最強少女
空を自分のものにしろ。
第七章 秘伝書
「皆ぁ!わかってるなぁ!!?」
『おぉ!!!』
待ちに待ったフットボールフロンティア。
メンバーのテンションは異常なまでに上がっていた。
「とうとう、フットボールフロンティアが始まるんだぁ!!」
『おぉっ!!!』
何度叫べば気が済むのか。
零は苦笑した。
「で、相手はどこなんだ?」
風丸が意気揚々としてたずねた。
円堂が「相手は・・・。」と呟くと、みんながゴクリ、とのどを鳴らした。
(しらねぇんだろうなぁ・・・。)
そんなことを思っていると、案の定・・・。
「知らない!!」
堂々と胸を張っていう。
メンバー全員が顔をしかめ、呆れ返っている。
「野生中ですよ。」
振り向くと、そこには監督の冬海がいた。
「野生中は確か・・・。」
「昨年の地区予選決勝で帝国と戦っています。」
その言葉に円堂が喜ぶ。
零も強い相手と戦えることはうれしいと感じる。
自分はそれだけ強くなった、成長していると感じられるからだ。
けれど冬海はいった。
「初戦大差で敗退なんてことは勘弁してほしいですね。」
零が冬海をにらみつける。
彼女の表情の変化を見て取った奴ら表情が凍る。
けれど、彼は気づかなかった。
「ああ、それから・・・。」
冬海の後ろから一人の少年がひょっこりと顔を出した。
(あいつは・・・。)
零の意識がそちらにそれた。
数人が安堵のため息をつく。
彼らの学習能力は意外に高かった。
「ちぃーす!俺、土門飛鳥。一応、ディフェンス希望ね。」
飄々とした笑顔。
零は複雑な表情で彼を見つめた。
そして、またも、彼女の地雷を踏んでしまった人物が現れた。
「君も物好きですね。こんな弱小クラブに、わざわざ入部したいなんて。」
そういって、冬海は部室を出て行った。
零の表情が一変した。
「土門とかいったか?」
「え?」
いきなり声をかけられ、土門は間抜けた声を出した。
「そこを退いてくれるか?」
通れないんだ。
低い声に、殺意むき出しの笑顔。
部室の空気が完全に凍った。
土門がすばやくそこを退く。
零は怒りをむき出しにして外へと出て行った。
「切れたな・・・。」
「冬海先生、大丈夫かな・・・。」
その台詞に続く言葉は、誰も口に出さなかった・・・。
(((恐ろしくて言えるかよ・・・・。)))
***
「冬海先生?」
零が冬海に声をかけた。
甘えたような猫なで声。
胸に渦巻く、殺意を押し隠す。
「君は・・・。豪風さん?」
彼女はにっこりと笑ってうなずいた。
「どうしました?」
陰鬱な声。
この声を聞いただけで腹が立つ。
零はいった。笑顔を崩さずに。
「先生。何様のつもりですか?」
冬海がいぶかしげな表情をする。
「いくらサッカー部をつぶしたいからって・・・。先ほどの態度はいただけませんね。」
あからさますぎるんですよ。
冬海の肩が跳ね上がる。
「な、何を言って・・・。」
「ばれてないとでも?呆れますね・・・。まぁ、もっとも、私以外気づいていませんがね。」
口角を上げて、うっすらと目を開ける。
冬海の余裕のない表情を楽しんでいる。
悪魔のように低い声で笑った。
「演技力を磨いておくんでしたね。愚かしいですよ、冬海先生。」
冬海は恐怖で足がすくんでしまっている。
これは彼女の怒りに触れた罰であり、努力を踏みにじるような発言をした罪だ。
そして、この豪風零という怪物の敵になってしまった不運である。
「まぁ、あいつらに言ったりはしませんよ。今はまだ、利用価値がありますから。」
だって、あんたは、我がサッカー部の監督なのですから。
零はそういって、獰猛な笑みを浮かべた。
「それと・・・。」
零は冷めた瞳で彼を見下した。
「その弱小の中に、私は入っていませんよね?」
何度もうなずく冬海を見て、零はにっこりと笑った。
***
零が部室に戻ってきた。
部室に入ろうとする。
部室に入ろうとした途端、誰かに手を引かれた。
「のあっ!?」
あまりの勢いにこけそうになる。
体勢を立て直し、手を引く人物にあわせて走る。
(この野郎・・・。)
相手は言わずとも、見ずとも知れた人物。
「オイコラ、円堂!!」
零が円堂に向かって叫んだ。
まぁ、どうせまともな返事など期待していない。
どうせ返事が返ってきたとしても、きっと意味のわからないものだから。
「新・必殺技だ!」
「はぁ?」
円堂が笑顔で振り返った。
「空を制するんだ!!」
ほら、意味がわからない。
零はため息をついた。
***
そして特訓は始まった。
部室の前には何故かはしご車があり、円堂がはしごの上に上っている。
(これは突っ込まなきゃいけねぇだろ!!)
