最強少女
最高に輝く、仲間たち。
第十五章 地区予選決勝・後篇
いつものように角馬の実況が響く。
ホイッスルが高らかになり、試合は始まった。
開始早々、激しい攻防戦が行われた。
そのさなか、円堂がキャッチなどのミスを連発した。
(・・・私は負けたくないぞ、円堂。)
零は円堂の不調にきづいたであろう鬼道を見つめた。
零の思った通り、鬼道は果敢に攻めてくる。
円堂と一対一。
(まずい・・・!)
鬼道がシュートを放とうとする。
けれど、そのシュートは豪炎寺のスライディングにより止められた。
駆けもどった零がボールをクリアした。
ボールを蹴った先に洞面がいたが仕方ない。
「くっ・・・!」
いきなり鬼道が足を抑えて、膝をついた。
その様子を見ていた洞面が試合を止める。
「大丈夫か?」
「ああ・・・。」
零が鬼道に肩を貸し、コートの外に連れ出す。
「すまない。」
「気にすんない。」
「・・・・さすがは豪炎寺だな。」
そうつぶやく鬼道にため息をついた。
自分の後ろに立つ人物に向かって呟くように言った。
「後頼むわ。」
音無。
音無は無言でうなずいた。
呆然とする鬼道をよそに、零は去り際にこう告げた。
「ちゃんと言ってやれよ。何のために口があり、舌があり、言葉があると思ってんだ?」
彼は驚いたように彼女を見た。
零はそれ以上なにも告げない。
ゆっくりと立ち上がり、音無に後を任せた。
コートに戻っていく零の背中を見て、彼はゆっくりとうなずいた。
***
手当てが終わり、鬼道がピッチに戻ってきた。
それと同時に試合が再開される。
始まってすぐ、帝国ゴールでは激しい攻防が繰り広げられた。
ドラゴンクラッシュ。
ファイアトルネード。
すいせいシュート。
そのすべてが止められた。
「残念だったな。パワーシールドは連続で出せる。」
はじかれたボールは咲山に回る。
咲山から鬼道にボールが回った。
佐久間と寺門がうなずき合う。
(なーんか、やな予感・・・。)
零の背中に冷たい何かが伝う。
佐久間と寺門が鬼道を越して走り出した。
まさかと思ったフォーメーション。
鬼道が指笛を鳴らした。
その瞬間、五匹のペンギンが地面から顔を出した。
ペンギンは可愛いが、威力は可愛くない必殺技。
皇帝ペンギン2号だ。
(佐久間の技じゃなかったのか!?)
彼の存在意義は、とか、そんなことを言っている場合ではない。
今の円堂は不調なのだ。
ゴッドハンドで迎え撃つが、それは無残に崩れ落ちた。
黄金の掌はあっさりと砕け散った。
1対0。
前半が終了した。
***
「どうしたんだ?円堂・・・。」
幼馴染が隣に座る。
風丸の問いに円堂は力なく「わからない」と呟いた。
うなだれる彼に、いつもの輝きはない。
「一つだけ言えることがあるわ。」
夏未が一歩前に出た。
「今のあなたには、私をサッカーにひきつけた、あの輝きが無くってよ。」
円堂は何も言わない。
ますます頭を垂れてうなだれる。
「影山に何か言われたのか?」
その質問には、はっきりとした否定の言葉を返した。
暗い雰囲気を変えるように零が言った。
「とりあえず、後半は点を取りに行く。」
零の言葉にメンバーは驚いた。
彼女が司令塔の役割を担ったのは初めてだったからだ。
「松野も攻めに行け。少林寺と半田はサイドを固めろ。センターは私が行く。ディフェンスは攻撃参加なしだ。」
零はそれだけ言った。
有無を言わせない。
威厳を振りまいて、彼女はメンバーを解散させた。
「あなた、いっそ、司令塔になったら?」
夏未の言葉に零は笑った。
「いやぁ・・・。私は司令塔にはむかねぇよ。本当はカウンターを狙うべきなんだ。」
夏未はいぶかしげに零を見た。
「今の帝国は確実に攻めてくる。狙っているとはいえ、攻撃受けるとなると、失点のリスクを伴う。今の円堂じゃあ、乗り切れねぇよ。」
夏未は円堂を見た。
心配そうな表情をしている。
「それに、あの必殺技は人数使うし強力な分、鬼道のあの足じゃあ打てる回数も限られてくる。要は鬼道を足止めすりゃあいい。」
夏未は感嘆のため息をついた。
かれど、彼女を見る赤い目は彼女を畏怖している。
「確かにあなたは司令塔じゃないわ。戦略家で戦術家よ。たちが悪くて、末恐ろしい、ね・・・。」
敵に回したくはないわ?
