ジャミルの友達が姐さんだったら 13






 ジャミルを東方の国に送り出し、一同は場所を会議室に移した。ナイトレイブンカレッジの教師、及び関係者達はその場に集められ、円を描くように並べられた席についた。学園長であるクロウリーの対面にはツバキが座り、その隣にはカリムもいる。真正面からオニキスの瞳を見つめることになったクロウリーは、やや居心地が悪そうにしている。そんな彼の両隣に座ることになったトレインとクルーウェルが、落ち着かない様子を見せるクロウリーの背中を思い切り叩く。クロウリーが何事かを喚くが、二人は真剣な顔でツバキの冷たい視線を受け止めていた。
 黒々とした瞳は、まるで深淵だ。吸い込まれそうな程に深い。どこまでも落ちていきそうだ。底知れない瞳は、百戦錬磨の魔法士達に恐怖を与える。まるで“侮るな”と“軽んじることなど許さない”と言わんばかりに。ある者は米神から伝う汗を拭い、ある者はごくりと息を呑んだ。


「―――――我が国の民にとって、神とは畏れ敬うものであると同時に、日常に根付くものであり、良き隣人でもあります。けれど、これはあくまで東方の国の認識であり、常識だ」


 神と共存する地上最後の島―――――東方の国。
 東方の国において、神は常にそこにあるものだ。ありとあらゆるものに神性が見出され、神そのものとして崇め祀られる。日常の随所に神が存在し、何気なく触れ合っているのだ。
 けれど、このような観念は東方の国特有のものであり、世界的に見て珍しい思想だ。熱砂の国に留学し、現在は黎明の国にて様々な国の人間と共に学園生活を送っている。その中で、ツバキはそれをつくづく実感していた。


「我が国と他国では、神に対する解釈や認識が大きく異なることは知っています。けれど、貴方方は大いなるものに対する危機感が薄いように感じられます」


 神はすでに地上との関わりを絶っているという考えが強い国々では、神々と関わることの恐ろしさをまるで理解していない。そうでなければ、「神に愛されるというのは、そんなに悲惨なことなのか」などという言葉は出てこない。無知は罪ではないけれど、それ以上に悍ましいことなのかもしれない。


「改めて、自己紹介から始めましょう。私は清庭椿ツバキ・サニワ。現在は修行中の身ではありますが、“審神者”という神職に就いております」
「以前、使節団が来たときにも聞いた職業だな。しかし、神職であること以外ははっきりとしない。どのような職業なんだ?」


 片手を上げて、クルーウェルが尋ねた。
 東方の国から使者が来た段階で、教師達も、かの国についてある程度の情報は仕入れていた。けれど、神職に纏わる情報は殆どなく、使者の口にした“審神者”という職業についても、はっきりとした情報は得られなかったのだ。開国当時と比べて、情報が開示されてきてはいるが、まだまだ表層。ネット上では、上澄みを浚ったような情報しか得られない。これについてはおそらく、混乱を避けるためだろう。神代が続く世界唯一の国。神々と直接交流する手立てを持つ人々の事を詳しく語れば、それを悪用しようとする者が現れるのは必然だろう。そのことを承知しているツバキは、一つ頷いた。


「神職の中でもマイナーな職業ですので、それも仕方のないことかと。では、審神者という職業について、説明していきます。審神者とは、神の声を聞き、神意を解釈して伝える者のことを指します。神主や巫女に降りてきた神が何者であるかを見極め、神と語らうことが主な役割ですね」


