ジャミルの友達が姐さんだったら 14
ジャミルは夢を見ていた。何故夢だと分かったのかというと、そこがあまりにも現実離れした世界だったからだ。
空の中にいるような、淡い水色が美しい世界だった。空には薄い紫の花びらが舞っており、所々に赤い鳥居が点在している。一体どこなのか検討も付かないような、不思議でいて、けれど心穏やかでいられる場所だった。そんな場所であったから、彼はすぐに夢だと見抜くことが出来た。
そんな世界に、一人の男がいた。艶やかな黒髪。深く、濃い赤色の瞳。赤と黒のロングコートに、赤い襟巻き。ヒールのあるブーツ。手には、刀が握られている。刀は鞘に収められており、抜刀する様子はない。
普段のジャミルならば、即座に距離を取るか、自分の武器に手を伸ばしただろう。けれどジャミルは、そんなことをする気が起きないでいた。彼に警戒心を抱けないでいたのだ。彼は自分を傷付けないと、根拠もないのに確信してしまっていて。
ジャミルが一歩踏み出すと、男の口元に笑みが浮かぶ。そのとき、彼の口元にほくろがあることに気が付いた。
彼は一体誰なのだろう。否、誰であるかは分かっている。けれど、確証がない。彼が握る刀が、ジャミルが考える彼の正体とは別のものだったからだ。
ゆっくりと距離を詰めていく。赤い瞳には全く覚えが無いはずなのに、自分はそれをよく知っている気がした。
「あなたは、紅紫苑、なのか……?」
彼が手に持つ刀は、紅紫苑ではない。けれど彼からは、ジャミルがよく知る刀の気配がする。
何故、と視線で問いかける。男は、ジャミルではない誰かを見つめながら、殊更優しげに微笑んだ。
『“俺”の持つ刀が紅紫苑じゃないのが気になる?』
「…………ああ」
『それはね、あの子が“俺”に持つ記憶が三つあるからだよ』
「三つ……?」
紅紫苑は、ツバキが金屋子神から授かった刀だ。ジャミルと出会う前から所持していたもので、どのような流れで下賜されたのかは分からない。けれど、ツバキからはそう聞いている。そのときに、何か特別なことでもあったのだろうか。ジャミルが首を傾げる。
『紅紫苑に“成る“前の刀の記憶と、紅紫苑に”成った”記憶と、あの子の大切な子のもとで、使命を果たした記憶。………と言っても、“俺”が宿る本体は紅紫苑だから、“俺”には紅紫苑としての記憶しか無いけどね』
ああ、違うな。彼の言葉を聞いて、ジャミルはツバキの“いつか話したいこと”に関わることだと気が付いた。これも、確証も根拠もない。言わば第六感。直感というやつである。
考察出来るようなソースは何もない。普段の自分ならば、自分の考えでも一蹴していただろう。けれど不思議と、それは間違っていないことのように思えた。
男が、まっすぐにジャミルを見つめる。ジャミルも、カリムとは色味の違う赤色をまっすぐに見つめた。
『だから、あの子にとって“俺”は紅紫苑であり、紅紫苑ではないんだよ。でも、あの子の守り刀であることを選んだのは“俺”だ。紅紫苑に打ち直された“俺”があの子を守ると誓ったんだ。だから、“俺”はあの子の味方。あの子だけに沿う、あの子だけの守り刀だ』
「…………そうか」
話の全容は見えない。けれど、彼の意志は本物だ。誰よりもツバキが大切で、何よりも守りたいものだと思っている。己がツバキの守り刀で在ることを、心の底から誇っている。ならば、話は分からなくても、特段困るようなことではない。だってそれは、いつか必ず、ツバキが語ってくれることだから。
『まだ、目覚めのときじゃない。今のうちに、“俺”に聞きたいことはない?』
「聞きたいこと?」
『“俺”はあの子の軌跡を知っている。あの子はいつか君に話すと言ったけど、そのときは一生来ないかもしれない。“俺”なら、あの子の全てを語ることが出来る』
―――――聞きたい?
そう問われて、ジャミルは思わず笑ってしまった。
「―――――いや、」
子供のように無邪気な笑みのまま、ジャミルは首を振る。
「あいつが自分で話したいと言ったのだから、それまで待つよ。あいつは、自分の言葉に責任を持つ奴だから」
いつかでいい。例えそれが、遠い未来のことだとしても。それが今際の際でも構わない。
仮に、一生覚悟が決まらなかったとしても。不慮の事故で、伝えられないまま終わったとしても。
それでもいいと、ジャミルが目を細めた。
「あいつの声で、言葉で語られるのを、待っていたいんだ」
―――――友達だからな。
そう言ってジャミルが笑うと、紅紫苑もふわりと笑う。ツバキがたまに見せる、愛しさだけを詰め込んだ笑みにそっくりだった。
「…………なぁ、」
『うん?』
「俺は、本当にあなたと初対面か?」
『―――――さぁね』
明確な答えは出なかった。けれどきっと、それが答えだった。
それを最後に、ジャミルは叩き出されるようにして、夢の世界から旅立つのだった。
『…………何回聞いても、答えは変わらないんだね』
紫苑の花びらと共に、誰かを象った紅紫苑の姿は掻き消えた。