ジャミルの友達が姐さんだったら 12






 カリムと合流したツバキは、その身を隠すこともせず、堂々と校内を闊歩していた。ロイヤルソードアカデミーの制服のままだったので、ナイトレイブンカレッジの生徒達は皆ツバキを振り返ったが、ツバキの形相を見て、そっと目を逸らした。威勢良くツバキに絡んでいこうとした生徒達も、その能面のような顔が恐ろしくて、そそくさと立ち去っていく。隣を歩くカリムも、いつもの笑みを消し、同じように冷たい顔をしているのも理由の一つだろう。
 カリムとともに、先ほどジャミルが倒れた場所に戻る。そこにはルチウスを連れたトレインが立っていた。ツバキの要請で、現場の保存をしてくれていたのだ。
 人払いも済んでおり、その辺りは無人だった。静まりかえった廊下に、ツバキたちの足音だけが響く。


「トレイン先生……」


 カリムの無表情が、わずかに崩れる。眉を下げ、宝石のような美しい瞳が、不安げに揺れていた。そんな彼を見て、トレインが沈痛な表情を浮かべる。友人のように接している大切な従者が倒れたのだ。気丈に振る舞っているものの、彼が不安になるのも当然だった。


「現場の保存をしてくださり、ありがとうございます」
「いや……。それくらいしか出来ることがないからな。学生である君に任せるしかない自分が不甲斐ない……」
「いいえ。私は確かに先人達に比べれば未熟ですが、それでもその道を志し、すでに実践も積んでいますから」


 保存された現場に残された血痕を見つめながら、ツバキが固く冷たい言葉を落とす。必死になって、冷静さを保とうとしている姿が痛々しい。トレインが目を伏せて、そっと相棒のルチウスを撫でた。
 ガチャガチャと、金属の擦れる音が響く。何の音だ、と顔を上げると、いつの間にか、ツバキの腰に二本の武器を携えていた。
 否、元から武器を帯びていたのだ。巧妙に隠していただけで。おそらく、認識阻害を幾重にも重ねていたのだろう。注視しなければ、優秀な魔法士トレインでさえも見落としてしまうほどに。
 二本のうちの短い方をベルトから抜き取り、その武器に手をかざす。魔力が練り上げられ、武器に注がれていく。


「呼び起こすは誰かの願い。その想い、朽ち果てるまで―――――想いの形ビューティフル・マインド


 注がれた魔力が、淡い色の花びらとなって散っていく。いつの間にか手元から消えた武器の代わりに、一人の青年がツバキの前に立っていた。その立ち姿に、トレインが目を見開く。その青年は、グレート・セブンの一人にそっくりだったのだ。石像として残されている姿よりもずいぶんと若い姿だが、砂漠の魔術師に瓜二つと言っても過言ではない。
 ふと、青年の腰に、先ほどの武器が下げられていることに気が付いた。もしや、武器に人の形を持たせたのだろうか。
どのような魔法なのか、と問いかけようとした瞬間、魔術師によく似た青年が口を開いた。


「―――――誰だ」


 それは、ぞっとするほど冷たい声だった。肩が跳ね、全身に妙な力がこもる。ルチウスも総毛立ち、牙を剥いて唸り声を上げていた。
 彼は、人ではない。彼は、ジャミルの刀が人の形を取った姿だ。身を斬られたわけでもないのに、そのような錯覚を起こしてしまいそうなほどの殺気が立ち上っている。その冷たさと鋭さは、刃を思わせる恐ろしさがあった。


