最強少女
スパイ?ああ、そういや、そうだっけ。
第十二章 土門
「腹減ったー。みんな、雷雷軒寄ってこうぜ!」
練習を終え、零たちは雷雷軒に来ていた。
円堂のセリフを聞くと、みんなはすぐにメニューは何にしようかと口ぐち話し始めた。
「俺チャーハンにしようかなぁ?」
「僕チャーシューメン!」
「セレブだな。」
「セレブなのか?」
「だって、高いじゃないですか。」
そんな事を話しながら、みんなは店に入った。
後ろで、携帯のなる音に零と円堂は足をとめた。
「ワリ。俺さき帰るわ。」
「あ、おう。じゃあまた、明日な。」
「じゃあな。」
「ああ。」
円堂は少し首をかしげたが、やがて店に入って行った。
零は少し不安だった。
(自分を憎むなよ・・・?自分を好きになれない奴が何かを好きになるなんて、できないんだ。)
* * * * *
次の日。
ずっと、土門の様子がおかしいことに気づいていた零は、いまいち全力が出せなかった。
走りこみをしながら、後ろの居る土門の様子をうかがった。
一瞬、壁山の影になり、次の瞬間には土門がいなくなっていた。
(一体、どこへ・・・。)
辺りを見回すと、グラウンドを離れる後ろ姿が見えた。
(土門・・・。)
零はしばらく立ち止まって、その後ろ姿を見つめていた。
***
「ほら!宍戸!」
風丸がボールを上げる。
宍戸がボールを受け取り、シュートを放つ。
青白いオーラをまとったシュートはグレネードショットと名付けられた。
半田もローリングキックというシュート技を身につけ、決勝に向けては上々の仕上がりだった。
土門も調子を取り戻し、零も安心した。
しかし、土門に気を取られ、いつの間にか練習を見に来ていた冬海には眉間にしわを寄せた。
(不覚だ・・・。あの屑に気づかないとは・・・。)
ふと、彼のそばに少女が立った。
夏未だ。
彼女は冬海と何かを話している。
冬海の表情は余裕をなくす。
「ば、バスをですか!?」
彼の叫びはグラウンドに広がった。
(ほう・・・。)
零は好戦的に笑った。
***
冬海がバスに乗り込む。
サッカー部総出で見守るが、バスは一向に動かない。
「発進させて止まるだけでいいんです。」
夏未の静かな声が響く。
それでもバスは動かない。
「早くエンジンをかけてください。」
彼女の微笑は、更に冬海を追い詰めた。
「あれ?可笑しいですね。バッテリーがあがってるのかな?」
「ふざけないでください!!!」
エンジンがかからないふりをする冬海に夏未が怒鳴った。
彼女の声にやっとエンジンがかかった。
「さぁ、バスを出して!!」
けれど、冬海は震え上がってしまっている。
彼は叫んだ。
「できません!!」
夏未がどうして?と尋ねても、彼は何も答えない。
「動かしたくても、動かせないんだろ?」
その声に彼はビクつく。
彼は恐怖で引きつった表情で零を見た。
「お前はもう、利用価値のねぇゴミだ。」
怯える冬海をよそに、夏未は手紙を取り出した。
「ここに手紙があります。これから起きようとしたであろう、恐ろしい犯罪を告発する内容です。」
冷淡な口調。
夏未は声を荒げていく。
「冬海先生。あなたがバスを動かせないのはあなた自身がバスに細工したからではありませんか?この手紙にあるように!」
すると、冬海は笑い出した。
車を降り、彼は言った。
「そうですよ。私がブレーキオイルを抜きました。」
「何のために、とは聞かねぇよ。どうせ、決勝にださねぇためだろ?」
そんなにしてまで勝ちたいのかねぇ?