夏未の言葉に零はくすくすと笑った。
***
後半のキックオフと同時に、帝国は果敢に攻めてきた。
帝国はもう一点を取り、試合を決めるつもりらしい。
零は鬼道も前に立ち、彼の足止め役に回った。
けれど、彼がボールを持っているわけではない。
ゴール前でディフェンス陣が強固な壁を作り、体を張ってシュートを防いでいるのだ。
跳ね返ったボールは空を舞う。
佐久間、洞面、寺門があるフォーメーションを組んだ。
「「「デスゾーン!!!」」」
ディフェンス陣は反応できなかった。
風丸たちをすり抜け、ボールはゴールに向かう。
本調子でない円堂も反応できない。
しかし、得点に至ることはなかった。
ボールが芝生を転がった。
何が起こったのかは、だれにもわからなかった。
ただ、誰かが倒れていくのはわかった。
(ああ・・・。こういうときって、こんな風に感じるんだ・・・。)
スローモーション。
まるで進もうとする針を誰かが止めているようだ。
(もしかしたら、もう止められているのかもしれない。)
はたまた、押し戻そうとしているのか。
進む時間を遅らせようとしているのか。
零は不謹慎にそう思った。
「「「土門!!!」」」
冷静に、冷酷に思考を巡らせる零をしり目に、メンバーは慌てふためいていた。
みんなは彼の身を案じている。
彼らが土門に駆け寄ったのを見て、彼女も彼に駆け寄った。
「なんて無茶を・・・。」
「デスゾーンはこうでもしなきゃ止められない・・・。」
土門が顔をゆがめた。
彼は痛みにもだえる。
喉の奥から絞り出されたような声で彼は尋ねた。
「円堂・・・。俺も、雷門イレブンになれたかな?」
「当たり前だ!お前はとっくに仲間だ!!」
土門はうれしそうに、そっか、と呟いた。
心なしか、帝国の面々もうれしそうだ。
土門が担架で運ばれるのを見送って、零は円堂を向き合った。
「円堂。」
いきなり降ってきた、穏やかだが低い声に円堂は姿勢を正した。
「文句言うなよ。」
その意味深な言葉の意味を尋ねる前に、円堂の体が零の前から消えた。
吹き飛ばされた。
彼女の拳と、誰かに蹴られたボールによって。
鈍い音が二つ聞こえた。
静寂が落ちた。
騒然となっている。
敵味方関係なく、会場全体が。
スダ、という効果音とともに、豪炎寺が地に降り立った。
零が彼を見ると、彼は眉をひそめていた。
「やりすぎじゃないか?」
「こっちのセリフだ。」
さして大きな声ではないが、今の静かなスタジアムにはよく響く。
零がさて、と小さくつぶやいた。
「先手は譲る。」
「・・・・。」
「レディファーストなんて、私に通用すると思うなよ。」
くっく、と喉の奥を鳴らせば、豪炎寺は呆れたような、形容しがたい表情をしていた。
彼は円堂の前に立ち、零を相手にしていた時とは違う、厳しい表情を見せた。
固く結ばれた唇を彼は動かした。
「俺がサッカーにかける情熱のすべてを込めたボールだ。」
豪炎寺は円堂を厳しく見下ろしている。
円堂は呆然としたまま彼を見上げていた。
「グラウンドの外で何があったかは関係ない。ホイッスルが鳴ったら、試合に集中しろ!」
豪炎寺はそれだけ言った。
円堂にはそれだけで十分だったかもしれない。
けれど、零は入れ替わりに彼の前に立った。
「・・・豪風、あの。」
「いい男だねぇ、豪炎寺。」
「は?」
彼と交代して開口第一声。
同じくらいの目線になって言われた言葉がこれだった。
「豪炎寺の人情深さにはほれぼれするね。」
「えぇと、豪風?」
「男気あふれる男は好きだ、私は。」
ふざけたように彼女は言い切った。
円堂は首を傾げるしかない。
意味がわからず彼は眉をひそめる。
「・・・・・二人の話は私も聞いたさ。」
その言葉に円堂は硬直した。
跳ね上がった肩が物語る。
(こいつのこういうとこは弱点として浮き彫りになる・・・。)
厄介な。
零はため息をつきそうになった。
「・・・でもな、円堂。私はそんなこと気にしちゃいない。」
「でも・・・!」
「それは筋違いだ。」
零の言葉に円堂は彼女の瞳をのぞき見た。
