ジャミルの友達が姐さんだったら 11






「いっそ、新しい魔法を作り上げた方が楽なんじゃないかと思うんだが、どうだろうか」
「どうだろうか、じゃないが???」
「無茶言うなぁ、ツバキ」


 ナイトレイブンカレッジの中庭の一角。人目につかない生け垣の向こう側で、ツバキとジャミル、カリムの三人は車座になって座っていた。ジャミルに送りつけられた呪いの取り扱いについて相談するためである。そうして一連の流れを説明し終えた第一声が、先ほどの発言へと繋がるわけである。
 本気なのか冗談なのか分からない澄ました顔で言葉をこぼしたツバキに、ジャミルが呆れたようにため息をつく。これには流石のカリムも苦笑を浮かべていた。


「それが、そう無茶でもないんじゃないかと思ってな」
「何か良い案が?」
「ああ。魔法薬学で使用する、異物除去の魔法を応用、もしくは改変するのが良いんじゃないかと思って」
「異物除去? ……ああ、なるほど。贈り物に込められた悪意を“異物”として排除するのか」
「そうだ」


 元々存在する魔法から派生させて、新しい魔法を生み出すというのはままあることだ。ツバキはそれをしようというのである。
 ツバキの実家には“悪意”を通さない術式が組み込まれた結界が張られている。しかしそれは大規模かつ複雑怪奇なもの。複数人が一斉に魔法を発動させて展開させた結界であるため、一個人で行うのはほぼ不可能である。それを一個人で行使できるまで簡略化することを考えているのだ。そこでツバキが目を付けたのが異物除去の魔法というわけである。


「えっと……?」
「魔法はイマジネーションが重要だろう? だから、理論を学んで同じように魔法を行使しても、術者によって発現に差が出る。それほどまでに、魔法は概念にも大きく影響を受けるんだ」
「確かに、オレがツバキと同じ魔法を使っても、別の魔法を使ってるように見えるときあるよな」
「ああ。個人の思想や理念の違いによるものだろうな」
「今回ツバキが考えているのは、不純物を取り除くという基本概念に、悪意や害意といった感情にまで、“異物”の範囲を広げられるんじゃないかということだ」
「あ、なるほど! それが出来たら荷物の分別とか、呪いの種類も限定できそうだよな!」


 もちろん、異物除去の魔法だけでは不可能だろう。複数の魔法を組み合わせる必要もあるだろうが、ツバキもジャミルも優秀な魔法士だ。カリムもやれば出来る男である。三人寄れば文殊の知恵。出来ないことではないだろう、という結論に至った。
 そのとき、ぱっとツバキとジャミルが立ち上がる。ツバキが腰の紅紫苑に手を伸ばし、ジャミルがマジカルペンを構える。二人が臨戦態勢を取ったのを見て、カリムは身を低くして防御の姿勢を取った。
 しばらく二人は周囲に視線を走らせて、ふっと身体から力を抜いた。二人が顔を見合わせる。


「………ジャミル、今……」
「………ああ。見られていたな……」
「見られてた? 一体誰に……」


 カリムが不思議そうに首を傾げる。その瞬間、三人の傍に巨大な魔力が降り立った。再度、三人が身構える。


「随分とうまく紛れ込んでいるな」


 集約した魔力から現れたのは、一人の青年だった。
 夜空を写し取ったような黒髪に、ライムグリーンの瞳。頭部に特徴的な角を持つ長身の青年。その身から溢れ出る魔力は一介の魔法士では持ち得ないほどのもの。この広いツイステッドワンダーランドでも屈指のものだろう。
 ツバキはその青年の正体を知らなかったが、人々から伝え聞く噂話から、その人物の正体に辿り着いた。マレウス・ドラコニア―――――妖精族の末裔で、茨の谷の次期国王である。