 ざわり、と空気が揺れる。驚愕と動揺で会議室が包まれた。
 隣席と囁き合い、意見を交わし、畏怖の念を持ってツバキを見つめる。その中には、懐疑を含んだ視線もあった。神とは本来、そのような気安い存在ではないだろう、というのが、厳しい視線を向ける者達の言い分だ。
 本来ならば顔を伏せ、耳を塞ぎ、口を閉ざさなければ、不敬として神罰を下されることだろう。けれど、審神者は違うのだという。神の正体を看破し、見定めることを許されている。神の声を聞き、その神意を暴くことを許されている。口を開き、神々と言葉を交わすことを許されているのだ。
 それらは本来、神々に神罰を与える口実を作るような失態だ。神の許しなくして、人々はそれらの行いをすることはない。してはいけない。けれど、審神者である者達は、それら全ての不敬を許されているというのだ。そんなことがあるものか、と一部の人間が憤慨した。


「つまり、あなたは神託を授かる者、ということですか……?」
「平たく言えば」


 誰かがツバキに厳しい言葉を投げかける前に、クロウリーが口を開く。彼の言葉を肯定すれば、再度会議室の空気が揺れた。


「魔法が発展したことで神々と交流する術が広がり、神職のものでなくとも神との交流が図れる人間が増え、その役割が徐々に変わってきています。現在は本来の役割を保持しつつ、神の御用聞きや、霊的な事件・事故の調査や解決も担っているんです」


 幾度となく、衝撃が訪れる。神々と交流すること事態が、現代では奇跡に値する偉業だ。だというのに、その術が広がり、職業本来の役割まで変えてしまうほどであるという。それをさも平然と宣うのだから、東方の国というのは異質だ。
 また、神の御用に応えることが出来る能力の高さ。その他、人為らざるもの達が引き起こす事件に対応できる適応力。そして、正体を看破する瞳。神意を暴く、魔法とは異なる異能。どれをとっても、あまりにも驚異的で、恐ろしい力だった。


「ああ、そうだ。この事実にお気付きになられた方は居るでしょうか? 私の名前が、“清庭”であることに」


 さらに、恐ろしいことを言われた気がした。
 今では遠い過去の話だが、身分制度の厳しい国では、平民は平民であることを証明するために、出身地や職業を名字として名乗る時代があった。逆もまた然り。その土地の名や職業名を名乗ることで、自身の権力や、その職業での地位を示すこともあった。東方の国は、果たしてどちらであっただろうか。


「我が一族の名字である“清庭”とは、神を招くための斎み清められた場所を指す言葉でした。そこから転じて、神託を受ける者の称となったのです。―――――その名を名乗る程度には、我が家の歴史は古く、長く続いているのです」
「現代の東方の国で審神者をやってる人の殆どは、サニワ家に名を連ねている人達で構成されてるって話だ。一族の規模は、東方の国でもかなり大きいぜ」
「もちろん、他家にも審神者を生業としている一族はいくつかあります。だが、審神者の総元締めとも言えるのが、我が清庭家だ」


 カリムの合いの手に、ツバキが深く頷く。
 ツバキの実家の話は、彼等にとっては初耳である。一般家庭出身の者達はあまりの規模に理解が及んでいないが、貴族出身の教師達は背筋が凍るような思いだった。一つの生業の殆どを、一つの一族が担うなど、聞いたこともない話だ。それを可能としているのは、ひとえに、恐ろしいほどの勢力を持っているからに他ならない。
 “東方の国からの使者“という形で特使を寄越したのも、サニワ家なのだろうな、とダーラントは遠くを見つめるような顔をした。ツバキは言及していないものの、それほどの規模の家ならば、政治に介入出来る程度の権力は持ち合わせているだろう。


「そして、そんな一族が一丸となって庇護しているのが、ジャミル・バイパーという人間です」


 現場保存を担当していたトレインが、ジャミルの血痕を消し去りに来た処理班を思い出す。彼等は皆一様に殺気立ち、徹底的にジャミルの血で汚れた床を綺麗にしていった。飛沫の一つさえも、この世に残しておけないと言わんばかりに。
 血は、あらゆるものに利用される。召喚術においては代価として、ときには魔力よりも価値を見出されることもある。神のお気に入りである彼の血は、その価値が跳ね上がるだろう。