そう思うのだがメンバー全員が疑問を抱くどころか、不信感のかけらもない表情をしている。
零はこいつらの頭がおかしくて、こいつらの反応がおかしいのだと割り切った。
円堂がはしごの上からボールを落とす。
それを蹴って、円堂に返すという特訓。
まずは染岡。
何とか蹴り返すが、空中でバランスを崩してしまう。
「もっと強く!」
「よっしゃ、もういっちょ来い!!」
もう一度ボールを落とす。
けれど、ボールは染岡から大きく外れる。
「どこ投げてんだよ!ふざけんな!ボール拾いかよ、俺は!!」
零がため息をついた。
次は風丸の番だ。
「風丸ー!いくぞー!!」
「おう!!」
円堂がボールを落とそうとする。
すると、はしごの陰から用務員の古株が現れた。
「よぉ!精が出るな!」
「古株さん!」
「こないだの尾刈斗中との試合見せてもらったよ。よかったなぁ。まるで、イナズマイレブンの再来だな。」
円堂が首をかしげた。
古株は驚いた。
「おいおい、円堂大介の孫が知らないのかい?イナズマイレブンのことを。」
***
部室横の木の下。
古株を囲むようにして座る。
古株はゆっくりと語りだした。
「イナズマイレブンってのはな。四十年前に雷門中にあった、伝説のサッカーチームだ。」
懐かしむような目。
零は四十年前のイナズマイレブンを想像した。
「フットボールフロンティア優勝目前だったのに、あんなことがあって・・・。」
先ほどまでうれしそうに語っていた表情が一変する。
それはとても暗い表情。
円堂がえ?と声を上げる。
「あ、いや、なんでもない。とにかくすごい連中だった。あいつらなら、世界を相手にしたって戦えたはずだ!」
「世界。」
その言葉に零はいつの間にか身を乗り出して話を聞いていた。
「かっこいい!超、ぜってーかっこいい!イナズマイレブンか・・・。」
「そうさ!お前さんは伝説のチームの血を受け継いでるんだ。」
円堂がハタと古株を見る。
古株が続けた。
「円堂大介はイナズマイレブンの監督だ!まさにサッカーそのもののような男だったよ!」
円堂が立ち上がった。
そして高らかに宣言する。
「俺、絶対、イナズマイレブンみたいになってやる!じーちゃんみたいに!」
「一人でなる気かよ。」
風丸から笑いを含んだような声がかかる。
その言葉に円堂は皆を見た。
「もちろん皆でさ!な!?」
『おう!!!』
皆の返事は彼の期待通りのものだった。
「俺たちはイナズマイレブンみたいになってみせる!!」
***
それは次の日の部室。
『秘伝書ぉ!!?』
「しーっ!」
皆の叫びに円堂が口の前に人差し指を置いた。
それから皆が静かになると、円堂はゆっくりと話し始めた。
イナズマイレブンの秘伝書が存在すること。
それを雷雷軒の親父さんに聞いたこと。
それは学校にあるということ。
何故、雷雷軒の親父が知っているのかという疑問は当然のように出た。
「まぁ、細かいことはいいじゃないか。とにかく、秘伝書があるのは・・・。」
* * * * *
理事長室前。
円堂がほんの少しだけドアを開け、中の様子を伺う。
「あるのは・・・ほんとにここなんすか?」
「ああ。雷雷軒のおじさんが理事長室の金庫だって。」
零は頭を抱えた。
よりによって、雷門で一番危険度の高い場所に秘伝書はあるらしい。
ゲームのように普通に図書室にあってほしかった。
(いっそ、コンビニで販売しててくれ・・・。)
零はため息をついた。
