ジャミルの友達が姐さんだったら 13






 ナイトレイブンカレッジの生徒達は、寮の自室で待機することを命じられていた。学園側にとっても突然のことだったのか、特に課題などは出されていない。生徒達は、突然与えられた空白を、これ幸いと楽しむことにした。自習を行う者、趣味を謳歌する者、まさに十人十色。それぞれが好きなように時間を過ごしていた。
 その中で、好奇心旺盛な者達は、突然与えられた空白の時間に疑問を持っていた。学園側にとっても不測の事態。何かあるのではないかと考える者もいたのだ。暇を持て余した彼等、この事態の原因についてあれこれと憶測を並べ立てていた。
 そんな中、まことしやかに一つの情報が紡がれる。誰かに呪われた生徒が、血を吐いて倒れたのだ、と。その情報は、レオナの耳にも入っていた。
 その報せを聞いたとき、レオナ・キングスカラーは思わず頭を抱えて項垂れた。その倒れたという生徒の特徴が、ほぼジャミル・バイパーで確定してしまっているからである。長い黒髪を丁寧に編み込んだスカラビア生など、彼くらいしか思い浮かばない。その隣にパールグレーの髪の生徒がいたとなれば、彼等を知る者ならば、誰だってジャミルだと断定するだろう。
 何故、よりによってジャミルであるのか、と。厄介極まりない連中が周囲を固めている人間を標的に選んだのか、と。レオナは柄にも無くかわいい耳をへたれさせた。
 きっと、彼の幼馴染みは、すでにナイトレイブンカレッジ内に侵入していることだろう。もしかしたら、すでに犯人を特定して、犯人に罰を与えんと動いているかもしれない。相手はきっと、ただでは済まないだろう。ジャミルの幼馴染みは、短い付き合いであるレオナにもはっきりと感じ取れるほど、己の友人を大切に想っているのだから。


(もっと詳しい情報が欲しいところだが……)


 さて、誰に声を掛けるべきか。スマホを片手に、レオナは思案を巡らせる。本人達に直接繋げるのが一番早いだろうが、下手に突いて、怪物を起こすような真似はしたくない。
 情報を持っていそうな相手ならば、何人か思い当たる。しかしレオナは、ツバキを知っている相手から見解を得たいのだ。そうなると、掛ける相手は限られてきてしまう。


(………真偽の程が判明するまで、待つべきか)


 スマホを降ろして、深いため息をついたとき、レオナは背筋が凍るような悪寒に襲われた。それと同時に、世界の重力が一気に増したような、思わず膝を突いてしまいそうな心地に陥る。それはいつか感じた、大いなるものが降臨したときの感覚によく似ていた。







「ねぇ、ジェイド。あの噂、本当なのかなぁ……」
「どうでしょう。しかし、人物像が具体的ですから、信憑性はありそうですよね……」


 オクタヴィネルの双子の人魚は、ベッドの上に座り、顔を突き合せていた。彼等の元にも、ジャミルが吐血して倒れたという噂が届いていたのだ。
 けれど、人物像だけははっきりとしているものの、具体的な被害の程は分からない。また、二人の元に届くまでに、多少の尾ひれは付いているだろう。彼はかのアジーム家の従者であるから、主人が飲むはずだった毒を飲んで血を吐いたのだとか。カリムを暗殺するのに邪魔な存在を先に始末するために呪われたのだとか。真偽の程が定かではない情報が錯綜していた。
 けれど、一つだけはっきりしていることがある。それは、もし本当にジャミルが被害者であるならば、彼の幼馴染みは、決して犯人を許さないと言うこと。
 いつか見た、苛烈な瞳を思い出す。凍てつくような、本物の殺意をぶつけられたときのことだ。ツバキは友人達のためならば、人を斬り捨てることが出来る人間だ。言葉通りに首を落として、命を絶つ事が出来る。それも、何の躊躇も無く。だからきっと、この噂が本当ならば、ツバキはすでに動き始めているだろう。ジャミルを害した“敵”を、この世から葬り去るために。


「オルカちゃんが動いてるんだとしたら、オレらは大人しくしてた方が良いよねぇ? もし邪魔する形になったら、オルカちゃんはオレらのことも殺しに掛かってくるだろうし」
「確かに、ツバキさんならそうするでしょうね……」


