白色キセキ
『テツヤ。』
男にしては少し長い銀色の髪。
光の当たり具合によって水色にも、灰いろにも見える不思議な髪。
声変わりの済んだ優しく落ち着いた声。
高くもなく低くもない耳触りのいいこの声が、僕は好きだった。
『がんばろうな。』
すう、と目を細めて笑う、その優しい笑顔が、
髪をなでる大きな手が、
『はい!』
返事を返せば、嬉しそうにうなずく彼が、
僕は大好きだった。
今でも、大好きだ。
第1Q「譲れないもの」
(・・・なんで、こんな夢を・・・。)
水色の髪が、風になびく。
高校生にしては少し低めの身長の彼は、黒子テツヤという。
彼は昨日見た夢を思い出していた。
それは、彼が中学2年生のころの夢であった。
舞台は全中の決勝を戦う会場に向かう道中。
初めての決勝。
それまでの試合も緊張したが、決勝はその比ではない。
そんな彼の心境を察した先輩とのやり取りの夢である。
(どうして、今頃・・・。)
なぜ、高校生になった、今なのだろう。
もう二度と戻れない過去のことなのに。
(ああ、だめだ・・・。)
今日は彼の所属する誠凛高校バスケ部の朝練がある。
気持ちを切り替えなければ。
黒子はゆっくりと首を振り、足を速めた。
***
「黒子、お前今日なんか変だぞ。」
赤い髪の少年が、二つに分かれた眉を寄せ、唐突に言った。
長身を少しかがませ、わずかにうつむいている黒子を見やる。
「そうですか・・・?」
平静を装う黒子をよそに目の前にいる彼の相棒・火神大我は不機嫌そうに眉間にしわを作っている。
さらに彼の横に、新たに人が立つ。
黒いストレートの髪の黒子よりわずかに背の高い、一つ上の先輩・伊月俊だ。
彼とはコート上での役割上、アイコンタクトが多い。
そのためか、彼も黒子のわずかな変化に気づいたらしい。
「具合でも悪いのか?」
そういって、伊月は優しく髪を混ぜた。
あ、
ちがう。
手の大きさも、ぬくもりも、なで方も、
全部、全部、違う。
(ああ・・・原因は・・・。)
気づいてはいたけれど、それを確信してしまい、思わず涙がこぼれそうになった。
***
全国中学校体育大会。
略して全中。
全20種の競技が行われる全国大会。
スポーツに携わる中学生なら、だれしもが憧れる大会である。
20種のうちの一種、全国中学校バスケットボール大会の会場に向かわんとする少年らの姿があった。
2列を崩さずに進む少年らは皆一様に長身を誇り(例外もいたが)、中学生ながら、なかなかの貫禄がある。
「ね、ね!キャプテン!今日のスターターはだれっすか!?」
今日は全中の決勝戦である。
楽しみでたまらないといった様子だ。
先頭を歩く銀髪の少年に尋ねた金髪の少年は、まるで散歩に連れて行ってもらえると喜ぶ犬のようだ。
キャプテンと呼ばれた少年・白川虹介はつられたように嬉しそうな笑顔を見せた。
「涼太とテツヤは絶対、最初と最後に出すから安心しろ。
二人とも初めての決勝だからな。」
涼太と呼ばれた少年・黄瀬涼太は、ヒマワリが開いたような笑顔を見せ、
テツヤと呼ばれた少年・黒子テツヤは、わずかに目を見開いた。
「他の奴らは全員優勝を経験済みだ。
だから、二人にぶっ倒れるまで走り回ってもらうよ。
まぁでも、今回は征十郎をキャプテンとして試合に出るつもりだから
征十郎を抜いての6人でローテーションになるけどな。」
「え。」
笑顔で言葉を並べる虹介の隣に並ぶ少年・赤司征十郎が驚きの声を上げる。
彼は笑顔のまま、赤司の髪をなでた。
「お前ならできるってわかってるから。」
そう言ってポン、と背中を押す。
赤司はぽかんと口をあけたまま虹介を見た。
それをおかしそうに笑い、もう一度髪を混ぜ、歩き出した。
「あ~、赤ちんずりー。」
一つ年上である虹介より、わずかに背の高い紫の髪の少年が、彼を追いかけ、後ろからのしかかった。