感情と読む術を知らない彼からしてみれば、ただでさえ感情の読みにくい零を相手にするには至難の業だ。
「鬼道は全力で私たちにぶつかってきてる。なら何故、私達が全力で受け止めてやらない。全力には全力で。それが礼儀ってもんだろう?」
円堂はゆっくりと立ち上がった。
ボールを拾い上げ、笑う。
「ありがとう・・・。豪風。豪炎寺。」
そうつぶやいて帝国を見据える円堂は、力強く、果てしなく輝いた目をしていた。
(・・・私はこの熱意とかに惚れてイナイレが好きになったんだ。)
零はあまりのまぶしさに目を細めた。
「よし、男前になったな。円堂。」
彼女の言葉に円堂は照れたのか・・・。
はにかんだように白い歯を見せた。
***
土門の代わりに影野が入り、辺見のコーナーキックで試合は再開された。
いきなりのツインブーストだったが、迷いを失った円堂はツインブーストをも容易く弾き飛ばした。
「かっけぇぞ、円堂!」
それでこそ、円堂だ。
我らが円堂は満面の笑みを浮かべた。
ボールは豪炎寺と染岡に回る。
染岡のドラゴンクラッシュ。
しかし、彼のシュートはパワーシールドにより止められた。
けれど、どんな技にだって弱点はある。
それを見破った豪炎寺は、更に至近距離からファイアトルネードを放った。
至近距離からの攻撃に弱い衝撃はの壁は、大きな亀裂を作り、ついには砕け散った。
ドラゴントルネードが王者の守ゴールを割った。
***
激しい攻防が繰り広げられる。
ディフェンスは両校とも決して弱くはない。
しかし、お互いの矛が強すぎる。
ディフェンスなど意味をなさないほどに、ボールがゴールを行き来する。
(だぁ、もう!私も一回くらい、ゴール決めてぇっつの!!)
鬼道たちがまたも皇帝ペンギン2号のフォーメーションをとった。
円堂はゴッドハンドで迎え撃つが、彼のほうが押されている。
「円堂ォ!何が何でも、止めやがれぇ!!!」
零が叫ぶ。
それにこたえるように、円堂は両手でのゴッドハンドでシュートを受け止めた。
「行くぞぉ!!」
円堂から風丸へとボールがつながれる。
風丸から少林寺へ。少林寺から半田へ。
ボールはゴール前までつながれた。
豪炎寺と壁山が飛び上がる。
イナズマおとし。
しかし、それはただのイナズマおとしではなかった。
豪炎寺と壁山に円堂が加わり、新たな技は生まれた。
源田のフルパワーシールドをも打ち砕く、イナズマ一号おとしと名付けられたその技が、無敗を誇った帝国から、勝ち星を奪ったのだ。
ホイッスルの音が鳴り響く。
2対1。
じわりじわりと勝利のふた文字が頭を埋め尽くす。
『やったー!!!』
そう叫び、仲間とともに笑い合う円堂たちは、最高に光り輝いていた。
(眩しいなぁ・・・。)
零は目を細めてほほ笑んだ。
***
「みんな、迷惑掛けてごめん。」
円堂がそう言って頭を下げる。
一歩前に出て、風丸は微笑んだ。
「もういいさ。円堂。」
やさしくそういうと、彼はつづけた。
「それよりみんな、お待ちかねだぞ。」
その言葉にみんなが顔を上げ、観客席を見た。
「雷門中」のコールにみんなは手を振ってこたえた。
(私はホントは雷門じゃねぇしなぁ・・・。)
手を振るか否かを迷っていると、みんなが彼女の手を持ち上げた。
「ほらほら、手ぇ振ってやれよ。」
「お前にはファンがいるんだぞ。」
そういわれ、観客席を見ると、楠木や矢野、阿部島たちがいた。
「あー・・・・。みんな来てくれたわけね。」
苦笑して手を振ると、彼らは笑ってそれに答えた。
そんな中、鬼道を見て悲しそうな表情をしている少女を見つけた。
音無を見て、零はゆっくりとそちらに向かった。
隣に立つと、まるで独り言のように呟いた。
「妹が可愛くねェ兄貴はいねぇよ。」
その言葉に驚きながらも、彼女は素直に兄の元へと駆けて行った。
次はフットボールフロンティア全国大会だ。
そう考えると、零は嬉しくてたまらなかった。
(母さん。私、あとどのくらいであなたの優勝記録を超えられる?)
零は幸せそうに笑った。
(母さん。私、サッカーが大好きです。)
continue.