最強少女






「高所恐怖症か・・・。」



第八章 努力は必ず実を結ぶ





零が壁山の着地の失敗を見て呟いた。


「ビビッて、目をつぶるから俺が肩に足をかけたとき、バランスを崩したのか。」

「着地ができなかったのも、それが原因かぁ・・・。」


どうしたものか。
どうやら彼の高所恐怖症は筋金入りらしい。
ジャンプの高さで怖いなどという人間を見たのは初めてだ。


(私でも見たことねぇよ・・・。)


零が呆れたように肩をすくめた。

先ほども夏未からチクリと刺さる文句を言われた。
そのセイで余計に気落ちしているのかもしれない。


「まぁ、でも、大丈夫だ!高さを克服できるように特訓してやるから!」


円堂がそういって笑う。
零がしゃがんで目を合わせた。


「ひとついっとく。みんなの信頼だけは裏切るな。」


期待に答えて見せろ。
零はそれだけいった。

壁山の小さなうなずきには、満足そうな笑みを見せた。





***





それから壁山の高所恐怖症克服のための特訓が始まった。

プールで、水泳部に頼みこんで初心者用の飛び込み台を借りた。
知り合いがいるので割りと簡単に了承を得られたが、水泳部にとってはいい迷惑だ。


「まぁ、豪風がいうんなら・・・。」

「すまん・・・。」


しかし、目隠しを取った瞬間失神してしまった。

その後も、公園の滑り台に上らせてみるも、すぐに震え上がってしまった。
ジャングルジムに登らせてみるが、二段目の高さでアウト。

円堂と木野が肩を落とす。零もため息をついた。


「手強い・・・。」



*   *   *   *   *



部室に戻り、いくつか積み上げた缶の上に登れせる。
そして、ようやく80センチという高さをクリアした。


「よし!次は1メートルだ!壁山、努力と根性と気合だ!それがあれば、何だって克服できる!」

「それならキャプテンの成績は学年トップのはずっす。」


その言葉に円堂は肩を落とした。


「まぁ、それは向き不向きだ。次のテストに時は一緒に勉強しような?」


零がそういって円堂の頭をなでた。
円堂はうれしそうにうなずいた。

壁山を励ますように風丸が言った。


「野生中との試合には、イナズマおとしがなければ勝てないんだ。壁山、お前にかかってるんだぞ?」


風丸が言った。
壁山が巨体をすぼめる。


「壁山だけに辛い思いはさせないって。敵が強いなら、俺たちはもーっとつよくなればいい。」

「ああ!俺たちも特訓して、一人ひとりがレベルアップするんだ!!」

『おー!!!』


天井に向かって高々と拳を突き上げる。
そんなメンバーに押されてか、壁山もやる気を見せた。

しかし、力んだせいか、缶がぐしゃりとつぶれて崩れ落ちた。
全員が肩を落とす。
なんとも言い知れぬ不安に刈られるメンバーだった。


(大丈夫だろうか・・・。)





***






そして、練習場所は河川敷に移り変わった。

円堂は染岡とPK。
風丸はスピードの強化。半田はドリブルだ。

それは現実世界で話しえないスピードやパワーで行われている。
けれど、これで弱小と罵られている。


(おっそろしい世界だ。そして、それを軽々とやってのける私も私か・・・。)


零が肩を落として微笑した。
零だってスピニングカットを覚えてしまった。
今なら母に勝てるかなぁと思いながら練習に励んだ。


(ん・・・?)


ふと、ベンチの様子が目に付いた。
土門がマネージャーたちと話している。
明らかにサボりだ。


「土門・・・?」


零が低い声で呟いた。
土門が殺気に気づいてか、ぎこちなく振り向いた。


「さっさと練習しろ。」


すると、土門が全力でディフェンスの練習をしていた影野たちのほうに走った。


(ったく、こんなことで大丈夫かよ・・・。)


ため息をついたとき、壁山の恐怖におびえる声が聞こえた。
彼が震え上がっている。

よほどの高所恐怖症らしい。
壁山と練習をしていた豪炎寺と、それに付き合っていた円堂が頭を抱えている。


(こっちもか・・・。)


零が肩をすくめた。

野生中との試合は、もう間近に迫っている。





***





「ここが・・・野生中?」


円堂がどこまでも広がる密林を見渡していった。
夏未もあまりのことに不機嫌そうだ。
首都圏にジャングルがあるなど初めて知った。


(ここ、ほんとに首都圏かぁ・・・?)