口を尖らせて、つまらなそうに撫す暮れている姿は、おもちゃを取られてすねた子供そっくりだ。
「はいはい。敦もいい子~。」
立ち止まって髪をすいてやれば、紫原敦は嬉しそうに破顔する。
えへへーとはにかんだように笑い、頬をすりよせた。
2m間近という巨体にも関わらず、子供のような仕草をする。
けれど、それが様になっていて、違和感がないのだから不思議なものである。
「紫原。お前がのしかかると、キャプテンがつぶれてしまうのだよ。」
「てーか、ずりぃぞ!」
いつまでも抱きついたままの紫原に文句を言ったのは、眼鏡をかけた少年と、褐色の肌の少年であった。
眼鏡の少年は、手にウサギのぬいぐるみを持っている。
ごつごつした手の中にあるふわふわのウサギは、そのアンバランスさが逆にマッチしていて微笑ましい。
「じゃあ、二人もなでてもらえば~?」
間延びした声で反論すれば、二人は言葉を詰まらせた。
「じゃあ、俺が!」
「僕もなでてほしいです。」
黄瀬と黒子が虹介に駆け寄る。
そんな二人を見て、眼鏡の少年こと緑間真太郎と、褐色の少年こと青峰大輝は慌てた。
虹介に頭をなでられ、嬉しそうに笑う二人を見て、羨ましそうに唇を引き締めた。
くるりと振り返った虹介に思わず肩がふるえる。
けれど彼は怒るでもなく呆れるでもなくただ笑って、
「おいで。」
と手招いた。
二人は一瞬、顔を見合わせ、ほぼ同時に駆け出した。
それに合わせるようにして、赤司の二人と並ぶ。
いつもよりわずかに口元を緩めた赤司を見て、黒子がたずねた。
「どうしました?」
「いや・・・なんでもない。」
「そうですか。」
「・・・ただ。」
「ただ?」
「頼られるというのは、存外嬉しいことだな、と。」
「・・・そうですか。」
赤司と黒子は、青峰たちの頭をなでまわしている虹介を見やる。
幸せそうに笑う彼に、こちらの頬も自然と緩む。
「・・・そうですね。」
黒子にしては珍しく、満面の笑みで笑った。
***
「キャプテン遅いね~。」
紫原がベンチに座りながら、緑間のぬいぐるみで遊びながら言った。
緑間は「おは朝」という占い番組を毎朝みているらしい。
自身の星座であるかに座のラッキーアイテムをいつも持ち歩いている。
今日はウサギのぬいぐるみがラッキーアイテムだったようだ。
「仕方ないのだよ、監督と最終確認を行っていたのだ。
試合が始まる前に来るだろう。」
虹介はいま、体育館にはいない。
緑間の言うように、監督と話していて着替えが遅れたのだ。
『すぐ行くから先いってろ!』
キャプテンにそう言われ、後輩である6人はそれに従った。
けれど、少し遅いように思う。
「私見に行ってこようか?」
そういったのは、マネージャーの桃井さつきだ。
彼女は青峰の幼馴染で、情報収集が得意な少女である。
「すぐ来るっつってたし、入れ違いになったらどうすんだよ。」
青峰が呆れたように言った。
「それに、もうすぐ試合はじまんだろうが。」
虹介は礼儀に厳しい。
礼儀を重んじる彼は、相手を持たせるなどの非礼を嫌う。
彼が時間に遅れたことはない。
案に、もうすぐ来るだろう、と言っているのだ。
「・・・うん、そうだね。」
きっと、すぐに来てくれる。
彼はそういう男だ。
だから、
わずかに感じた違和感に気づかないふりをした。
***
「やっべぇ・・・試合始まっちまう・・・!」
虹介は一人、帝光中に与えられた控室でユニフォームに着替えていた。
監督と話をしていたからとはいえ、キャプテンである。
自分が試合に遅れるという事態は避けたい。
何より人を待たせるのはあまり好かない。
しかし、こんな時に限って、バッシュの紐がほどけて緩んでしまっている。
「あー、くそっ!」
思い切り舌打ちをして、バッシュの紐に手をかける。
と、そのとき、足音が聞こえてきた。
それも複数の。
(・・・忘れ物か?それとも、俺を迎えに?)
