ジャミルの友達が姐さんだったら 番外編 3
これから先の人生、これ以上泣くことはないだろう。そのくらい、エペルは泣き尽くした。もしかすると、これまでの人生で流した涙を集めても足らないほどの量を流したかもしれない。
泣き疲れた身体を引き摺るようにして、ゆったりとした足取りで雪道を歩く。サクサクと雪を踏みしめる音だけが辺りに響いていた。
神との交流は、ほんの僅かな時間だった。ツバキから受け取った魔力が切れるまでの、ほんの数十分。時計の針が一周回ったか否かというくらいのささやかなひととき。短い時間ではあったけれど、エペルは確かに神を目に映し、神の慈愛に触れた。
「…………僕、ずっと泣いてて、お話とか全然出来なかったんですけど、神様は満足なさったんですか?」
「ああ、十分に」
掠れた声で、エペルがツバキに問い掛ける。少し先を行くツバキは、顔を見なくても分かるくらいに喜色を乗せて頷いた。
神と人との交流が途絶えて幾星霜。神は人の目に映らず、人も神の声を聞き届けない。神の声は愛し仔達に届かない。故に、人の目に姿を映した。その事実だけで、かの神は幸せそうに微笑んでいた。それをしかと目にしていたツバキは、エペルの不安を一蹴したのだ。
「かの神は、幸せそうにしていたよ」
君のおかげだ、と囁くと、エペルの口から「ひぐ、」と泣くのを耐えるような声が漏れた。
零れそうになった涙を拭って、行きと同じように、魔法陣に飛び込む。流れるように変化していく景色を横目に見つつ、エペルはこれ以上泣かないように歯を食いしばっていた。こんなぐちゃぐちゃな顔を見られたら、ヴィルに何と言われるだろう。呆れられるか、叱り飛ばされるか、はたまた予想もつかない対応をされるのか。余所事を考えていないと、神との対面で掻き乱された心は、すぐに大粒の雫を溢れさせてしまう。
もうすぐ学園に着くというところで、ツバキが立ち止まる。何だろう、と一歩遅れて立ち止まると、ツバキに目元を覆われた。手のひらから、ほわりとあたたかい魔力が優しく瞼を撫でた。
手のひらに覆われていたのはほんの数秒。一体何をしたのか、とツバキを見上げると、腫れぼったくなっていた瞼が軽くなっているのが分かった。すっきりとした感覚に目を瞬かせていると、ツバキが穏やかに笑う。
「目尻が赤くなっていたから、軽く治癒魔法を掛けさせて貰ったんだ。すっきりしただろう?」
「はい、ありがとうございます。ヴィルサンに見られたら、何て言われるかって考えていたから、助かりました」
「ふふ、神と初めて対面した者は、みなああやって泣きじゃくるものだ。シェーンハイト先輩とて、きっと例外ではないさ」
「…………それはちょっと見てみたい、かな」
「確かに。彼はきっと、身も世もなく泣いていても美しいだろうしな」
楽しげに笑い、ツバキが学園へと続く魔法陣をくぐる。エペルもそれに続き、賢者の島へと帰還した。
学園に戻ると、教職員とポムフィオーレの先輩達が二人を出迎える。彼等の顔は不安と心配で険しいものになっており、圧が凄まじい。エペルが圧倒されて縮こまっていると、ツバキの使い魔達が襟首をつかみ、距離を取らせた。
「神は大変満足されていましたよ。どうぞ、謁見をつつがなく終えたフェルミエを労ってやってください」
そう言ってツバキが笑みを浮かべると、教師達が雄叫びを上げ、ヴィル達も拳を握ってエペルを讃えた。
実際の様子を知るのはエペル本人とツバキ、対面した神のみである。彼等は揃って口を噤み、こっそりと目配せして笑い合った。