零が疑り深い表情であたりを見渡した。


「これが車コケ?はじめて見たコケ。」

「車見たことねぇのかよ。」


背後で上がった奇声に零が無意識に突っ込んだ。
それから、ハタ、と振り向く。


「タイヤがよっつもついてるし~。」

「すっげー!中は機械でいっぱいだゴリ~。」


そこには車に群がる動物、もとい野生中のメンバーがいた。
そういや、こんな奴らだった、と今にして実感する。


「あ、あの人たちですよ!野生中のサッカー部!」


みんなが静まり返った。
当然といえば、当然の反応だ。


「こんなのに、負けられるかよ・・・。」


獣の声と、染岡の低い声だけがいつまでも響いた。





***





サッカー部以外は大概いたって普通の生徒。
それはほとんどの学校がそうだ。


(ありがとう、LEVEL5・・・!)


応援席だけでも普通にしようというLEVEL5の配慮だろうか。
零は心からLEVEL5に感謝した。

円堂が観客の多さに喜びの声を上げた。


「応援に来てくれた人たちのためにもがんばろうぜ!」

「って、全部野生中の応援だろ?」


風丸の呆れたような声に円堂がこけた。
染岡も風丸に同意している。
しかし、零は自分の背後を親指で指した。


「いや?私らにも、心強いサポーターがいるようだ。」


そういって少しはなれたところにいた少年ら三人を見やる。
壁山の弟とその友人。
壁山が青ざめた。


「さぁ、試合だ、試合。スパッと勝つぞ。」


零がそういって円堂に手の甲を見せて拳を突き出した。
彼は一瞬、キョトンとしてからすぐに笑った。
円堂も拳を合わせる。


「おう!絶対、勝つぞ!」





***





待ちに待った、フットボールフロンティア・第一回戦。

雷門からのキックオフ。
順調なパス回しで試合は始まった。

しかし、彼らの身体能力は生半可なものではなかった。
ファイアトルネードを放とうとする豪炎寺を軽々と飛び越える鶏井のジャンプ力。
マークについていた半田を置いていくほどのスピードを持つ水前寺。

零のスピニングカットも交わされてしまった。


「ちぃっ!!」


大鷲にボールが回った。
彼の必殺技・コンドルダイブに五里がターザンキックを重ねてきた。
何とか防ぎきるが、三人ものマークのつく豪炎寺は前に行けない。

けれど丁度染岡が回りこんでいる。


「豪炎寺!染岡に回せ!!」


零の指示に豪炎寺が染岡にパスを出した。
彼がドラゴンクラッシュを放とうとした瞬間。
彼の体が吹き飛んだ。

獅子王のスーパーアルマジロでボールごと吹き飛ばされたのだ。


「染岡!」


零が駆け寄った。
しかし、彼は無事ではなかった。
足首を痛めてしまったらしい。

試合は無理だ。
足をひねっている。
手当ては木野に任せ、円堂を見た。


「円堂。」


声をかけると彼はうなずいた。
零がベンチを見ると、目金はすぐに目をそらした。


「土門。」

「はいよ。」

「後ろ任せた。」


それだけいって、彼女は野生メンバーをにらんだ。
その目は殺意にも似た感情で輝いていた。


(こんなとこで、負けてたまるか。私は母さんを超えるんだ!勝率下げるようなことしやがって!!)