そもそも、この足音は後輩のものなのだろうか。
思わず眉間にしわが寄る。
「おい、お前のせいで迷っちまったじゃねぇか。」
「もう試合始まっちまうぞ。」
「そっちのほうがいいんじゃねぇ?」
廊下で、そんな声が聞こえた。
どうやらこちらに向かってきているようだ。
(今の会話・・・。)
試合が始まっているほうが好都合だと、通路を歩く男はそういった。
いやな予感しかしない。
ドアノブが回る。
(ちっ・・・。)
虹介は思わず身構えた。
ドアが開き、同い年くらいの少年らが目に映った。
「お、ビンゴ~。」
「一人じゃねぇかよ。」
「しかも、あいつ、前、試合ほとんど参加してなかった奴じゃん。」
「まぁ、憂さ晴らしにはなるわな。」
入ってきたのは5人。
過去に対戦したことのあるチームだろうことは確かだ。
憂さ晴らしと言っているのだから、きっと逆恨みだろう。
「・・・何だ、お前ら。」
「あれっ?忘れちゃったの?」
「前に君らにやられちゃったチームでーす。」
「お礼参り?に来ちゃいましたー!」
下卑た笑い声が響く。
不快だ。
虹介は思い切り顔をしかめた。
苦いものを食べたときの表情とよく似ている。
「・・・負けたのは、お前たちの実力だろう。報復は筋違いだ。」
虹介が反論すれば、男たちは不機嫌そうに眉を寄せた。
「はぁ?そんなの関係ねぇし。」
「俺たちは憂さを晴らしたいだけ。」
そう言っていやらしく口角を上げる男の手には、金属バットが握られていた。
どこからか拾ってきたであろう、それはところどころ汚れている。
隣に立つ男が持つ木刀も、薄汚れていた。
「お前を使って後輩ちゃんたちを呼ぶこともできるんだけどなー。」
「!!?」
彼が有名な選手であることは周知の上だが、彼がキャプテンであることはあまり知られていない。
そのため『キセキの世代』に慕われている先輩という認識が強い。
『キセキの世代』に恨みを持つ者は少なくはないため、そういう人間にとって、彼はとても印象深いのだ。
だからこうして、標的になることが多い。
自ら的のなっている節があるためなおさらである。
「・・・わかった。だが、監督に連絡させてくれ。」
「メールにしろよ?内容は俺らが確認するから。」
「・・・わかった。」
***
「監督、キャプテンから連絡はいってませんか?」
だい1Qが終了し、インターバルに入ったときのことだ。
緑間が唐突に尋ねた。
「ああ・・・。丁度、今来たところだ。」
そう言って彼が携帯を開いた。
どうやら、メールが来たらしい。
「”迷子の女の子がいたので、その子を送り届け次第、試合に向かいます”だと。」
「「ぶっ!!」」
監督の読み上げた内容に黄瀬と青峰がドリンクを吹き出した。
「何それ、ギャグっすか、キャプテンらしすぎるんすけど。」
「もう一周しちまって笑えねぇんだけど。」
そう言いながらも、二人が苦笑交じりに笑う。
やはり、自分たちの感じた違和感は勘違いだったのだ。
けれど、黒子が赤司と紫原と顔を見合わせる。
「キャプテンなら通話だと思うんですけど・・・。」
「ああ・・・。」
「変なの~・・・。」
「それよりお前たち、試合に集中しろ。もうすぐ第2Qが始まるぞ。
緑間の言葉にみんなが気を引き締めた。
キャプテンなら、
きっと大丈夫だ。
* * * * *
「ぎゃはは!迷子の女の子を送るとか、おま!!」
「ぎゃははははは!!」
虹介は拳を強く握りしめた。
この笑いが収まったら、
はじまる。
「ははっ・・・!」
「さーて・・・
はじめようか?」
***
試合が終了し、勝ったのは帝光中だった。
つまりは優勝したことになるのだが、帝光中のベンチは、まるで負けたときのように暗かった。
「結局、来なかったな・・・。」
青峰のつぶやきに、黄瀬がうなずく。
「うー・・・、キャプテンどこいったんすか?早く頭なでてほしいのに・・・。」
「俺もー・・・。」
紫原も壁にもたれ、口をとがらせていた。
「私メールしてみる。」
桃井が携帯を開く。
あまり長い内容ではなく、桃井はすぐに携帯を閉じた。
