80年後少女






自分たちの実力を知るために、あらゆる講義、実戦はクラスの中で行われた。







第2章「 敗北を喫する 」







入学してすぐに行われた授業は、ディベートによって戦略の意見を戦わせるという講義であった。

クラス内で行われるそれは小規模なものだった。
しかし、それは予想以上に白熱していた。

それもそのはず、この講義の進行が、この王牙学園を設立したヒビキ提督なる男の直属の部下、ドレイス・バウゼン教官であったからだ。
みんながみんな、自分の優秀さをアピールしていた。


けれど、その中で、一人の少年と一人の少女だけが黙って、その討論を聞いていた。


一人の少年というのは、一見して美少女と形容してしまうような少年、ミストレーネ・カルス。
通称ミストレと呼ばれる少年である。
その少年は口元に笑みを浮かべながら、優雅に頬杖を突いていた。

そして、一人の少女というのはミカエレのことだ。
今日は実戦の演習も行われるためか、長い髪を束ねて結っていた。
軍帽は机の上に置かれており、軍帽を目深に被っている時よりは表情がわかる。


ミカエレは空間ディスプレイにも、机の上に設置されたタブレットにも、大して興味を示さなかった。
ただ、音だけを聞いているかのように目を閉じている。



「俺に反論できる者はいないのか!」



ふと、轟音にも似た声が響いた。
かなり大柄な少年。
筋肉の詰まった腕がタブレットをたたいた。


見かけによらず、それなりに切れるらしい。

しかし、その作戦は見た目の通りであった。
大人数を使い、一気に攻め込み、その戦闘を完遂させている。
しかも、その大人数すべてが的確な位置についている。
論破できる者はいなかった。


突然、ディスプレイに新たな戦略が書き込まれていく。
唯一、タッチペンを動かしているのは、ミストレだった。

空間ディスプレイを見て、少年が徐々に青ざめていった。
一通り書き終えると、ミストレが花が咲いたような笑みを見せた。



「君にこれを論破できるかな?」



ミストレのハイトーンに、少年は首を振った。
少年は悔しげに顔をゆがめた。


ミストレを慕う女子たちが感嘆のため息を漏らし、クラス中から拍手が起こった。


また、ディスプレイ画面がクリアされた。
一瞬にして、教室は静まり返る。

唯一聞こえるのはタッチペンの音。


バウゼンの目が光った。
その鋭い瞳が少女を捕える。

その瞳の先にいたのは・・・。



「では、私が君を論破して見せよう。君が支配したこの空間を、私が支配する。」



ミカエレだった。

彼女はまるで、記憶に刻み込めとばかりに、ゆっくりと深く言葉を放った。
堂々とした厳格な態度が、ミストレの支配したこの空間の色を一気に染め上げた。


その王のようなたたずまいに、ミストレ以外の少年少女が飲み込まれていく。
ミストレは、その空気を察し、笑った。



「俺と対決するの?」

「対決ではない。これはただのディベートだ。」



そういって、ミカエレはタッチペンを走らせた。


ミストレは余裕綽々と彼女を見つめていた。
その自信はどこから来るのか。
彼はただ笑顔で彼女が書き終えるのをじっと見ていた。


自分の敗北など、思考の片隅にさえ置いておかずに・・・。





***





クラスの空気は完全に凍っていた。
ミストレはただ、呆然とディスプレイ画面と見つめている。

不思議とその瞳に敗北の屈辱は見えなかった。


ミカエレはといえば、ミストレにさえ興味を失ったかのようにタッチペンとタブレットに転がした。



「見事・・・。」



教官であるバウゼンでさえも息をのむ、素晴らしい作戦であった。


けれど、ミカエレは不満でもあるかのようにディスプレイ画面をクリアした。


彼女に屈服してしまったことへの屈辱はない。
けれど、その事実がたまらなく悔しい。
不満があるように見える彼女に対し、ミストレは嘲笑するかのように笑った。



「・・・俺を負かしておいて、まだ不満があるのかい?」



ずいぶんと高慢で欲張りだね。

皮肉めいた口調にミカエレは同意を示すかのように目を閉じた。


意外だった。
正直にいえば、これはただの強がりだった。

敗北の挫折の仕様がない。
素直に負けを認めるしかなかった。
それほどの実力差。
認めるほかなかった。

けれど、それはプライドが許さない。
流されてそのままなんていやだ。

ミストレはつまらない虚勢を張ったのだ。


だから意外だった。
まさか同意されるなんて。



「この作戦では、有能な人間を殺してしまうからだ。」



使えない者なら、殺されてもかまわない。
裏を返せばそんな風にも聞こえる。

その答えに、ミストレは彼女を凝視した。
憂いを秘めた、その目の奥に宿るものを感じ取ろうとしている。

けれど、彼にはそれを感じることができなかった。


小さな拍手が起こった。
見ればバウゼンが祝福の拍手を送っている。



「素晴らしい。見事だ、ミカエレ・アスタ。」



バウゼンの言葉にミカエレは首を振った。



「いずれはこの国を治めようと考える者として当然の意見です。」



淡々とした言葉にバウゼンは喉を鳴らした。



「国のために必要な人材がどれだけ生存するかによって、国の未来が決まる。この作戦ではまだまだ、有能な人間を殺しすぎます。」



褒められるものではありません。

必要最低限の人数で構成されているはずのタクティクス。
最小の動きで完遂された戦闘。
これ以上のものはないと思えるくらいの作戦。
一寸の隙もないはずだ。

けれども彼女は、それでさえ満足していない。


バウゼンは何か、背筋に冷たいものを感じた。



(ああ・・・。そうか・・・・。)



ミストレには敗北の理由がわかった。
戦闘終了後の結末まで見据えて組み立てられたタクティクス。
目先の勝利ばかりを見つめる視野の狭さが敗北の要因だった。

ミストレは乾いた笑みを漏らした。



「俺の負けだよ・・・。でも、それはディベートに限っての話だから。」



不敵な笑みを漏らすミストレに対し、ミカエレは無表情にミストレを見つめていた。










continue.




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