許さねぇ・・・。
零はそう呟いた。





***





土門はディフェンスとしてフィールドに立った。
その代わり、ディフェンダーにい零と壁山はFWに上がった。

大鷲のスローインで試合は再開された。
香芽にボールが回る。


「土門!ぜってぇ、止めろ!!」


そう叫び、彼女自身は全力で駆け上がった。


「おぉ・・・。ありゃ、切れてんな・・・。」


絶対止めなきゃ、殺されるなぁ~と思いながら香芽の前に立ちはだかった。


「キラースライド!!!」


彼は帝国の必殺技・キラースライドで香芽からボールを奪った。


「豪風さん!」

「上出来だ!!」


零はダイレクトでボールを蹴り上げた。
二人がイナズマ落としの体勢に入った。
けれど、壁山が高所に怯え、ボールは野生に。

攻められても円堂が防ぎ、前線に上げる。
しかし、イナズマ落としは失敗に終わった。

蛇丸のシュートがゴールを襲う。
シュートの前に零が立ちはだかった。


「決めさせるか!!!」


零がスネークショットを蹴り返し、クリアした。

0対0。
前半が終了した。





***






「やったな!みんな!」


ベンチに着くなり円堂が言った。


「かなり前向きに見てるだろ。」


零が呆れたように言うと、円堂は「おう!」といって、続けた。


「後半も俺は絶対、ゴールを割らせない。そして、二人のイナズマ落としで点を取って勝つんだ!」


円堂が笑顔でそういった。
しかし、壁山の表情は暗い。
彼が唐突に呟いた。


「俺を・・・ディフェンスに戻してください。」


その言葉に全員が壁山を見つめた。


「駄目なら交代させてください。俺にはイナズマ落としはできないっす。」


すると円堂は厳しい表情で叫んだ。


「いいや!ディフェンスには戻さないし、交代もさせない!俺はお前と豪炎寺にボールを出し続ける!」


円堂が次を言おうとするのを零が遮った。

切れている。
誰もが思った。


「なぁ、壁山よぉ・・・。そんなに高いところが怖いのか?」


怒鳴り声が振ってくるかと思えば、その口調は以外にも穏やかなものだった。
壁山は控えめにうなずいた。


「そうかい。てっぺんとろうとしてるチームの奴が高いところが怖いか!」


零は笑っている。
壁山は唖然として零を見つめた。


「私は信じてたのに、裏切られることのが、よっぽど怖いねぇ。裏切りは人を変えてしまうんだ。」


経験者は語る。
彼女はそういって踵を返した。


「あ、そうそう。知ってる?努力は必ず実を結ぶって。」


誰かさんの台詞なんだけどさ。
零はそういって笑った。


「どうしても、怖ぇってんなら私が踏み台やるし。」

『それはだめだろ。』

「そうっすよ、豪風さん!!」


零はにやりと笑った。


「なら、お前がやるんだな。」


零は白い歯を見せて笑った。





***






後半が開始した。
野生中からのキックオフ。

始まってすぐに円堂はシュートの応酬に見舞われた。
零も野生の侵略を阻もうと、相手の前に躍り出てはスピニングカットで吹き飛ばし、ボールを奪う。


「豪炎寺!壁山!」


零がボールをあげる。
しかし、壁山は膝を突いてしまった。
豪炎寺がそのまま飛び上がるもボールは鶏井に奪われた。

またも、ゴール付近で激しい攻防が繰り広げられる。
零はFWというポジションを投げ出し、ディフェンスラインまで下がった。


「「ゴールは絶対割らせない!!!」」


零と円堂に押され、みんなもディフェンスに加わった。

ゾーンプレス。
相手の侵略を阻むには効果的だが、これは相手より多く動く分、体力消耗が激しい。

もう、体力の限界に来ている奴だっている。
けれど、みんな、走って走って、走り続けた。
信じているから。
二人のことを信じているから走ってられる。

ここでその信頼を裏切るような奴は仲間でもなんでもない。
そんな奴は軽蔑されても文句の言えないクズだ。

猛烈な勢いでターザンキックがゴールを襲う。


「ゴッドハンド!!!」


円堂最強の必殺技。
ゴッドハンドをシュートを止めた。

壁山が立ち上がる。
彼は違う。
クズなどではない。
仲間の信頼を裏切るような人間ではない。


「いくぞぉ、壁山ぁ!!!」


円堂がボールを蹴り上げた。
二人が飛び上がる。
今度は行ける。
壁山は空を見上げた。

胸をそれせ、豪炎寺の足場を作る。
文字通り、彼は高所恐怖症を克服したのだ。

オーバーヘッドキックが鮮やかに決まる。
二人の必殺技・イナズマ落としがゴールを割った。

そんな二人を祝福するかのように、試合終了のホイッスルが高らかになった。

地区予選第一回戦を突破したのは、弱小と罵られてきた雷門中サッカー部だった。





***





「やったな!壁山!!」


円堂と壁山がうれしそうにハイタッチを交わす。
けれど、円堂はそんなことで痛みにもだえる。


「見せてみろ。」


零がグローブをはずし、円堂の両手を見た。
真っ赤に晴れ上がった両手。
零がため息をついた。


「あのな。痛いなら痛いっていえよ。いざとなったら、私がキーパーやるから。」

「え!?豪風ってキーパーもできるの!?」

「私に決まったポジションはない。」


とりあえず冷やすだけでもしなければなぁと思いながら円堂の手を見つめた。
すると、横から氷の入った袋が円堂の手に押し付けられた。
顔を上げると、そこには夏未が立っていた。


「サッカーなんかに、そこまで情熱をかけるなんて、馬鹿ね。」


そういって、彼女は踵を返した。


「侵害だな。私がサッカーにかけているものは情熱なんてものじゃない。」


命だよ。
夏未は少し、目を見開き驚いた。


「氷ありがとな。」


夏未は微笑を浮かべ、スタスタと歩み去った。
そんな彼女は翌日、サッカー部マネージャーになった。





END




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