「……お初にお目にかかります。マレウス殿下」
「おや、僕を知っているのか」
「お噂を耳にした程度ですが」
「ふふ、十分だろう」


 マレウスが、見定めるような視線をツバキに向ける。ツバキも同じように彼を見返した。ともすれば挑むように見える眼差しに、マレウスがわずかに目を瞬かせる。それから、興味深いおもちゃを見つけた子供のように笑った。


「噂で聞いていたとしても、僕たちは初対面だ。まずは自己紹介をしよう。僕はマレウス・ドラコニア。ディアソムニア寮の寮長をしている」
「私はツバキ・サニワ。ロイヤルソードアカデミーに所属しております」
「ああ、やはりお前がそうか。シルバーが世話になったな」
「いえ、たいしたことではありませんから」


 ツバキが学園内に入り込んでいるところを人に見られてしまったので、今更ではあるが、入校許可証を首から提げる。しれっとした顔で「悪いことはしていません」と示す態度に、ジャミルが呆れて肩を竦める。カリムはあまりにも堂々としたツバキの居直り方に、ぽかんと口を開けて呆けていた。
 この入校許可証は、そもそもが“学園公認の不正”と言うべき代物だ。ツバキへのご機嫌取りに特別に作られたものである。正規のものではない。そもそも、入校許可証を得るために必要な手順を踏まずに校内に踏み入っているのだ。そこを突かれ、指摘されたら大変面倒なことになる。そうなったら学園長を生け贄に献上するしかない。
 しかし、それはそれで面倒である。“女三人寄れば姦しい“という言葉があるが、彼は一人でも十分騒がしい。なので、この場は誤魔化されて欲しいな、とツバキはにこりと笑みを浮かべた。
 ツバキの行動の意味を正しく受け取ったらしいマレウスは、おかしそうにクスクスと声を立てて笑った。


「お前はなかなか面白い人間のようだ。だが、シルバー達から聞いていたイメージとは少し違うな……」
「そうなんですか?」
「ああ。清廉潔白な人間という印象を受けた。だが、実際のお前は“悪いこと”にも理解があるようだ」


 おかしそうに笑い続けるマレウスに、ツバキがぽかんと口を開ける。その顔のまま、ツバキはジャミル達を振り返った。


「彼、私を美化しすぎじゃないか?」
「シルバーは誰に対してもそういう傾向があるぞ。全部良い方に捉えがちだ。騙されたりしないか心配になるよ」
「前々から思っていたんだが、彼も“何でNRCここに居るんだ”枠か?」
「そうだ」


 深刻そうな顔でツバキに尋ねられ、ジャミルが重々しく頷く。二人が揃ってカリムを見ると、彼は「ツバキが良い奴なのは事実だと思うけどな~」と邪気のない笑みを浮かべていた。光属性ここに極まれり。二人は闇の鏡が故障しているのではないかと真剣に疑った。


「サニワ、いくつか聞きたいことがある」
「―――――はい」


 ひとしきり笑って落ち着きを取り戻したマレウスが、ツバキに問いかける。ツバキも居住まいを正し、彼の瞳をまっすぐに見つめた。


「シルバーは異界に迷い込んだと聞いている。僕は異界に迷い込んだことがないので詳しくは知らないが、危険が多い場所だという話だ。今後も迷い込んでしまう可能性はあるか?」
「そうですね、その可能性は十分に」
「そうか……。では、迷い込まないようにすることは可能か?」
「―――――難しいでしょう」


 きっぱりと、王の風格を前にしても、常と変わらずにツバキは言い切った。あまりにもはっきりと言いきるものだから、マレウスが呆気に取られる。


「方法がないとは言えませんが、現実的ではありません。また、リスクも大きく、メリットも少ない。命だけを優先するのなら、それも有りでしょうが」
「それはどんな方法だ」
「縁を切ることです」


 そんなことか、とマレウスは拍子抜けする思いだった。縁など切っても、いくらでも繋げられるものだ。たいしたことは無い、と。
 しかし、黙って話を聞いていたカリム達の顔が穏やかとは言いがたいことに気付く。特に、長い付き合いのあるジャミルの顔は深刻な色が強かった。