「誰が主を害した?」


 地面に残る血痕を見下ろして、青年がツバキに問いかける。怒りに震える声は、向けられた当人でないトレインでさえも逃げ出したくなるようになる気分にさせた。
 その激情を見て、トレインはラギー・ブッチの一件を思い出していた。神から下賜された刀を、ラギーが盗んだことにより起こった事件のことだ。彼が盗んだ刀が、カリムのものであったから命拾いしたと言われていたのである。もしジャミルの刀を盗んでいたら、今頃命はなかっただろう、と。
 神からの授かり物を盗むよりも命の危機にさらされるようなことがあるのかと、ずっとそのように考えていた。いくら何でも、神の怒りに触れるよりも恐ろしいことはないだろう、と。
 しかし、彼等の言葉に嘘偽りはなかった。ジャミルの刀は、それほどまでに苛烈なのだ。彼等の言葉の意味を、トレインはこのときになって、ようやく理解した。


「ジャミルを害したのは一人と一匹だ。一人はジャミルをタチの悪いやつに捧げた人間。一匹は今現在、ジャミルの命を蝕んでいる悪霊の類い。私は人間の方に向かう。君には悪霊の方を頼みたいのだが、構わないな?」
「どちらも私が手を下したいのだが、仕方ない。貴殿も私と同じらしいからな」
「―――――ああ。私も、どちらもこの手で殺してやりたいさ」


 普段の穏やかさを捨て去った、どこまでも冷徹な声だった。心の底から、犯人を殺害することを望んでいるのがよく分かる。芯から凍えてしまいそうな、恐ろしい声だった。
 ツバキが、青年に何かを指し示す。トレインの目には見えないが、ツバキや青年には何かが見えているようだった。ツバキが示した先を、青年の視線が追う。それは学園の裏手を示していた。
 示された先に向かって、青年が駆け出す。風のような速さだった。およそ人間の出せる速度を超えており、障害物を越えていく動きも、人のそれではなかった。その様子を呆気に取られて見ていると、ツバキがトレインに向き直る。


「引き続き、現場の保存を頼めますか? あとで、処理班を呼びます。ジャミルの血が誰かの手に渡っては不味いので」
「あ、ああ……。それは構わないが………。犯人の元に行くのかね?」
「はい。早急に捕える必要がありますから」
「…………殺すためかね?」
「そうしてしまいたいのは山々ですが、そういうわけにはいきませんから」
「当然だ。大人として、人として、見過ごすわけにはいかない」
「いえ、そういうわけではなく」
「……では、何かね?」


 ―――――私が殺すより先に、神々に殺されてしまうだろうから。
 静かに告げたツバキの瞳は、どこまでも凪いでいた。トレインはもう、言葉もない。“神のお気に入り”という存在の重みを、どうしようもなく突きつけられた気がした。







 ジャミルを害した犯人を指し示す縁を辿りながら、カリムを伴ったツバキが校舎を歩く。校内の見取り図は簡易なものならば頭に入っている。ツバキの歩みに迷いはない。入学して半年が経過しているカリムも、この先に何があるかは把握していた。各寮へ続く鏡の間―――――鏡舎である。
 鏡舎に辿り着いた二人は、鏡の設置された一室をぐるりと見回した。


「…………やっぱり、学園の生徒なんだな」
「ああ。おそらく、犯人は君が見た不審な生徒で合っているだろう」
「そっか……」


 カリムが、そっと目を伏せる。普段の賑やかなカリムからは考えられない、酷く落ち着いた、静かな声だった。
 ツバキは手繰り寄せた縁を改めて見つめる。指し示された鏡は、死者の国の王の勤勉な精神に基づく寮―――――イグニハイドだ。
 ここから先は、優しいカリムには酷な事態が起こることが決定されている。死を見つめることになる。けれど、カリムは頑なについて行くと言って聞かなかった。ツバキ一人に背負わせられない、と。


「カリム、最後にもう一度聞く。本当に一緒に来るのか?」
「ああ。だって、友達であり従者ジャミルのことだ。友達であり主人オレも一緒に行かないとな」
「そうか……」


 カリムの顔色は悪い。指先がわずかに震えている。彼は、この先で起こる事態をきちんと理解しているのだ。
 けれど、それでも、彼はツバキとともに行くことを選択した。ツバキを見つめるガーネットの瞳が、力強く輝いている。


