ジャミルの友達が姐さんだったら 13






 会議は紛糾した。議題が山ほどあったからだ。
 ジャミルが倒れた瞬間を見た生徒達への説明をどうするのか。トゥレーラが亡くなったことを隠すことは出来ない。彼の一族が壊滅状態であることも。偉大なものが降臨したことを悟った生徒もいるだろう。連続して起こったこの一連の出来事を、関連付けずにはいられないだろう。そういった諸々を、ジャミルのことを完全に伏せて説明するのは不可能だ。どこまで話すべきか。どのような理由で事が起こったことにすべきか。会議は踊り狂っていた。


「…………ツバキは、どこを落としどころだと思ってるんだ?」


 ああでもないこうでもないと議論を交わす大人達を傍観しつつ、カリムがツバキに問いかける。逐一送られてくる情報をチェックしていたツバキが顔を上げ、カリムを見つめた。


「ジャミルが神の寵愛を受けている事実の秘匿は譲れない。あとは、ジャミルに矛先が向けられないことだな。ジャミルが何かをして、ラフターラ一族が滅んだなどと邪推されてはたまらないだろう?」
「確かに、そこは譲れないよなぁ……」
「私としては、トゥレーラ・ラフターラについては、全て詳らかにしても良いと考えている。どうせ、“ジャミルを害せ“という命令に対する対価で、似たような結果になっていたのだから」


 罰が下された後に残った、僅かな残り滓を調べた結果、トゥレーラが契約の代価としてジャミルを捧げた相手は、相当タチの悪いものだということが判明していた。等価交換ではなく、代価を余分を奪っていくような、物事の道理を考えない相手だったのだ。そういう相手は、酷く欲深い。人一人では足りないと、次を要求していたはずだ。おそらくは、誰が何もしなくても、トゥレーラ本人の命に相当するものを奪われただろう。それが天罰という形に変わり、結果としては、家族の命まで失われてしまったのだけれど。


「私としては、“ジャミルを逆恨みしたトゥレーラ・ラフターラがタチの悪いものと契約し、代価を余分に奪われたことで命を落とした。彼の家族が亡くなったのは、もっと力を付けたいと考えた応召者が喰らった”とでも説明すれば良いと考えている。とにもかくにも、ジャミルに害が及ばないのなら、それ以上は望まない」


 それが叶うなら、私の存在を明かしてもいい。そう言って、ツバキは再度スマホに目を落とした。カリムは、それが少し面白くなかった。


(それって、ジャミルに矛先が向かないなら、自分が矢面に立っても良いってことじゃないか?)


 ツバキとて、利用価値を見出される側の人間だ。拉致を目論む輩はいくらだって湧いてきたし、実際に監禁された経験だって持っている。肉体の成長に伴い、能力も伸ばし始めた今ではなりを潜めているものの、完全になくなった訳ではないのだ。ツバキだって、危険な立場であるのには変わらない。だというのに、ジャミルは駄目で、自分は良いというのは、何だかとってもモヤモヤするのだ。カリムが、ゴツリとツバキの肩に額をぶつける。突然頭突きされたツバキはぎょっとしてカリムを見やるが、彼は肩口に額を擦り付けて唸っている。どのような顔をしているのかを窺うことは出来なかった。
 ―――――ジリリリリリン。ツバキがカリムに声を掛けようとしたとき、突如として、ベルのような音が鳴り響く。その音に聞き覚えのあったツバキとカリムは、揃って肩を跳ねさせた。そろそろと、音の出所に顔を向ける。部屋の隅に設置された、自動書記装置の設置されたテープル。議事録を取る魔法のペンの隣に、いつの間にか、時代錯誤な黒電話が置かれていた。見覚えのあるそれに、ツバキとカリムは顔を見合わせる。


