最強少女
笑わないサッカーサイボーグ。
いいや、最後は笑顔で終わる。
第十章 笑顔
『さあ!フットボールフロンティア予選、二回戦の始まりです!!』
角間の実況が響く。
雷門からのキックオフ。
染岡が切り込む。
下鶴が立ちはだかったと思うと、彼は明らかにわざと染岡に抜かせた。
「ディフェンスフォーメーション・ガンマ3!発動!!」
杉森の指示にDFについていた御影の選手がゴール前に戻ってきた。
シュートを放っても特殊なフォーメーションにより容易く止められる。
的確な指示と動きで雷門はあっという間に攻め返されてしまった。
「こいつは俺に任せろ!みんなは11番をマークしてくれ!!」
円堂の指示にいち早く反応したのは風丸と壁山だった。
上がろうとしていた零の横を誰かが駆け抜ける。
彼女は振り向き、叫んだ。
「違う、逆だ!」
反対側から攻め込んできた山岸がフリーでシュートを放つ。
しかし、円堂も負けじとボールをキャッチした。
すぐにボールを前線にあげようとするが、彼はそれをためらった。
すでにマークにつかれ、誰に回せばいいのか戸惑ったのだ。
風丸、零の二人が即座に駆け上がる。
ボールは零に回り、彼女はそのまま豪炎寺にパスを出した。
きれいにパスがとおり、彼はファイアトルネードを放った。
しかし、そのシュートは杉森のシュートポケットにより止められてしまった。
その後も、ドラゴントルネード。
イナズマ落としとシュートを放つが、どれもぎりぎりで止められてしまった。
そのまま攻めあがる御影。
あっという間にゴール目前まで攻めてきた。
山岸のシュートに円堂が飛ぶ。
しかしそれは違った。パスだ。
パスをうけた下鶴のシュートを円堂は熱血パンチで迎え撃った。
クリアした。
誰もがそう思った。
しかし山岸の動きも速かった。
彼のヘディングがゴールを割った。
1対0。
時間にはまだ余裕がある。
十分に巻き返しの聞く時間が・・・。
***
雷門から試合が再開された。
豪炎寺から染岡にボールを回す。
攻め込もうとするが、山岸にとられてしまう。
それを下鶴に回し、彼がさらにバックパス。
杉森がボールを持つ。
そのままパスをつなぎ、ボールを囲み、雷門にボールを触らせない。
「くそぉ!いいのかよ、こんな試合で!いいのかよ!?」
今まで悲しそうに彼らを見ていた零の表情が一変する。
表情が表に出ようとする感情を食いきれていない。
それほどまでの怒りを感じた。
「いいわけねぇんだよ!!!」
一声叫び、彼女は駆け上がる。
荒々しいタックルの連続。
ボール奪取に向かう。
もうすぐボールまでの道をこじ開けられる。
しかし、その瞬間。
ピッピッピー
慣れ親しんだホイッスルは、いつもより重い音を奏でていた。
***
控え室に戻ろうとしている御影の選手たち。
円堂は杉森に声をかけた。
「何で攻撃しないんだよ。アレじゃサッカーにならないだろ!」
彼は淡々と答えた。
彼らの考えは雷門とは大きく異なっていた。
勝利にこそ意味があり、一点でも十点でも勝利したことに違いはなく、どんな試合内容でも勝利は勝利。
ならば、より少ないリスクで勝つべきだ。
「データにないことは決して起こりえない。」
最後の言葉に円堂は悲しい怒りをぶつけた。
「データ、データって、そんなサッカーやってて楽しいか!?」
彼は「たのしい・・・?」と呟いた。
下鶴同様杉森も「楽しい」ということがわからない。
さっきとは違って、切れている零が壁に拳をたたきつけた。
それから笑顔で言った。
「テメェらはパソコンか?サッカーの楽しさを許容量超えるまで詰め込んでやらぁ。覚悟しとけ。」
彼女の笑みは獰猛のものだった。
***
御影からのキックオフ。
しかし、彼らは前半の続きをするだけ。
「どうする?俺も攻めようか?」
土門は尋ねるが、円堂は聞いてなどいない。
怒りに震えている。
「くそぉ!攻めてこないんじゃ、ここにいたって仕方ない!!」
そういって円堂は駆け出した。
全力のタックルで三人も吹き飛ばし、ボールを奪った。
シュートを放つ。
彼のシュートはたやすくとめれた。
「何故、お前が攻撃に参加する!」
「点を取るために決まってるだろ!」
それがサッカーだ!
彼はそういって笑った。
「円堂!早く戻れぇ!!!」
後方からの染岡の怒鳴り声。
ニッと笑って円堂が駆け出す。
「久しぶりのシュート、楽しかったぜ!」
今度は零が叫んだ。
「ごたごた抜かしてるな!はよ、戻れ!!!」
零が足を大きく振りかぶった。
スピニングカット。
スピニングカットで円堂をゴール前まで吹き飛ばした。
『えええええええええ!!?』
確かに走るよりは早い。
しかし、敵も味方も騒然である。
『ちょっ・・・!豪風!それはない!!!』
「うるせぇ!!はよ、戻らん円堂が悪いわぁ!!!」
彼女は傍若無人な少女である。
***
杉森が指示を出し、御影が攻めに転じた。
しかし、壁山の体を張ったディフェンスがボールを奪った。
彼はボールを松野につなげた。
松野も華麗なターンで御影を抜き去った。
今まではなかった動きだ。
しかし、豪炎寺にパスをつなげようとした瞬間、ボールは奪われてしまった。
下鶴の必殺技・パトリオットシュートがゴールを襲う。
円堂は何とかラインの外まではじいた。
(危なっかしいなぁ・・・!)