すると、返信はすぐに来た。
「キャプテンか?」
「・・・え?」
「どうしたんですか?」
赤司の問いには答えず、桃井は驚きの声を上げる。
その顔色は少々悪い。
「おい?」
不審に思った緑間が、いぶかしげに声をかける。
はっと、桃井が顔を上げた。
「あ、あのね?”来るな”って・・・。」
「”来るな”?」
「うん・・・。」
やはり彼女の顔色は悪い。
「”来るな”って、どこにだよ?」
青峰の素朴な疑問を口にした。
「控室?」
彼の疑問に答えたのは紫原だった。
「だって、おれたちが戻る場所って言ったら、控室しかないよ?」
当然のように紡がれる言葉に6人が彼を見つめる。
場所が分かったなら、あとは行動するのみ。
「・・・行こう。」
ベンチから立ち上がった赤司が言った。
「最悪なことが起こっているかも知れない。」
***
「うひゃー、グロッ!」
「骨折ったら肉突き破るんだ?」
左足の骨がすねで折れている。
皮膚を突き破る白い骨が視界の端に映った。
左足はひざより下の感覚は、もうない。
痛みがないのが唯一の救いだ。
「つーか、もう試合おわんじゃね?」
「もうかよ?」
「どうする?」
後輩が来る前に帰ってほしい。
”来るな”とは送ったけど、彼らはきっと来る。
”来るな”という言葉の意味を推し量って、それから彼らは来るだろう。
少しでも時間が稼げるように、彼は送ったのだ。
”来るな”と。
「来たら来たで同じ目にあわせてやったらよくね?」
「ははっ!いいねぇ。」
「!!?やめろ!あいつらに手を出すな!!」
「あれ?悲鳴はほとんど上げなかったのに、こういう時はちゃんと声出るんだ?」
下卑た声で男が笑う。
ああ、不愉快だ。
苦々しげに顔をしかめれば、男たちの笑いを誘う。
「悲鳴上げさせて、後輩に聞かせちゃう?」
「お、いいんじゃね?」
思わず舌打ちをしそうになった。
男たちはまだ、ここにとどまるつもりだ。
これでは時間稼ぎの意味がない。
(くそっ・・・!)
握りしめた拳が手のひらに食い込む。
血が出ようが関係ない。
(・・・っ!!!)
廊下を走る足音が聞こえた。
「お?」
「来た来た。」
その音は男たちにも聞こえたらしい。
男たちがうれしそうに笑う。
「キャプテン!!」
ドアノブを回す音が聞こえる。
鍵がかかっていたことが唯一の救いだ。
頼むからあけてくれるかな。
「キャプテン!!」
黄瀬と青峰の声だ。
ドアを叩く音がする。
赤司や黒子の声も聞こえた。
痛いだろうに、何度も何度もドアを叩き続ける。
その音を楽しそうに聞いていた男の一人が言った。
「悲鳴聞かせちゃう?それとも、ドア開けてあいつらも一緒にリンチ?」
「!!?やめろ!!!」
思わず叫んでしまった。
一瞬だけ、声がやんだ。
「キャプテン!?どうしたんスか!?」
「開けてください!キャプテン!!!」
男の一人が左ひざを踏みつけた。
膝の感覚は消えていない。
脳に刺さるような激痛が走った。
「ぐっ・・・うあ゛あ゛・・・!!」
「!?キャプテン!!!」
ただならぬ事態が起こっていると悟ったらしい。
ドアを叩く音が大きくなる。
「黄瀬ちん、ミドチン、どいて。」
紫原がそういったかと思うとドアが吹き飛んだ。
ひしゃげ具合で蹴破ったのだと理解した。
『!!?』
駆け込んできた後輩たちは虹介の身に何が起こったのかを理解し、目を剥いている。
その中に桃井がいなかったのかが救いだ。
「あーあー、公共のもの壊しちゃってー。」
「うひー、ドアがひしゃげてるよ。」
男たちは血のこびりついたバットを肩に担ぎながらいやらしく笑う。
黒子たちの顔が怒りをかたどる。
「てめぇら・・・何してやがる・・・!」
「何でキャプテンがボロボロになって、血を流してるんですか?」
「そんなの、こいつらに吐かせりゃ良いっすよ、黒子っち。」
そう言って足を踏み出せば、男は一歩下がり、虹介の顔にバットを向けた。
「こいつさぁー、お前らに手ぇ出してほしくないからって、悲鳴もあげずに頑張ってたんだぜ?」