「…………どっちだと思う?」
「…………出来ればおばあちゃん先代が良いが、おそらく母さん当代だろうな……」
「だよなぁ……」


 清庭家先代当主であるツバキの祖母は、苛烈を極めたような性格だが、身内に甘いところがあった。特に、孫のツバキには甘い顔を見せることが多く、確固たる意志を持って意見を言えば、大抵のことは通して貰える。現役を退いて随分経つが、その威光は今尚強く輝いており、絶対に譲りたくない場面では、是非とも味方でいて欲しい人物だった。
 当代当主であるツバキの母は、温和を絵に描いたような人柄だった。けれど、やはり清庭家の人間。情け容赦ない無慈悲な一面を持ち合わせており、絶対に敵に回したくない人物である。
 今回の一件であれば、ジャミルにもツバキにも非はない。対立する立場に回るようなことはないだろう。次期当主の権限で勝手に人員を動かしてしまったことについてはお小言を言われそうではあるが、その程度だろう。
 けれど、少しばかり心配があった。彼女が、ナイトレイブンカレッジを敵として認識しているのではないか、と。


「………はい、ツバキです」


 受話器を取り、電話に出る。電話の向こうからは、喜色を含んだ、鈴のような笑い声が聞こえた。


『ふふ、お久しぶりですね、ツバキ』
「はい、お久しぶりです、当代」
『カリムくんも、お変わりないようで』
「はい、マダム。マダムもお元気そうで何よりです」


 つい先程まで色々と不安になっていたのに、いざ母の声を耳にすると、途端にほっとしてしまう。いつもと変わらない母の声に、ツバキの口元が緩んだ。ツバキの母も、久方ぶりの娘の声に、嬉しそうに笑っていた。


『ジャミルくんはもう大丈夫ですよ。治療には私と先代も携わりましたから』
「……ッ! そ、うですか……」
「ジャミルは、今、どうしていますか……?」
『今は眠っています。二、三日のうちに目を覚ますでしょう。念のため、目を覚ましてからも数日間は療養して貰いますけどね』


 ツバキの母―――――清庭牡丹さにわぼたんの言葉に、二人がほっと胸を撫で下ろす。いつもより緩んだ涙腺が、今にも涙をこぼしそうになっている。目尻を拭い、カリムとツバキは笑い合う。


「ありがとう……母さん……」
「良かったぁ……! おばちゃん、ありがとう……!」
『いいえ。二人とも、不安な中、よく頑張りましたね』


 包み込むような、柔らかな声。あたたかな胸に抱かれたような心地になって、二人の心から不安が拭い去られたようだった。
 いつ聞いても、不思議な声だな、とカリムが再度目尻を拭う。ツバキの声もそうであるが、ボタンの声は心を落ち着ける効果があるのだ。不安なときにこの声を聞くと、あっという間に不安を吹き飛ばしてくれる。これも審神者の力なのだろうか、とカリムはいつも不思議に思うのだ。


『椿、先生方に代わって頂けますか? 少し、お話がありまして……』
「ん、分かった……」


 ボタンに促され、ツバキが教師達に顔を向ける。議論を重ねていた大人達は、いつの間にかツバキたちのやり取りに注目していた。


「先生、私の母が、お話がしたいと言っております」
「君の母、というと……?」
「清庭家当代当主に当たるお方です」


 一般家庭出身の教師達が、ざっと後方に逃げ出した。一通りのマナーは身につけているものの、所謂名家であろう一族の当主を相手に通用する程、彼等は上流階級の振る舞いに通じていなかったのだ。また、この場には学園の最高責任者がいる。彼が電話に出るのが妥当として、学園長であるクロウリーが前に押し出されることとなった。情けない声が漏れそうになるのを必死に飲み込み、震える手で受話器を受け取る。


「は、はい。お電話代わりました。私、ナイトレイブンカレッジの学園長を勤めております、ディア・クロウリーと申します」
『まぁ、ご丁寧に。私、清庭家の当主を勤めております、ボタン・サニワと申します。他校に在籍している我が子のことまで気に掛けて頂いているようで……。我が子は御校にご迷惑をお掛けしていませんでしょうか?』
「いえいえ、とんでもない。こちらがお世話になっているくらいで……。ところで、本日はどういったご用件で?」
『ええ、はい。いくつかお尋ねしたいことがございまして……。まず始めに、御校では随分と問題トラブルが多いように感じられるのですが、それについてご説明頂けますか?』


 どしゃり、クロウリーが膝から崩れ落ちた。その様子を見て、教師達は頭を抱えて項垂れた。組織というものは不祥事を嫌い、学校というものは保護者の皆様PTAに弱いのである。この瞬間、ナイトレイブンカレッジは清庭家の意向に沿うことが決定された。




5/6ページ
スキ