ジャミルの友達が姐さんだったら 番外編 3






 エペルの元にその報せが届いたのは、春を迎える少し前のことだった。



 エペル・フェルミエはポムフィオーレ寮の応接室で肩身の狭い思いをしていた。いつもなら学園長のゴマすりで渡された入校許可証を使って、好き勝手にナイトレイブンカレッジに出入りしているツバキ・サニワが、今回はきちんとした手順を踏んでポムフィオーレに乗り込んできたのだ。エペルに対する正式な客人として。
 その報せが届いたとき、すわ何事か、とポムフィオーレが震撼したのも無理はない。何せ彼女は、審神者という特殊な家業の次期当主である。彼女の実家である清庭家は神の声を聞き、その神意を人々に伝える役割を担っているのだ。それに加え、彼女等はありとあらゆる厄災を払い除ける力を持っている。この学園だけでも、その力で幾人もの命が救われている。ポムフィオーレ寮も、彼女のお世話になっていた。そのため、寮長であるヴィル・シェーンハイトをはじめ、2学年以上の生徒達が大わらわで客人を迎える準備を始めたのは言うまでもない。
 美しい所作でかぐわしい香りを漂わせる紅茶を飲んでいたツバキが、緊張で味のしない紅茶で喉を潤しているエペルに柔らかく微笑んだ。


「近く、予定が空いている日はあるだろうか? 少し、私と一緒に出かけて欲しい場所があるんだ」


 ツバキの言葉に、スケジュールを思い浮かべる。三日後に訪れる休日は、特に何の予定も入っていなかったはずだ。そのことを伝えると、ツバキが満足げに笑う。
 どこに出掛けるのか、と尋ねると、彼女は「モルン山だよ」と柔らかい声で告げた。思いがけず、自分との縁が深い場所を示され、エペルが目を瞬かせる。パサリと揺れる長い睫毛が、蝶の羽ばたきを思わせた。


「モルン山の神が代替わりしたんだ」
「か、かみ……? だいがわりってなんですか……?」


 モルン山に神が居たのか、と驚く。その荘厳な美しさから神聖視されていたのは知っていたが、本物の神がおわしたというのは初耳だ。そも、神を知覚できる人間が、ごく僅かしかいないのだけれど。


「代替わりというのは、言葉の通り、次の代に移ることだよ。神の代替わりは少し特殊だから、人のそれとは異なるけれど」


 神の代替わりにはいくつか種類がある。新しい神を生み出し、役割を引き継ぐもの。姿形を変えることで新たな神に生まれ直すこともある。モルン山の神の代替わりは後者だ。
 人の営みは移ろうものだ。人無くして在れない神々も、それに合わせて変化を余儀なくされる。受け入れるものも居れば、拒むものがいるのも当然。生まれ、消えゆき、繰り返す。人も神も、異なりながらも似たような巡りを辿っているのだ。


「時代とともに、思想は変わっていく。故に、信仰の形(かみさま)も姿形を変えていくんだ」


 モルン山の神は変化を受け入れ、新しい神として生まれ直すことを受け入れた。そのまま消滅してしまうこともままあるなかで、その選択を取ってくれたことを愛しく思いながら、ツバキがエペルを見つめる。


「それで、代替わりした神が、先代が見守っていた愛し仔達と交流したいと言い出してな。私の知り合いでモルン山付近の出身は君だけだから、君に声を掛けさせてもらったんだ」
「な、なるほど……」


 それは、神と対面するということか。とんでもないことになってしまった、と息を呑む。ごくり、と喉が鳴り、心臓が早鐘を打つ。神との対面は数日後のことであるのに、今から緊張でどうにかなってしまいそうだった。
 冷や汗をかく花のような美貌を見つめ、ツバキが安心させるような笑みを向けた。


「なに、恐ろしい神ではない。苛烈なものが多い山神の中ではかなり温厚な方だ。それに、相手は君を己の庇護下に置いている。よほどの不敬でも働かない限り、友好的に接してくれるさ」
「は、はぁ……」
「当日は制服で構わないよ。かのお方は、気さくな対応を望んでいる。格式張った服装は、返って不興を買うだろう」
「わ、分かりました……」


 神との対面に相応しい服なんて持っていない、と内心で慌てていたエペルは、ツバキの言葉に心底ほっとした。
 安堵して、改めて目の前の異国の使者の特異性に畏怖の念を抱く。神と対面し、神の御用を聞き、その願いを叶える。それは望んで出来るものでも、努力でどうにか出来る芸当でもない。それはそう在るようにデザインされた、天からの采配だろう。そうでもなければ、神が地上から手を離した現在、天上の存在と交流する術などないのだから。




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