白色キセキ
『ごめんね?今日虹介面会できなくなったの。
あの子ったら、熱出しちゃって・・・。
熱が下がったら、また面会できるらしいから、そのときにまたお見舞いに行ってあげて?』
唐突にかかってきた電話。
受話器を取れば、それは虹介の母からのものだ。
了承の旨を伝えれば、電話はすぐに切れた。
(キャプテン・・・。)
昨日も見舞いにはいった。
けれど、体調が悪い素振りなんてなかった。
自分たちが気づいていなかっただけど、本当は無理をしていたのではないか。
そう思うと、今すぐにでも家を飛び出したくなった。
ふと、足に振動が伝わった。
ポケットに入れていた携帯が点滅している。
どうやらメールのようだ。
『キャプテン、大丈夫っすかね?
先生に容体だけでも聞きに行かないっすか?』
『キャプテンが心配だから、容体を聞きに行こうと思うんだけど、一緒に行かない?』
などと、みんな同じようなことが書かれていた。
みんなにも、同じような内容の電話があったらしい。
その返事は、
もちろん、
『僕も行きます。』
黒子は、家を飛び出した。
第3Q「熱を持った傷」
***
「白川君の容体を聞きに来たのかい。」
白いひげを蓄えた、年老いた男が、虹介を担当する医師である。
ボコンと晴れた瞼を押し広げ、驚いたような表情を作ったいる。
彼の名は水谷平 みずたにたいらという。
齢60の肥った男だ。
「良い先輩の下では、良い後輩が育つもんだ。」
水谷は朗らかに笑っている。
人懐っこい笑みだ。
長いひげで口の輪郭ははっきりとしないが、やや口角が下がったのは分かった。
けれど、笑みを絶やさずに続けた。
「実はね、白川君。傷が熱をもっちゃったみたいなんだ。
練習の疲れもあったんだろう。
抵抗力が落ちているらしく、発熱してしまったんだよ。」
ゆっくりと、けれど力強い口調だ。
語尾は柔らかいが、有無を言わせない力がある。
「大丈夫なんですか?」
赤司が代表して口を開く。
水谷は笑みを柔らかくしてうなずいた。
「さっき熱を測ってきたが、38度2分。
多少つらいだろうが、2・3日休めば大丈夫だよ。
何、若いからすぐに治るさ。」
「そうですか・・・。」
「そうだとも。」
桃井のつぶやきに、水谷は大きくうなずく。
それから、満面の笑みで立ち上がった。
「君たちも疲れているのはいっしょなんだから、ゆっくり休みなさい。
彼が元気になっても、君たちが風邪をひいては会えない期間が延びるだけだよ。」
笑顔で諭され、7人は顔を見合わせた。
それを可笑しそうに笑って、水谷は言った。
「熱が下がったら連絡するから、今日はもう帰って休みなさい。」
そう言われて、用意されていた椅子から立ち上がる。
『ありがとうございました!
キャプテンのこと、よろしくお願いします!!!』
7人は一斉に頭を下げた。
それからは足早に病院を立ち去った。
窓から外を見れば7人はそれぞれの帰路に着いていた。
「今時珍しい子供もいたもんだ。」
嬉しそうに笑い、窓から離れる。
そして、水谷も、その部屋を去って行った。
***
水谷が向かったのは702号室。
白いプレートには、白川虹介と書かれていた。
2回ほどノックして病室に入れば、ベッドに彼の姿はなく、
窓側で壁に体をもたれさせて外を見ていた。
その窓からは7人が帰って行った病室の入り口が見える。
きっと彼らが来るのを予想していたのだろう。
「駄目じゃないか、白川君。
君は熱があるんだ。それに怪我もしている。
早く治したいのなら、ゆっくり休まなくては。」
「うん。ごめん、先生。」
虹介に手を貸し、ベットに寝かせる。
水谷の顔は笑みを浮かべているが、暗いものだった。
「・・・いいのかい?後輩たちに言わなくて。」
「うん。」
熱は嘘じゃない。
でも、熱をもってしまったのは、傷が化膿してしまったからだ。
「このままだと、俺は一生歩けない。」
虹介ははっきりと言った。
いっそ冷淡なほどに、はっきりと。
けれど、その瞳には強い輝きが宿っている。
「なら、さっさと切り落として、義足にでもなって、あいつらと笑いあいたい。
だから先生、」
俺の脚をきって。
countine.