ジャミルの友達が姐さんだったら 14






 清庭家の意向を汲み、ジャミル・バイパーとトゥレーラ・ラフターラの一件は、“ジャミルを逆恨みしたトゥレーラがタチの悪いものと契約し、代価を余分に奪われたことで命を落とした”という方向で進められることとなった。彼の一族がほぼ壊滅状態であることについては“彼の家族が亡くなったのは、もっと力を付けたいと考えた応召者が喰らった”と説明する運びである。ツバキの案が、そのまま採用される形となったのだ。電話越しでの話し合いで、ツバキだけでなく、清庭家全体でジャミルに害が及ぶことを嫌っているのが窺えた。それほどまでに、彼等はジャミルを大切に扱っているのだ。それは決して、一族の未来の当主の友人であるからという理由だけではないだろう。
 ジャミルが吐血して倒れた事実は、すでに学園中に広まっている。そこにさらに尾ひれが付いて、とんでもない噂が出回っているようだったが、『噂に踊らされる愚か者』と少しばかり煽ってやると、生徒達は面白いくらいに教師達の話した“事実”のみを話すようになった。少しでもそこから逸れると、生徒達が勝手に煽り合い、元の形に修正されていく。手間は省けるが、教師達は軽い頭痛を覚えることとなった。
 しかし、少し前にボヌール・デスタンが自殺したことも相まってか、体調を崩す生徒が増えたという、別の問題が発生した。ニュースで他人の死を見るのとは違う。つい数日前まで同じ学び舎で切磋琢磨していた一人が、命を落としたのだ。その事実は多感な時期の生徒達には思った以上に負担になったようで、精神的に塞ぎ込んでしまう生徒も多い。特に、ボヌールが所属していたポムフィオーレと、トゥレーラが所属していたイグニハイドの生徒達にその傾向が見られた。
 いつもなら騒がしいと眉を顰めるほどに賑わっている校内が、どこかよそよそしく、どんよりとした重さを含んだ空気が蔓延している。教師達の中で、ランチに気持ちを落ち着ける薬を混ぜるという案まで出たほどだ。それはいささかどころではないくらいに拙いので、すぐに却下されたけれども。
 また、ジャミルの復帰にも不安がある。
 トゥレーラがジャミルを害した理由は完全な逆恨みだ。惚れた相手の一番傍に居る相手が憎い。行き過ぎた嫉妬が招いた悲劇である。
 けれど、これだけの理由では納得できない者もいるのだ。彼をよく知る人物は、さもありなんと納得しているようであったが、それだけではないはずだ、と粗を探そうと躍起になる者もいた。そう言った連中が、さらにジャミルに危害を加える可能性があるのだ。そうなれば、悲劇が連鎖してしまう。今度はきっと神々だけでなく、ツバキ率いる清庭家や、カリム率いるアジーム家までもが敵になるだろう。そうなっては、“学園”という枠組みの中では収まらなくなる。それだけは避けなければならなかった。


「…………この事件から気持ちを逸らす薬を盛ってしまえば良いのでは?」


 踊りに踊り、荒れ狂った会議は、そのような形に落ち着いた。この事件を意識から外すことで、ネガティブな感情から目を逸らし、ジャミルへの関心を無くす。そうすれば塞ぎ込んでしまった生徒も、本来より早く回復するだろうし、ジャミルに興味を持つ者がいなくなれば、彼を害そうとするものも居なくなるはずだ。疲労が積み重なっていた教師達にとって、それは天啓だった。一番良い案だと思えたのだ。一度却下された案だということなど、そのときの彼等は覚えていなかった。
 かくしてこの一件は、教育委員会やPTAに知られてしまえば、学園封鎖の署名が集まるような事案を持って終結することとなったのだ。
 後に我に返った教師達は揃って頭を抱えたが、やはり彼等も悪い大人ヴィラン悪い大人ヴィランである。バレなければそれでいいだろうと、全力で隠蔽工作に走るのだった。







「…………この学園の大人達、本当に教師か?」
「う、う~~~ん……。わ、悪い人達じゃないんだぜ? ちゃんと、生徒のことを考えてくれてるし……」


 ジャミルが復帰する前に、地盤を調えられる課程を見ていたツバキは、呆れたように肩を竦めた。ジャミルに危害を加えられないことが椿の最優先事項であったが、それにしたって酷すぎる対応であった。自身の受け持つ生徒に薬を盛るなど、明らかに犯罪行為である。流石のカリムも、これには擁護のしようがなく、歯切れの悪い言葉が並ぶ。


「………まぁ、ジャミルに害が及ぶよりマシか」


 そう言って教師達の行いを黙認するツバキも、彼等に負けず劣らずの人でなしであった。
 けれど、ツバキにとっては名前も知らない大勢の生徒達よりも、たった一人の親友の方が大切なのである。彼が傷付かないのであれば、それに越したことはない。危険の芽は、育ち切る前に摘み取ってしまうのが一番安全なのだ。


「あ、そうだ。ツバキ、レオナから、今回の事件について聞きたいって連絡が来てたぞ」
「レオナ殿下が? 彼には関係の無いことだろうに……」
「普段はここまで首を突っ込むようなことはしないんだろうけど、今回は一つの一族が壊滅状態にまで陥ってるからなぁ。そこまでの大事件なら、把握しておきたいって思うんじゃねぇか?」
「ふぅん……。なら、話せることは少ないが、それでもいいなら構わないと伝えてくれ」


 情報は武器だ。得られるものは、出来るだけ手に入れたいのだろう。確かな信憑性を持つ情報源から入手できるならば、なおのこと。
 いずれツバキは、一族を背負う身となる。恨み辛みは嫌でも買ってしまうだろう。それでも、敵は少ないに越したことはない。まして、王族の血が流れている相手を、敵に回しても良いことなんて何一つ無いのだ。ツバキとしても、レオナは恩を売れるなら売っておきたい相手だった。
 了承の旨を伝えると、カリムがすぐにレオナに連絡を入れる。カリムから連絡が来るのを待っていたのか、レオナからの返信は早かった。


「明日の放課後は空いてるか? って」
「明日はシュラウド先輩にアポを取っているから、それが済んでからでもいいのなら」
「分かった」


 今回の一件で、ある意味一番の被害者は、シュラウド兄弟である。何せ、何の前触れもなく、人の死を見ることになったのだから。
 明日は、彼等にカウンセリングを薦めるためにアポイントメントを取ったのだ。彼等にはきっと、心のケアが必要だから。


「…………忙しい日が、続くなぁ……」


 ぽつりと落とされたツバキの弱音に、カリムがそっと寄り添った。
 ジャミルが傷付けられて、怒りに呑まれてしまいそうになって。血まみれの彼が無事かどうか、どうしようもないほどの不安に苛まれて。
 そんな新城を抱えながらも、やらなければならないことは次々に舞い込んでくる。散々掻き乱され、心安まるときがない。疲れてしまうのも当然だった。
 けれど何より彼等を苦しめるのは、ジャミルが傍に居ないことだった。


「…………さみしいな」
「…………うん」


 いつも三人でいたから、二人だけの空間は、何だか酷くさみしかった。今夜もきっと、うまく眠れないだろう。




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