ジャミルの友達が姐さんだったら 14






 ツバキは今、イグニハイド寮に来ていた。人払いされた談話室で、イデア・シュラウドと、その弟であるオルト・シュラウドと向かい合って座っていた。
 落ち着いた様子でツバキを観察するオルトとは裏腹に、イデアは落ち着かないのか、きょろきょろと視線を彷徨わせている。今すぐにでも席を立って、この場を立ち去りたいようだった。
 一度目を伏せたツバキが、ゆっくりと目を開く。正面からオニキスのような瞳を見てしまったイデアは、ぎくりと身体を強ばらせた。漆黒の瞳の、何と力強い輝き。吸い込まれてしまいそうな、どこまでも続くような深淵。ゾッとする程美しく、それと同時に、足下が突然失われるような恐ろしさがあった。


「先日は失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」


 ソファに腰掛けたままではあったが、深々と下げられた頭に、イデアはぽかんと口を開ける。先輩後輩というやり取りをあまりして経験していないイデアは、突然の行動に頭が真っ白になる。けれど、いつまでも下げたまま動かない頭に、イデアはハッと我に返った。


「い、いいよ、そんなの……。大事な人が傷付けられて、黙っていられない気持ちは、よく分かるから……」
「…………ありがとうございます」


 ゆっくりと頭が持ち上がり、ようやくつむじが見えなくなったことにほっとして、イデアは胸をなで下ろす。


「そ、それで? ぼ、僕に何の用? じ、事情聴取的な?」
「いえ。今回の一件に関わることではありますが、少し違います」
「どういうこと? 抽象的でよく分からないや」
「今回お二人は、悲惨な現場を目撃しました。その記憶について、です」


 イデアが、ひゅっと息を呑む。眠れていないのか、その顔は蒼白で、目の下が隈で彩られている。
 イデアの心境の変化を敏感に察知したオルトが、そっと兄に身を寄せる。その身体を抱きしめて、イデアはほっと息をついた。


「私達は、その記憶を処理する術を持っています。完全に消し去ることも、例の一件に関する感情を切り離すことも」


 どう致しますか、と尋ねて、ツバキは口を閉ざす。イデア達の返答を、じっと待っている。
 オルトは、イデアの横顔を見つめた。彼の視線はツバキに向いているけれど、目の前の人間を見てはいなかった。
 しばしの沈黙の後、イデアはそっと首を横に振った。


「…………良い。このままで」
「……よろしいので?」
「…………正直、忘れちゃいたいって思うけど、“死”って、そんな簡単に、忘れちゃっていいものじゃないと思うから」
「……そうですか」
「オルトに関しては、もう終わらせたから」


 トゥレーラ・ラフターラの死を見つめた後、イデアはすぐにオルトの中からそのメモリを消去した。だからオルトは、何があったのかは知っていても、その記録は残っていない状態にしてある。イデアは“死”を背負うことをいとわないけれど、弟には、その重荷を背負わせたくなかった。
 オルトを包み込むイデアを見たツバキは、深く頷いた。


「分かりました。一応、カウンセリングの準備はしてあります。受けるか受けないかは、あなたの自由です。受ける気になったら、こちらにご連絡を。カウンセラーの連絡先です」
「あ、ありがと……」


 そう言って、カウンセラーの名刺を差し出される。そこには精神科直通の番号と、カウンセラーに直接繋がるものと思われる数字が並んでいた。個人的な番号の方は手書きされており、後から付け加えられたのは明らかだった。言わば特別待遇というやつだろう。おそらく、ここに連絡すれば、優先的に診察を受けられるようにしてあるのだ。
 ツバキという人物の全体像は掴めない。けれど、アジーム家と懇意にしているところを見ると、そこそこの権力を持っているのだろう。トゥレーラ・ラフターラが良くないものに手を出して、そのしっぺ返しを受けることになったけれど、良くないものに手を出さず、直接ジャミルを害していても、あまり変わらない事態に追い込まれてしまったのではないだろうか。チラリと思い付いた自分の考えに、イデアは身震いした。


「………話は以上です。何かあればお聞きしますが……」
「べ、別に……。こ、これはありがたく受け取っておくよ……」
「そうですか。では、私はこれで失礼致します。お時間を頂き、ありがとう御座いました」


 そう言ってツバキが席を立つ。足早にイグニハイドを後にする背中は、酷く憔悴しているように見えた。心配する義理なんてないけれど、年下に滅法弱いイデアは、背丈の割に小さく見える背中に不安になった。ツバキの方が、休養を取らなければならないのではないか、と。
 ジャミルが回復したという噂は出回っていない。そもそも、あの事件以来彼を見掛けた者が現れていないのだ。おそらく、予断を許さないような状況か、あるいは、それに近い容態なのだろう。早く治ったらいいな、と柄にもなく、イデアはほんの少しだけ言葉を交わした後輩の無事を祈った。


「兄さん、どうしたの? 大丈夫?」
「ん、大丈夫。部屋、戻ろっか」
「……うん。そうだ、僕、やりたいゲームがあるんだ」
「じゃあ、一緒にやろっか」
「うん!」


 二人で手を繋いで、自室へと続く廊下を歩く。
 トゥレーラの死は、未だに脳裏にこびり付いている。しばらくは、夢に魘されることだろう。ただ幸いなことに、彼の死に際があまりにも現実的ではなかったから、怖い映画を見てしまったような感覚でいられることだけが救いだった。どうしても眠れないままだったら、カウンセリングを受けてみよう、と心に決めて、先ほど受け取った名刺を握る。


(そう言えば、サニワって、どっかで聞いたことあるような……)


 知り合いにいたっけ、と首を捻る。オルトが不思議そうに見上げてくるのを笑って誤魔化して、再度思考を巡らせる。けれど該当する知人はおらず、実家で見たのかな、と当たりを付ける。


(…………一回、うちのデータベースを確認してみようかな……)


 サマーホリデーにでも調べてみよう、とイデアはオルトの手を改めて握り直した。




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