 ツバキと敵対するのは避けたい事態だ。一介の魔法士では太刀打ちできないものが、その背後に控えている。ともすれば、珊瑚の海すら滅ぼせるほどのものを味方に付けているのだ。そんな相手を敵に回すほど、彼等は生き急いでは居なかった。


「…………オルカちゃん、ヒトゴロシになっちゃったりしないよね……?」
「………………どうでしょう。カリムさんや他の方が一緒に居るのなら、周囲の方が止めてくださるとは思うのですが……」
「…………ラッコちゃんに止められるかなぁ……」
「「…………………………」」


 嫌な沈黙が落ちる。ツバキの苛烈さの一端を見た彼等は、カリムでは止められないのではないかと不安に襲われる。そうなると、ツバキはきっと、取り返しの付かないことをしでかしてしまう。付き合いの短い彼等にも分かるほど、ツバキは友情に厚かった。
 ああでもないこうでもないと二人で話し合うものの、結局何も思い浮かばない。こうなったら直接連絡を取ろうと、フロイドがスマホを手に取ったそのとき、全身の血の気が引くような感覚に襲われる。次元の違う存在が舞い降りてきたことを理解した彼等は、巣穴に逃げ込む小魚のように、クローゼットの中に逃げ込んだ。







「不味いことになったのぅ……」


 どんなときでも余裕綽々の態度を崩さないリリアが、額に汗を滲ませながら呟いた。その傍には、彼と同じように難しい表情をしたマレウスとシルバーが居た。学園側から自室待機を言い渡された彼等だが、そんな言いつけを守っていられるような状況ではない。何せ、神と語らう者審神者の友人が害されたのだ。ただで済むはずがない。
 おそらく、神々にとって、審神者は特別な存在であろう。神々が地上から去ったとされる現代において、彼等と言葉を交わせるような存在は、あまりにも尊い。全ての神々がそうではないかもしれないが、愛おしく思わずにはいられないだろう。そんな愛し仔であるツバキに、心を痛めるような出来事が襲いかかったのだ。ツバキの心を曇らせた相手を、神々は決して許しはしないだろう。
 現在、学園内にはとある噂が駆け巡っている。ジャミル・バイパーが瀕死の重傷であるという噂だ。何故そのようなことになったのかは不明だが、人為的なものにより彼は害され、保健室に運び込まれたのは事実であるようだった。
 カリムから伝え聞いた情報によれば、ジャミルはツバキにとって、特別な存在であると言う。彼はツバキにとって初めての友達で、誰より心を許した存在なのだ。そんな相手が誰かに傷付けられたとあっては、ツバキの心はきっと深い傷を負うだろう。そして神々はきっと、ツバキが傷付けられたことを重く受け止める。それこそ、天罰くらい下すかもしれない。


「天罰など、想像も出来ないな……」
「神が下す罰など、考えたくもないわ………」


 嘆かわしいと言わんばかりに肩を竦めるマレウスの言葉に、リリアが疲れ切ったような顔で項垂れる。そんな二人の様子を不安げに見つめながら、シルバーは絶望に染まったツバキの顔を思い出していた。己が迷い込んだことで壊してしまった美しい夢。目の前の幸せな景色は幻想で、全ては遠く過ぎ去った日の出来事だと思い出してしまった、あの悲痛な顔を。
 ツバキはすでに、大切なものを失う悲しみを知っている。大切なものが壊れる瞬間を知っている。大切な友人が傷付けられたことで、優しい恩人が、またあの絶望を浮かべているのではないかと、シルバーは気が気ではない。どうか、ジャミルの傷が深いものではありませんようにと祈りながら、彼は主君と父の傍に控え続けた。


「「………っ!!?」」


 突然、マレウスとリリアが弾かれたように顔を上げた。二人が視線を向けた先をシルバーも目で追うが、美しいシャンデリアが見えるばかりだ。二人には、一体何が見えているのだろう。緊迫した顔で天上を睨み付ける二人を見つめながら、シルバーは腰に差した警棒に手を伸ばした。


「…………来てしまったか……」


 リリアの呟きに、何事かと問いかけようとした瞬間、シルバーは思わず口を押さえた。胃の腑がひっくり返るような衝撃を受けたのだ。その衝撃を感じたとき、シルバーは本能で理解した。神が、降臨したのだ、と。




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