零は喉の奥で笑った。
「・・・あなたもスパイなんじゃないですか?一度は私を見逃したじゃないですか。」
「見逃した・・・?何を勘違いしている。」
困惑するメンバーをよそに零は言った。
「大会中に暴力事件なんて起こせないだろ。まぁ、最も、事件が明るみに出ることなんてないんだけど。」
零の不気味な笑みに冬海は後ずさった。
「影山の馬鹿に魂を売りやがって。この愚か者が。」
「君に何がわかる!君たちは知らないんだ!あの方がどんなに恐ろしいか!!」
その表情は真剣なものだった。
必死になって、影山の恐ろしさを伝えようとしている。
彼を知る豪炎寺が吐き捨てた。
「ああ。わかりたくもない!」
「あなたのような教師は学校を去りなさい!これは理事長の言葉と思ってもらって結構です!!」
「クビですか。そりゃあいい。いい加減、こんなところで教師やってるのも飽きてきたところだ。」
冬海は土門を見た。
「しかし、この雷門中に入り込んだスパイが、私だけとは思わないことだ。」
何を言うつもりだ。
零が冬海に蹴りかかった。
間に合わなかった。
「ねぇ、土門君。」
***
零の蹴りが壁にめり込んだ。
頭蓋の真横にある足を見て、冬海は青ざめた。
「テメェらの勝手でスパイなんてやらされてる土門の気持ちなんざ、お前のような屑にはわからないだろうが・・・。」
それだけ言って、言葉を切った。
それから、更に低く、鋭く言い放った。
「次にこんな馬鹿な真似してみろ。テメェの腸引きずり出して、ごめんさないって並べてやるよ。」
冬海は弾けるように走り去った。
零が振り向くと、土門は罵られていた。
円堂がそれをかばい、振り返った。
「俺は土門を信じてる。な?土門。」
かれど、土門は悲しそうに顔をゆがめた。
「円堂・・・。冬海の言う通りだよ。悪ぃ!!」
土門は逃げるようにして走り去った。
零は自分の無力さがむなしかった。
「これを見て。告発した手紙よ。」
夏未が手紙を見せる。
それはどう見ても、土門の字。
「何も知らないって、すごく楽だけど、「知らない」ばっかりじゃ、いけないんだよな・・・。」
今みたいに、いくらでも人を傷つけてしまう。
その声こそは小さかったが、彼らの心には大きく響いた。
それだけ言って、彼女は土門を追って走り出した。
***
(ああ、もう、どこ行った、土門!!)
零は鉄塔に来ていた。
けれど、土門はここにもいない。
木野は河川敷に行くと言っていた。
自分より、付き合いの長い彼女のほうが、土門のことを分かっている。
零は彼女らの絆を信じ、河川敷へと走った。
* * * * *
「みんな、怒ってるんだろうなぁ・・・。」
土門も木野も、表情は明るくなかった。
土門の頭には、熱血なキャプテンの顔。
少女のような少年の顔。
たくさんの仲間の顔が浮かんでいた。
最後に浮かんできた、少年のように笑う少女のことを考え、胸の奥を焦がした。
これは恋ではない。
けれど、この感情は友情以上のものだ。
嫌われたくはない。
(それだけは嫌だ・・・。)
嫌われたくはない。
ただ、それだけだった。
もう一度顔が見たい。声が聞きたい。
そう思っていた時だった。
「当たり前だ。」
背後からの声。
振り返ると、怒ったような声とは裏腹の、安堵したような顔があった。
「どこ行ったのかと思えばこんな所に居やがって。稲妻町一周する勢いだったんだぞ!」
心配掛けやがって!
その言葉に土門は驚いた。
途中であった円堂がなだめるように言った。
「まぁまぁ。それより、土門!サッカーやろうぜ!」
ほら、早く!といって、フィールドに降りていく。
土門はうれしそうに笑ってうなずいた。
「ほら、零さんもいこ!」
そう言って土門は零の手を引いた。
(説教してたんだけどなぁ・・・。)
まぁいいか。
零は笑って、土門の隣に並んだ。
しかし、彼女は肝心なことを忘れていた。
フットボールフロンティアの規約には、監督不在のチームには、フットボールフロンティアの参加を承諾されないということを。
continue.