御影からのコーナーキック。
藤丸がパスを出す。
しかし、彼らの動きは明らかに悪くなったのは確かだ。
正確な動きができていない。
しかし、運は下鶴に味方した。
ボールは下鶴にわたった。
彼は果敢に攻めあがる。
けれど円堂はゴール前から駆け上がった。
「豪炎寺!こっちだ!!」
「円堂!何をするつもりだ!!」
円堂は何も告げない。
けれど豪炎寺は彼を追った。
下鶴はかまわずパトリオットシュートを放った。
「止まるな!シュートだ!!」
「何!?」
さすがの豪炎寺も驚いた。
けれど円堂の表情は真剣なものだった。
「俺を信じろ!!」
二人めがけてシュートが飛んでくる。
二人は同時にボールを蹴り返した。
すさまじい稲妻がボールを包み、ゴールに向かって空を切る。
杉森が必死にゴールを防ぐ。
しかし、彼の体はゴールに押し込まれた。
同点。
全てはイナビカリ修練場のおかげだった。
(いや、みんなの努力と夏未のおかげかな・・・?)
豪炎寺と染岡のドラゴントルネードでもう一点をもぎ取った。
2対1。
ついに雷門は逆転した。
***
もう一点を奪おうと染岡が攻めあがる。
御影の選手たちは動かなかった。
もう何もかもあきらめたかのように。
(何なんだよ、こいつら!!)
零が舌打ちをして駆け上がる。
染岡はシュートを放った。
ドラゴンクラッシュ。
しかし、それは決まらなかった。
杉森のシュートポケットが止めたのだ。
彼は叫んだ。
「俺は負けたくない!みんなも同じだろう!?最後まで戦うんだ!!」
その言葉は本気だった。
頭についていたコードをむしりとり叫んだ。
「最後の一秒まであきらめるなぁ!!!」
杉森はボールを前線に上げた。
零は呆然としていた。
開いた口がふさがらない。
それから、徐々に徐々に笑いがこみ上げてくるのがわかった。
「ははっ・・・!」
零は笑った。
悲しいとか、そんな感情は一切ない。
元から、そんな感情を持つのはらしくない。
厳格で、気高く、野性的で、でも、何処か儚く美しいまでの優しさがある。
明るく振舞っている偽善者が彼女であり、笑っていなければ彼女ではない。
豪風零は笑った。
(こっちのが断然面白いよな。)
***
つまらない試合が一変する。
激しい攻防が繰り広げられ、血湧き肉踊るとはまさにこのこと。
白熱した展開を繰り広げている。
「決めろ、豪炎寺!!」
円堂が前線の豪炎寺にボールを投げた。
ファイアトルネードの体勢に入る。
「来い!!」
杉森は叫び、構えた。
しかし、シュートは彼に届かなかった。
下鶴が阻んだのだ。
下鶴が豪炎寺とほぼ同時にボールを蹴り返した。
同等のパワー。
二人はあっけなく墜落した。
下手をすれば大怪我を招きかねない。
彼はそれを覚悟でやってのけた。
それほどまでにサッカーに真剣に打ち込んでいる。
墜落してからも、下鶴は必死になってボールを奪おうとした。
豪炎寺は動けもしないのに、軋む体を必死になって動かす。
力ないヘディングは、何とか杉森につながった。
「キャプテン・・・。」
彼は下鶴の気持ちを受け継ぎ、ボールを蹴りだした。
彼は速かった。
深く深く深く、切り込んでくる。
「円堂に任せるか・・・。」
零は二人を見守った。
全力には全力で。
いま、彼に答えられるのはただ一人。
円堂守、ただ一人。
「いくぞ、円堂ぉぉぉ!!!」
杉森は全力のシュートを放った。
円堂は全力のゴッドハンドで迎え撃った。
打ち勝ったのは円堂だったが、高らかに鳴り響くホイッスルは、両校を祝福しているかのように聞こえた。
***
御影を応援していた御影の生徒たちから絶賛される声が聞こえてきた。
祝福の言葉が投げかけられる。
今までの試合の中で、一番いい試合だった、と。
「大丈夫か?改。」
歓声を聞きながら、零が下鶴に手を差し伸べた。
彼は遠慮がちに彼女の手を握った。
「ありがとう。」
下鶴が微笑みかけた。
零は一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに微笑み返した。
「どういたしまして。お前もお前の仲間も、すげぇかっこよかったぞ。」
彼は頬を染めて、しばらく口ごもったが、最後には「ありがとう。」と、もう一度呟いた。
「改・・・。」
杉森が下鶴に歩み寄る。
「キャプテン・・・・。」
「負けたな。」
杉森は負けたといったが、その表情は明るかった。
「ああ。でも、楽しかった。こんなサッカーもあるんだな。」
彼らの表情は晴れやかだった。
「お前たちにサッカーの面白さを許容量を超えてしまうほど教えられたよ。」
杉森の言葉に零は笑った。
「そういえば・・・。豪風。さっき暗い顔をしていたが、もう、大丈夫なのか?」
ハタ、と下鶴を見た。
彼女は笑った。
「ああ!」
やっぱ、笑顔が一番だわ。
彼女はそういってさらに笑った。
それから二人に手の甲を向けて拳を作った。
二人は一瞬だけ、顔を見合わせ、笑った。
甲と甲が触れ合い、小さな音が鳴った。
その小さな音は、さらに大きくなった歓声にもみ消せれた。
(やっぱ、笑ってなきゃな。)
その場に笑顔以外の表情はなかった。
END