ジャミルの友達が姐さんだったら






 その気配に最初に気付いたのはサバナクローとオクタヴィネルの生徒達だった。
 NRCは様々な種族を要する学園である。素質がある者には、どのような身分や種族にも門戸を開くのだ。
 その中で、サバナクローには多くの獣人が在籍し、オクタヴィネルにはNRCの殆どの人魚が在籍している。
 彼らは多種多様に存在する種族の中でも野生の本能が強く、大いなるもの自然に対する畏怖が強い。故に彼らは気付いたのだ。この学園内に、自然災害と同等の、自分達では太刀打ちできないものが存在していることに。


「……なぁんかぞわぞわするぅ」


 放課後の体育館。部活時間中のことである。
 どこか落ち着かない様子で呟いたのは、オクタヴィネルに所属する人魚の生徒―――――フロイド・リーチだった。彼の隣でその呟きを聞き取ったジャミルは、ゆらゆらと身体を揺らしている巨体を見上げて首をかしげた。


「ぞわぞわ?」
「何だろうね、海底火山が噴火しそうなのを感じ取ったときってこんな感じなんだろうな~って気分」
「……それ、相当拙い瞬間なのでは?」


 海底火山の噴火は、想像以上に恐ろしいものだ。水の中での噴火ならば地上で起こる噴火よりも被害は少なそうに感じるが、そんなことはない。マグマと海水が接触することでガラス質の火山灰が発生したり、噴火の衝撃で津波が起こるのだ。甚大な被害という意味では、陸も海も変わらない。つまり、噴火は噴火なのである。
 その予兆を感じ取ったときの気分など、決して良いものではないだろう。恐怖とか絶望とか、そう言った感情で埋め尽くされるだろう。いっそ虚無感に襲われて脱力するかもしれない。
 いつもは飄々として、余裕の崩れない表情が酷く強張っている。気を張り詰めているのが嫌という程伝わってきた。


「……今日は寮に帰って休んだらどうだ? そんな調子でプレイしては怪我をする。そうなっては、そのぞわぞわとやらが現実になったとき、君だけ逃げ遅れるぞ」
「…………そうするぅ」


 じゃあね、と言って、フロイドは体育館を後にした。
 そんな背中を見つめながら、ジャミルはひっそりと息を吐いた。ジャミルも同じく、妙な感覚を抱えていたのだ。







「と言うことがあったんだ」


 夜、寮に帰って今日のフロイドの様子をカリムに告げる。するとカリムは大きな目を更に大きくさせてジャミルを見つめ返した。


「そっちでもか? こっちもリリアが険しい顔しててさぁ、ちょっと怖かったぜ」
「リリア……。確か、2年の妖精族だったな」
「そうそう。妙な気配がするって言っててさ。オレ達にも気を付けるように言ってくれたんだ」
「なるほどな……」


 ここ数日、学園中が浮き足立っているように感じたのは気のせいではなかったらしい。獣人や人魚を中心に、妖精族や勘の良いもの達がいつもと違う学園の様子に戸惑いや恐怖を覚えているようだった。
 最初こそ気のせいのように扱われていたものの、日を追うごとにその気配に気付くものが増え、無視できないまでになってしまっていた。


「…………なぁ、ジャミル」
「…………ああ」
「……来てるのかな、神様達」
「……おそらく、そうだろうな」


 恐怖心が欠如しているのではないかと疑ってしまうようなフロイドや、高い実力を誇る妖精族のものが、こうも警戒心を顕わにしている。それは彼らでさえも恐れるような存在が身近に迫っていると言うことだ。それがジャミルやカリムが入学してきた時期と重なるならば、答えは一つしかない。


「ジャミルと会えないのが寂しくて、来ちまったのかな……」
「おい、俺のせいみたいに言うな。この島にはツバキだっているんだぞ。あいつのついでに顔を見ようとか、そんな感じだろう」
「あー………」


 ジャミルの幼馴染みであり、ジャミルが「友達」と呼ぶことを躊躇わない少女―――――ツバキはNRCのライバル校であるロイヤルソードアカデミーに通っている。
 ツバキは神様の御用聞き役として幼い頃から神と呼ばれる存在との交流が深く、高位の存在に酷く気に入られているのだ。ジャミルもツバキと共に交流を深めていくうちに、彼らに気に入られてしまっている。つまり、現在賢者の島には神様のお気に入りが二人も揃っている状態なのだ。彼らがツバキたちの顔を見に訪れるのもさもありなん。


「…………まぁ、満足したら帰ってくれるだろうさ」
「そうだな。神様たちって気まぐれだし、案外すぐに帰ってくれるかもな」


 自分が出る幕ではない、と周囲の安寧をバッサリと切り捨てたジャミルは、もうこの話は終わりだと言わんばかりに髪を解いた。
 「おやすみ」と言って部屋を出て行くジャミルの影は、明らかに彼のものとは違う形をしていた。ジャミルとその影を見送って、今夜の彼はきっと影の中に潜むものの夢を見るのだろうな、とカリムがベッドに潜り込む。


「…………特使が送られてきたって事は、学園側はジャミルの事情もある程度は把握してるだろうし、先生たちから声掛けられそうだよなぁ」


 学園の優秀な教師たちは、学園を揺るがす存在の正体に当たりを付けているはずだ。彼らが目的としているものも、見当がついているだろう。
 どう説明したものか、とベッドの中でカリムは思考を巡らせる。けれど、東方の国はタブーが多すぎる。そして禁忌を破ったときの代償が、あまりにも大きすぎた。
 自分の手には負えない。そう感じたカリムはそこで思考を停止させた。


「…………うん、勝手に答えたら怒られちまうな。先生たちにはそう言っておけば何とかなるか!」


 能天気と言われるカリムでも、流石に命が掛かっているような状態で安易な選択を取ることはしない。東方の国から何かしらの通達があるまでは、叱られることに怯える子供の振りをすることに決めたのだった。



***



「特使が来た意味とは」
「無かったなぁ……」
「何で来たんだ、あの方達」
「よその奴に目を付けられる前に、これは自分のものだって主張しに来たらしい。私のときは入学初日に牽制が行われたよ」
「…………俺の方がマシだったか」
「私は入学前に先生方には話してあったから、そこまで大事にはならなかったよ。あとで質問責めにされたけど」
「だろうな。俺もカリムも質問責めに遭いそうになったが、東方の国に許可を取ってからにしろ、で回避した」
「賢い。私も私の一存では答えかねます、で逃げ切った」
「というか、契約書にこういったことはしないように盛り込まなかったのか?」
「いや、そういう文言もあるにはある。だが、不測の事態に陥ったときに東方の国に渡りを付けられるように、かなりゆるめに設定されているんだ。だから、質問する程度では契約違反にはならない」
「流石にそこまで厳しいものには出来なかったか……」
「ああ。それに、そのことが原因で、生徒達に問題解決を図るように言われてはたまらないからな」
「ああ、なるほど。それは確かにあるかもな。うちはとくに生徒の自主性云々と言って、学内だけで解決を図ろうとする傾向があるから……」
「だからNRC生は対外的には優等生で通っているんだな。ところで、カリムはなんと言って回避したって?」
「カリムは“勝手に答えたら神様達に怒られる”で乗り切ったらしい。それを聞いた先生達がすごい顔をしていたとか」
「流石カリムだな。しかし、カリムが気付くくらいのすごい顔か……。ちょっと見たかったな」
「俺も見たかった」




5/6ページ
スキ