「……その覚悟、しかと受け取る。では、行くぞ」
「おう!」


 そして、二人はイグニハイドへと続く鏡の中へ足を踏み入れた。
 イグニハイド内部は、全体的に薄暗く、冥府の王を思わせる青い光が灯っていた。ともすれば寒気を覚えるような冷たい雰囲気は、冥界をイメージしているが故だろう。けれど、この日に限っては、それだけが理由では無いだろう。人よりもたくさんのものを映すツバキの目には、瘴気が渦巻いているのがはっきりと見えた。
 突入した先には、幾人かのイグニハイド生が待ち構えていた。外から連絡があったのか、侵入者を察知するシステムが組まれているのか。どちらにせよ、ツバキたちを歓迎しているようには見えなかった。


「ろ、ロイヤルソードアカデミーの奴が一体何の用……?」
「侵入者なら容赦出来ないんだけど……」
「こちらは学園側に許可を得ている。煩わされる謂われはない」
「で、でも、学園側から連絡なんて……」
「後手に回っているだけだろう。それだけ重大な事態と言うことだ」
「じゅ、重大な事態……?」
「もうすぐ死体が出るからな」


 呆然としている生徒達を尻目に、カリムを伴って、ツバキは先に進む。物陰に隠れながら様子を伺っている者や、魔法などを使ってツバキたちを観察している者も居る。けれど、二人は臆せず進んでいく。
 ふと、迷い無く進んでいたツバキが足を止めた。合わせて、カリムも足を止める。ツバキの視線の先には、炎のように揺らめく青い髪の持ち主がいた。


「こんにちは、カリム・アルアジームさん、ロイヤルソードアカデミーの生徒さん」
「おう! こんにちは! 初めましてだよな? イデアにそっくりだな~。兄弟か?」
「ふふ、僕はオルト・シュラウド。イデア・シュラウドの弟だよ。よろしくね」
「よろしくな、オルト!」


 カリムが、努めて明るい声でオルトに笑いかける。けれどその顔は、どう見ても作られた笑顔だった。
 天真爛漫で、どんなときでも笑っていられるのが彼の強みである。しかし、ジャミルが倒れ、今にも人が死んでしまうような状況で笑っていられるほど、彼は強くはなかった。引きつった口元は、あまりにも歪だ。


「初めまして。私はツバキ・サニワだ。君は野次馬だろうか? それとも、私達の前に立ち塞がっているのだろうか?」
「それについては二人がイグニハイドに乗り込んできた理由で変動するから、先に理由を話して欲しいな」
「…………君は学園の生徒が一人、命の危機に陥っていることを知っているか?」
「ジャミル・バイパーさんだね。二人が乗り込んできたときに色々調べさせてもらったんだけど、彼が倒れて保健室に運ばれたことが学内掲示板に書き込まれていたよ」
「なら、話は早い。彼を害した犯人がこの寮にいるのを突き止めた。学園側から許可は得ている。証拠が欲しいなら、トレイン先生にでも尋ねてくれ」
「つまり、二人は犯人の確保のために来たんだね。裏取りはさせて貰うけど、そういうことなら僕は進行を阻めないや」