「縁は紡がれるもの。一度断ち切っても、何かの拍子に繋がってしまうこともあるでしょう。けれど、それを生業にしている者に切られた縁は、そう簡単に繋がるものではありません」


 “縁を切る”というのは口で言うのは簡単だ。けれど、実際には酷く難しい。誰かと関わりを絶とうとそのように動いても、片方が縁を繋ぎ続けたいと思って行動に移せば、あっという間に繋がってしまう。
 けれど、完全に断ち切る方法が存在しないわけではない。それを生業にした人間に、その縁を断ち切って貰えば良いのだ。
 しかし、リスクがないわけではないのだ。縁切りを生業としている彼等に切られた縁を繋ぎ直すのは非常に難しい。根元からごっそりと切り落としてしまうからだ。結ぶ先のない縁を結ぶことは不可能なのである。故に、心の底から繋がりを断ち切りたいと願い、その縁から完全に切り離されるならば何を失っても良いという覚悟で挑まなければならないのだ。あとで繋ぎ直したいと思っても、もう一度繋ぎ直すには、人の一生では短すぎる。
 また、縁は連なるものである。複数に渡り繋がっている場合も多いのだ。一つの縁を切ることによって、今まで築き上げてきた人間関係がリセットされてしまうことだってあり得る。その縁に付随する記憶そのものを失うことすらも。
 これらのことを真剣な眼差しで告げるツバキに、マレウスが深いため息をついた。


「………縁というのは、そこまでのものなのか」
「はい。また、彼の場合はもっと深刻かもしれません」
「何?」
「彼があわいに迷い込んだのは、彼のユニーク魔法か何かに由来していると思われます。これは私の推察になりますが、彼のユニーク魔法は境界を渡るもの。夢と夢の境界を渡り、最終的にあわいという境界までをも渡ってしまった。その時点で、彼自身とあわいとの繋がり。そして、“己のユニーク魔法で異界に渡った“という事実が生まれてしまった」
「………つまり、異界との縁を断ち切ることで、シルバーはユニーク魔法を失う可能性があると?」
「はい」


 ユニーク魔法を失うと言うことは、魔法士にとって痛手でしかない。自分の武器となるものを失うことに他ならないのだから。
 シルバーのユニーク魔法は、未だにその全容が掴めていない。シルバーの口から聞いた話によると、他人の見ている夢に入り込むことが出来ると言うことしか分かっていないのだ。また、制約の多さも不可解だ。シルバー自身にも理解し切れていない部分が多く、彼の力が完全に開花し切っていない可能性も否めない。その全容が明らかになったとき、このユニーク魔法がどのような変化を遂げるのかも分からないのに、それを失うというのはあまりにも……。


「…………このことは、ここだけの話にしてくれ」
「はい。私もその方がよろしいかと」


 しばらく考え込んで、やがてマレウスは吐息のような声を絞り出した。その熟考の結果に、ツバキも賛同の態度を示す。


「…………何か対策はあるだろうか」
「彼が境界を渡る類いのユニーク魔法を持っているのなら、彼はそもそも異界に入り込みやすいのでしょう。入り込まない対策を取るのは難しいかと。けれど、入り込みやすいということは、逆もまた然り。自身のユニーク魔法の理解を深め、完成度を上げて貰うのが最も建設的です」


 東方の国には、異界に迷い込んだ人間がいないかを定期的に巡回している組織がいくつか存在する。もちろん、異界に迷い込んでしまうことを未然に防ぐために試行錯誤しているが、うまく行った試しがない。それだけ、異界に入り込むことを防ぐのは難しいのだ。シルバーを思いやるマレウスの心に応えたいとは思うけれど、それは非常に困難を極める。個人の実力を付けて貰うしかないのが現状だった。