「何故、我々が彼を野放しにしているのか、とお考えの方も居るでしょう。お互いのためにも、厳重な守りの中に置くべきだと。けれど、それはあまりにも非現実的で、非道徳的だ。神々もまた、それをよしとしていない。彼等の中には、人らしく生きるジャミル・バイパーを愛しているお方もいるのだから」


 閉じ込めるのは愚策だ、とツバキは言う。それはその通りだろう、と大人達は頷いた。確かにジャミルのような人間は、双方のためにも隔離しておくのが安全だ。けれど、彼等は教育者としての誇りを持って、この場にいるのだ。未来ある若者を不当に扱うのは憚られる。まして、ジャミルには何の落ち度もない。彼はただ、目を付けられてしまっただけなのだから。そして、そもそもの神がそれを容認しないというのなら、只人に出来ることは、その意向を汲むことだけだろう。


「さて、今回このような席を設けさせていただいたのは、議論を交わすためです。今回の議題は、ジャミルの価値を学園の生徒達に知らせるべきか否か、です」
「…………そちらの意見は?」
「我々としては、ジャミルが神のお気に入りであることは今後とも秘匿しておきたい事実です。出来れば、私のこともあまり表沙汰にしたくない。まぁ、後者は手遅れな気がするので、必要ならば顔出しもやむなしと思っております」


 ツバキの言葉に、それを妥当だと納得するように頷く者もいれば、神の寵愛を受けていることを明かした方が良いと渋い顔をする者とで、会議室は二分された。ツバキとしては、どちらの考えも理解できる。けれど、ジャミルの身の安全を第一優先として考えるならば、ツバキは前者を選択する。


「神々にとって、彼は至宝そのもの。トゥレーラ・ラフターラの一件で、重々承知頂けたと思います」


 二分した会議室を見渡しながら、ツバキが告げる。


「ですが、嘆かわしいことに、悪意を持つ人間にとっても彼はお宝。神を欲する人間にとっては、彼は神を喚ぶ贄として求められ、そういった人間を相手に商売する悪人にとっては、彼はさしずめ歩く金塊……。そのような扱いをすれば、己の身が削られることは分かり切っている。けれどジャミルには、その危険を冒してでも、手を伸ばすだけの価値がある」


 ジャミルの身の安全のために、彼が神の寵愛を受けていることは最重要機密だ。しかし、完全に秘匿できる秘密など存在せず、東方の国の一部では、彼が神のお気に入りであることは知られてしまっている。そのため、その情報が漏れてしまった当初は、それは酷いものだった。大富豪の息子であるカリムに向けられる刺客よりもずっと多くのならず者が現れて、落ち着いて過ごすことの出来ない日々が続いたものだ。そのたびに天罰が降り注ぎ、ミドルスクールに上がった頃に、ようやく落ち着いたほどである。今その話を持ち出して、あの日々に逆戻りするなど考えたくもない。まして、それをならず者達の収容所ナイトレイブンカレッジで広めるなど、何が起こるか想像も付かない。


「この学園は、少々やんちゃな生徒が多いように思います。多感な学生同士、喧嘩をすることもありましょう。しかし、少しばかりおいたが過ぎる。今回のように、逆恨みで相手の殺害を企てるようなことは稀でしょうが、それでも、一度起こった事実は変わらない。この学園でその事実を広めて、何も起きないと確約できますか?」


 ―――――無理だな。会議室の空気が、一つにまとまった。
 好奇心でわざとジャミルを傷付けようとする者。怖いもの見たさでちょっかいを掛ける者。気に入らないといちゃもんを付ける者。天罰が雨のように降り注ぐ光景が目に浮かび、教師達は項垂れた。


「…………ナイトレイブンカレッジって、本当に治安悪いんだなぁ……」


 カリムのしみじみとした呟きが、静まりかえった会議室によく響いた。




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