 そう言って、オルトが道を空ける。そこに、オルトとよく似た青年が現れた。
 今度は何だ、とツバキの目に剣呑な色が浮かぶ。刀に掛かった手を、カリムが慌てて止めた。


「あれ、兄さん? どうしたの?」
「お、オルトが侵入者と一緒に居るって通報があって、迎えに来たんだよ……」


 そう言って、オルトの兄はさりげなくオルトを背後にかばう。
 カリムが、さりげなくツバキに彼を紹介した。イデア・シュラウド、イグニハイドの2年生である。萌葱にも懐かれており、悪い人間では無いと説明すると、ツバキはようやく刀に掛かった手を下ろした。依然として、その視線は鋭いままであったが。
 彼がツバキを邪魔立てする気が無いのなら、ツバキはさっさと先に進みたかった。人が死ぬのは確実だ。それはどう足掻いても変えられない事実だ。けれど、それを先延ばしにすることは出来る。そのためにも、神罰が下る前にこちらで確保しなければならないのだ。いくらツバキがその相手を殺したいほど憎んでいても、少しでも可能性があるのなら、助けられる命なら、足掻かないわけにはいかないのだ。ツバキが審神者である限り。
 ため息を噛み殺したツバキが、ハッと目を見開く。手繰り寄せていた縁が弛んだのだ。近くに、ジャミルを害した“犯人てき”がいる。顔を上げ、縁の続く先を見つめる。それに気付いたカリムが、ツバキに声を掛けた。


「ツバキ? どうしたんだ?」
「―――――見つけた」
「え?」


 ツバキの視線の先を、カリムも辿る。そこには、息を切らせた青年がいた。一人を、一心に見つめている。
 あいつだ、とカリムが囁く。ジャミルが倒れたときに見つけた、不審な行動を取った相手である、と。


「ああ………」


 青年が、感極まったような声を上げる。ツバキもイデアも、果てはカリムまでもが訝しげな様子でその青年を見つめていた。


「……オルト、あれ誰?」
「トゥレーラ・ラフターラさんだよ。今年入学してきた1年生だね」


 兄弟のやり取りを尻目に、ツバキは青年ことトゥレーラを観察する。深い紫の髪に、榛色の瞳。やたらと赤い頬。わずかに乱れた息。榛色の瞳は、熱に浮かされたようにとろりととろけていた。彼の視線の向かう先は―――――。


「あ、ああ……! ああ……っ! カリム君……!」
「えっ?」


 突然名前を呼ばれたカリムが、驚きの声を上げる。戸惑ったようにツバキを見上げるカリムは、トゥレーラに心当たりが無いようだった。そんな困惑した様子さえも、トゥレーラは愛しげに見つめていた。


「やっぱり君は彼に縛り付けられていたんだね……! 誰も気付いていないようだったけど、僕だけは君からのSOSに気付いていたんだよ……! 性悪な蛇男に纏わり付かれて怖かったよね。もう大丈夫だよ……!」
「…………何を言っている?」
「え、コワ……。何これ、妄想と現実の区別が付いてない感じ……? それとも、やばいお薬とかで見えちゃいけないものが見えてるの……?」
「うーん、薬物については尿検査や血液検査をしてみないと何とも言えないかな。前者については、流石の僕でも判断できないや。こればっかりは本人にしか分からないよ」


 トゥレーラは、何かに取り憑かれているのでは無いかと疑ってしまうほど、何かしらに脳を犯されていた。しかし恐ろしいことに、ツバキの目には何も映らないのだ。いっそ、何かしらに取り憑かれていた方がマシだと断言できるほど、彼はカリムだけを見つめていた。つまり彼はそれ以外の何かでおかしくなっているのだ。それが妄想であるのか、薬物によるものなのかは定かではない。
 イデアが、オルトを抱えてじりじりと後ずさる。彼を刺激するのが怖くて、イデアは出来る限り気配を消して、廊下の隅に蹲った。こういった輩は些細なことで爆発して、突拍子もないことをやらかすのだ。


「……性悪な蛇男って、ジャミルのことか?」
「……! そう、そうだよ、カリム君……! 嫌がる君に纏わり付いて、本当最悪だったよね……! でも、これからは僕がいるから、安心して?」
「オレは、ジャミルが傍にいることを煩わしく思った事なんて無い! オレがジャミルと一緒に居たくて一緒に居るんだ!」
「ああ、君は本当に優しいね。僕みたいな冴えない男にも優しくしてくれて、笑いかけてくれて……。本当に天使みたいだ……。それを勘違いしたあいつに付きまとわれて……。あいつに纏わり付かれているときの君は、とてもじゃないけど見ていられなかったよ……」


