど、今回の一件は、本当に伝えられることが少ないのだ。そのような目で見られても、答えられないものは答えられない。モヤモヤとした、嫌なものが胸に積もっていく。
ツバキは嘘をつけるけれど、嘘が上手くない。また、基本的に嘘をつくのが嫌いだった。後ろめたいという感情が苦手なのだ。嫌なもので胸がどんよりと重くなるような感覚が、どうしても受け付けないのだ。そして何より、まっすぐに相手の目を見つめられないのが嫌だった。だからツバキは、あまり嘘をつきたくない。だから彼等には、嘘をつかないことにした。これまでのことを顧みて、彼等は情報を漏らすようなことはないと判断した故だ。
けれど、答えられないものは答えられないのだ。自分の身と、何よりジャミルを護るために。
「…………高位の存在が降りてきた理由は何だ」
「お答えできません」
レオナが、重苦しいため息をついた。答えられないものが多いというのは承知の上だが、簡単に納得できるものではない。情報を持つ人間が目の前に居るのに、真実を語る口があるのに、それを得られないというのは、なかなかに度し難いのだ。
けれど、飲み込んで貰うしかない。こればかりは譲れないのだ。ジャミルの身の安全には変えられないが故に。
すっと、リリアが片手を上げる。ツバキがそちらに目を向け、小さく頷く。それを了承の意と取って、リリアが口を開いた。
「わしからも良いか? この者達は、貴殿についてどこまで把握しておる?」
「殆ど把握していません。私が神職の人間であることと、彼等の幼馴染みであることくらいでしょう」
「ふむ……。では、この場では聞けんな……。解散してから尋ねても?」
「構いません」
「手間を掛けるな」
何を知っているのかと、レオナが懐疑の視線を向ける。けれどリリアはそれを涼しげな顔で受け止め、全く意に介さない。問いただしても答えないのは明白で、レオナのフラストレーションは溜まる一方だ。不満を吐き出すように、この日何度目になるか分からないため息をつく。それでも解消されないイライラはあるものの、それをぶつけないだけの良識は持っている。そもそも、この場が設けられたのも、ツバキの誠実さによるものだ。本来ならば守秘義務だ何だと理由を付けて断られるものだった。そんなツバキに当たり散らすのは、彼の沽券に関わる問題である。そのような無様を晒すのは、プライドの高いレオナには耐えがたいことだった。
「…………俺からは以上だ」
「分かりました。フロイド達は?」
「オレもないかな。それより、その顔どうにかして欲しい~」
「僕もありません。フロイドと同じく、お二人にはゆっくりお休みになって頂きたいです」
そこまで言われるほどなのか、とツバキとカリムが顔を見合わせる。何度見てもお互いに酷い顔ではあるが、そこまでかな、と首を傾げる。けれど、休んだ方が良いというのは尤もな意見だ。普段とは比べものにならない程、顔色は悪いのは明白なのだから。
「ありがとう、今日は早めに休むよ」
「心配してくれてありがとな! すぐに元気になるからさ」
「元気になったらウミヘビくんと一緒に顔見せてね~」
「お大事に」
「ああ、ありがとう」
ジェイドとフロイドが席を立ち、会議室を後にする。それに続くように、レオナが立ち上がった。
「今日は悪かったな。ゆっくり休め」
「はい、そうします」
「レオナもありがとな」
考えをまとめているのか、彼は言葉少なに立ち去った。その背中を見送って、ツバキとカリムは改めてリリアの顔を見つめた。リリアは、先の三人よりも、ツバキの事情を知っている。何せ、ツバキの祖国にまで赴いたのだから。そんなリリアが尋ねたいこととは何だろう、と内心で首を傾げる。
「お待たせしました。それで、ヴァンルージュ先輩のお聞きしたいこととは?」
「うむ。わしの質問は一つなんじゃが、もしかしたら障りがあるやもしれん」
「その場合は、黙秘させて頂きます」
「そうか。では、聞こう。―――――サニワ殿、おぬしは愛し仔か?」
何の、とは聞かれなかった。あえて伏せているのだろう。
机の上で組んだ指先に力がこもっているのが見て取れた。かわいらしい顔はいつになく真剣味を帯びている。
確かに、この問いかけは、相手によっては障りがあるだろう。けれど、
「―――――いいえ」
「……は? 違うのか?」
「はい、気に入られているのは事実ですが、愛し仔と呼ばれるほどのものではありません」
ツバキに対する神々のスタンスは、後ろから見守るものである。所謂親目線のようなそれは、お気に入りはお気に入りでも、身内の贔屓目に似ている。愛し仔と呼ばれるような、寵愛を受けるものとは異なるものだ。否、ツバキもある種の寵愛を受けているのには違いないが、リリアの思う寵愛とは違う。彼はきっと、ツバキの心が傷付けられたから、大いなるものが降臨したと考えているのだ。ツバキを害したものを、排除するために。
けれど、そんな小さな小石に躓いた程度で、神々はわざわざツバキの元に赴いたりしない。悲しみを乗り越え、立ち上がるのを見守るのがツバキに向ける彼等の信頼と愛情だった。
ツバキの答えを聞いたリリアの顔色が、さっと変わる。ゆらゆらと揺れる瞳は、必死に思考を回しているのが見て取れた。
「サニワ殿が理由ではない? ならば、何故神がこの地に……?」
口元を押さえ、ブツブツと呟く。この分だと、彼は答えに辿り付くだろう。出来れば、辿り着かないで居て欲しけれど、そうも行くまい。
「ヴァンルージュ先輩」
「あ、ああ……、すまんな。取り乱した」
「いえ。……それについてはあまり深く考えないで頂きたい。もし、答えに辿り付いても、他言無用でお願いします。でないと、私はあなたを“敵”として認識しなければならなくなるやもしれません」
「考えないというのは難しい。じゃが、他言無用は約束しよう。我が王に誓って」
「その言葉、信じさせて頂きます」
王家に仕える彼が、己の王に誓うならば、その約束はきっと守られる。口元を緩めてしっかりと頷くと、リリアの顔にも淡い笑みが浮かんだ。
リリアと共に、会議室を出る。行く先が違った彼等は、扉の前で別れた。ツバキたちが向かうのは、スカラビア寮である。