「あとは……異界に入り込んだ時の対策として有効なものをいくつか挙げると、まずは存在証明を欠かさないことです。異界の深度にもよりますが、現世と通信が取れる場所もあるので、出来るだけSNSに書き込んだり、メールを送ったりすると良いですね。他には縁者と対になるようなものを持つのも有効的です」
「なるほど。シルバーには情報共有をしておこう」
「そもそもとして、行方不明者の多い場所に行かないというのが重要です。どのような経緯で失踪しているかが明らかになっていない場合、異界に取り込まれている可能性も否めません」
「つまり、原因不明の行方不明者が多発している場所は、異界の入り口である可能性が高いということか?」
「はい。全てを避けるのは難しいでしょうが、心霊スポットなど、不穏な噂が流れている場所だけでも避けるべきです」


 廃墟巡りが趣味であるマレウスは、もう少し場所を選んで訪れることを検討した。彼が訪れた場所の中には、不穏な噂が流れている場所もあったのである。流石のマレウスでも、道理の異なる世界で優位を取れるとは考えていない。彼はそこまで楽天家ではなく、また傲慢でもないのだ。


「参考になった。世話を掛けるな」
「いえ。私どもは、一人でも犠牲者が減ってくれることを願っているだけですから」


 東方の国は世界的に見ても行方不明者が多い。もちろん、かの国を上回る国はいくつもあるけれど、それはその分だけ、国民の人口が多いだけのこと。人口比率を同じにして比べてみると、東方の国は群を抜いて、その数が多いのだ。
 清庭家の人間も、今年に入って3人が行方不明になっている。異界に取り込まれてしまったのか、タチの悪いのに食べられてしまったのかすらも不明なまま。
 清庭家などの神職関係者の行方不明は、ある意味仕方がないことだった。非道なことを言うなら、それが仕事であるからだ。
 けれど、一般人は違う。彼等は自分が異界に取り込まれるなんて考えて生活していない。タチの悪いものに遭遇してしまうことを想定することもなく日常を送っている。彼等はそれでいいのだ。彼等がそのように笑っているために、清庭家のような存在が居るのだから。
 ほんの少し影を帯びた笑みを浮かべたツバキに気付いているのかいないのか、マレウスはしばらくツバキの顔を見つめ、淡く微笑んだ。


「さて、僕は揃いの物を見繕いに行かねば。お前はまだここに残るのか?」
「はい。もう少し、彼等とともに過ごそうと思っています」
「そうか。時間があるなら、リリアやシルバーにも会ってやってくれ。どうやら、お前のことを気に入ったらしい。今の時間なら、おそらく寮に居るだろう」


 そう言って、マレウスは現れたときと同じように、霞のように消え去った。魔法で転移したのか、付近に気配は感じられない。三人で顔を見合わせて、無言の時間が過ぎる。最初に口を開いたのはカリムだった。


「…………行くか? ディアソムニア」
「私、一応他校の人間なんだけどなぁ……。良いのか? 王族があんなことを言って」
「普通は駄目なんだろうが、君は一応、シルバーを助けた恩人という建前があるからな。それだけ信用されてしまったと言うことだろう。それに、マレウス先輩は普通の相手にどうこう出来る魔法士ではないしな」
「ああ、なるほど。確かに、あの方を敵に回すようなことはしたくないな。それこそ、一族総出で倒しに掛らねばなるまい」
「一族総出なら倒せそうな言い方だな……」
「出来ないことはないだろうからな」
「本当に出来そうで怖いんだよなぁ、サニワ家。オレ、サニワ家だけは敵に回したくねぇもん」


 ツバキの言葉に、カリムとジャミルは自分たちが知っている清庭家の面々を思い浮かべる。どいつもこいつも“やばい”一面を持った、一癖も二癖もあるような連中ばかりだった。マレウスと正面衝突しても、ただでやられるような者は一人も思い浮かばない。マレウスがとんでもない魔法士であることに違いは無いが、清庭の一族もまた、規格外な人間達である。
 ああでもないこうでもないと言葉を交わしながら、結局三人はディアソムニアに向かうこととなった。そのときには視線のことなど、すっかり忘れてしまっていた。




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