 痛ましそうに眉を下げるトゥレーラに、カリムが思わず後ずさる。今、目の前で会話をしているはずなのに。同じ言語を話しているはずなのに。それなのに、まるで言葉が通じない。
 ツバキは、トゥレーラの言葉を聞いて、理解したくは無いことであったが、理解してしまった。彼は、どこかでカリムの優しさに触れて、勘違いしてしまったのだ。カリムの寛大さは誰にでも向けられるものであるが、その博愛を、自分にだけ向けられているのだと思い込んでしまったのだ。その先に生まれたのは、執着という感情。そして、執着する相手の一番近くに居る存在に、憎しみの感情を抱いてしまったのだ。ジャミルを生け贄に捧げたのは、それ故の凶行だった。


「キャバ嬢のお世辞を真に受けるリーマンかよ……」


 ―――――勘違い乙ですわ。
 廊下の隅に移動したイデアが、オルトを抱きしめながら小さく呟く。今のトゥレーラを表現するのに、それ以上に相応しい言葉は無いだろう。


「―――――ころす」


 ツバキの口から漏れた言葉に、イデア達がトゥレーラからツバキに視線を移す。そして、そのこと心底後悔した。見なければ良かった、と。
 ツバキの顔には、何も無かった。感情というものが一切感じられなかったのだ。先ほどまで浮かべていた、胡乱と嫌悪が入り交じったような感情も。まるで、全てが無かったことにされたかのように。
 ストンと、一瞬で全てが削ぎ落とされてしまっていた。必要のないものを切り捨てるような潔さで、一切の感情を捨て去ったかのように。
 きっと、その通りなのだろう。必要がないのだ。怒りなんてものは、これより先は邪魔でしかない。
 イデア達は極致を見た。感情の極致だ。ツバキの心は、そういうところにまで到達させられてしまったのだ。
 ツバキが紅紫苑の鯉口を切る。スラリと引き抜かれた刀身は、ツバキの怒りに呼応するかのように、怪しい輝きを放っていた。
 刀を構えて、地面を蹴る。そして、ツバキが駆け出した、その瞬間。


「ごぷっ……!」


 ―――――天罰が、下った。
 口の中から溢れ出る大量の水に、カリムとイデアが息を呑む。オルトも、目を見開いていた。


「おぶ……、ごぱっ! あぶっ……! ぶぇ……っ」


 溺れている。口の端から、体内から水が溢れている・・・・・・・・・・・
 苦しみ藻掻き、喉を掻き毟る。息をしたくても、息が出来ない。それは当然だ。水は外から流れ込んでいるのではない。内側から溢れてくるのだ。ここは水の中ではない。水面に顔を出したら空気を吸えるわけではないのだ。そして水を吐き出そうにも、いくらでも湧き出てきて、その行為も意味を為さない。少しでも楽になりたくて、足掻くことしか出来ないのだ。
 その間にも、彼の身体には異変が起こり続けている。手の甲が焼けただれていく。頬の肉が溶け落ちていく。眼球が腐り、どろりと地面にこぼれ落ちた。


「あひゅ……っ」


 そうなったトゥレーラはもう、藻掻く力も失っていた。びくりびくりと身体を跳ねさせながらも、地面に倒れ伏したまま起き上がらない。
 一連の流れを見ても、何が起こっているのか、まるで分からない。目の前で起こっていることを理解できない。イデアはただオルトを抱きしめて、オルトもまたイデアの身体を包み込んでいた。あまりの惨劇に、吐き気を覚えることはおろか、視線を逸らすことすら出来ないでいた。
 カリムは顔を絶望の一色で染め、立ちすくんだ。神罰が下ってしまえば、もう誰にも、どうすることも出来ない。
 ツバキは鋭く舌を打った。


「遅かったか……」


 その一言がどのような意味を持つのかは、恐ろしくて誰も聞けなかった。
 一人の人間が死んでいくのを、彼等はただ見つめることしか出来なかった。




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