「うそのメールまで送って、うわごと見てぇに『後輩たちには手を出すな』っつってさぁ。
マジ傑作だわ。」
上がる下卑た笑い声に、青峰と赤司が拳を作り飛び出した。
突然の不意打ちに男は目を見開いた。
「やめろ。」
決して大きくはないけれど、虹介の声は妙に響いた。
静かな声に自然と足が止まる。
痛みを押して床に倒れこんでいた体をゆっくりとおこし、言った。
「お前たちはこいつらと一緒になるな。
お前たちは素直に敗北を認められる人間になれ。」
強い輝きを持った瞳に赤司たちは何も言えない。
不良の男たちでさえ、息をのむ。
それだけの強さがあった。
沈黙が落ちたのは、ほんの一瞬。
パタパタという新たな足音が聞こえた。
全員の気がそちらにそれるのが分かった。
けれど、いち早く我に返った男が、木刀で殴りかかろうとする。
今度不意を突かれたのは、青峰たちだった。
反応ができない。
ただできたのは、次に来る衝撃に、歯を食いしばることだけ。
目を瞑り、耐えようとした。
けれど、痛みのなく、あたりに響いたのは鈍い音のみ。
恐る恐る目を開ければ、そこに広がっていた光景は目を見張るもので、声も出なかった。
「こいつらに手ぇ出したら殺す。」
地を這うような低い声に、背中に震えが走る。
その声を発したのは、まぎれもなく虹介だった。
木刀から緑間たちをかばった右腕は、骨が折れたのだろう、赤くはれ上がっている。
男は虹介の放つ殺気に、思わず木刀を手放した。
殺意に濡れた目が男を射抜く。
男は2・3歩後退し、足をもつれさせて尻餅をついた。
「っっ・・・!!」
痛みに耐えきれなくなり、ふらりと虹介の足がもつれる。
それを慌てて紫原が支えた。
「キャプテン何してんの・・・!血ぃ出てんじゃん・・・・!」
今にも泣き出してしまいそうな、情けない声。
伏し目がちな瞳に、涙がたまっている。
その顔は苦しげに歪み、血の気が引いていた。
「立ってるのもやっとなのに・・・!何でかばうんですか!」
紫原と一緒に虹介を支えようとする赤司から、苦しげな声が漏れる。
涙を噛みしめているような声だ。
「みんな!キャプテンは!?」
彼らを追いかけていたらしい桃井の声がする。
「桃井さん!救急車を!!」
「え!?」
「キャプテンが・・・!!!」
黒子の切羽詰まった声と、隙間から見えた虹介のぐったりとした姿に、慌てて携帯を取り出した。
「あー・・・悪い・・・。
痛すぎて、もう感覚ねぇわ・・・。」
苦笑するように紡がれた言葉。
必死に涙を堪えていた緑間が叫ぶように言った。
「馬鹿ですか、あなたは!何で助けを呼ばなかったんですか!!」
虹介の左手が、すっと緑間へと向かう。
目尻にたまった涙を拭うように優しく頬を撫でられ、耐えていた涙がこぼれおちた。
「呼びたく、なかったんだよ・・・。」
小さな声で紡がれた言葉を聞き逃さないように、口を固く引き結ぶ。
唇をかみしめて、流れる涙をこらえるようとするが、上手くいかない。
次々に溢れては流れてしまう。
「俺さぁ・・・自分がかわいいんだよ・・・。
お前らが傷つくのは絶対嫌だったし、怪我なんて絶対させたくなかった。
先輩としての意地だよ・・・。」
自分の真上にある紫原の頬を撫でれば、冷たいものが指先をかすめていく。
痛む心に気づかないふりをして、一人ひとり頭をなでていく。
「譲れないものなんだ。」
たとえ後輩たちが涙を流すことになっても。
これだけは譲れない。
後輩を守るという、この一点については。
でも、やはり大切な者たちの涙は耐え難いものがある。
笑顔になってほしくて、できるだけいつもと変わらない様子で言った。
「なぁ、誰か、一緒に救急車のってくんねぇ?」
そういえば、全員が虹介を見て、一斉に挙手をした。
ああ、この分だともめるなぁ。
そう思いながらも、それを嬉しく思い、思わず笑みが漏れた。
「じゃあ、2人ほど、適当に決めとけー。」
常と変らない投げやりな言葉に、7人は安堵し、わずかに笑みを漏らした。
この後、やはりもめたが、それはまた、別のお話。
countine.