「いくぞ、さっと入れよ、さっと。」
『ああ。』
全員がうなずき、ドアが開いた瞬間全員で入り、もれなくドミノ倒しになった。
(見てらんねぇ・・・。)
零はドアの外でため息をついた。
***
円堂が暗証番号でロックのかかった鍵をくるくると回す。
カチャリ、という小さな音がした。
(開いてない・・・。)
零は音だけでそれを判断した。
けれど彼は開いたと思ったらしい。
全力で引っ張るが、一向に開く気配はない。
「豪風零さん・・・。だったかしら?」
ふと、少女の声が聞こえた。
鮮やかな茶髪の少女が隣に並ぶ。
「どうも。私、雷門夏未といいます。」
「どうも。」
何故、名を知っているのかはスルーしておく。
理事長の娘だから、生徒全員を把握しているのかもしれない。
「そんなことよりも、彼らの行動をどうにかしてくださる?こちらはたまったものじゃないわ。」
そうだろうな、と思いながら、零は円堂たちを見た。
ふと、円堂たちが騒ぎ出した。
廊下まで丸聞こえだ。
「なにが任せろだよ!」
「早くしろよ、見つかったらどうするんだよ!」
「とっくに見つかってるんだけど?」
全員が一斉にドアのほうを見る。
そして、青ざめた。
「何で、言ってくれなかったんだよ、豪風!」
「見つかってるのにわざわざ報告するのか?」
そういうと円堂は押し黙った。
「あんたたちの探してるのって、これでしょ?」
そういって、手に持っていた古いノートを見せた。
「じーちゃんの秘伝書!」
円堂が夏未から奪い取る。
そして、中を見た。
「でも、意味ないわよ?」
「何で・・・。」
「読めないもの。」
その言葉にみんなは驚き呆然とした。
(一体、どんな字だよ・・・。)
たくさんの字を見てきた零は思った。
もし、自分でも読めなかったら・・・。
そう考えるとなんとなく寒気を感じた。
***
部室に戻り、中を見た。
「暗号で書かれてるのか?」
「外国の文字っすかねぇ?」
染岡と壁山が円堂の見ているノートを見て呟いた。
しかし、風丸はいった。
「いや、おっそろしく汚い字なんだ。」
その言葉に全員が肩を落とした。
(ゲームの字は普通に読めたけど・・・。)
このシナリオの字はどうなのだろう?
零もノートを見た。
「「円堂!!!」」
風丸と染岡が怒りの声をあげる。
「すっげー!ゴッドハンドの極意だって!!」
『読めるのかよ!!?』
全員から息の合った突っ込みを入れられる。
「私も読めたぞ?」
零の一言にメンバーは硬直した。
「俺はじーちゃんの特訓ノート読んでるからだけど、これ読めるってすごいな豪風!」
零は苦笑した。
それは幼いころから仕事の報告書や、始末書などでたくさんの個性豊かな文字を読み解いていたからだ。
まさか、こんなところでその読解力が力を発揮するとは。
人生、どこでどんな力が役に立つかわからない。
「俺も最初、何書いてあるかわかんなかったんだけどさ、少しずつ読めるようになったんだ。」
円堂は呆然とする仲間たちに笑って見せた。
***
何はともあれ、ミミズがのたくった後が読める二人は秘伝書の解読に移った。
ぺらぺらとページをめくり読み解いていく。
「円堂。これじゃね?」
「うん!相手の高さに勝つにはこれだ!イナズマおとし!」
風丸がノートを覗き込んだ。
一年たちは期待のまなざしを送る。
二人の様子を不機嫌そうな表情で見ていた奴らも真剣な表情になった。
「読むぞ?いいか?」
そう一言言って、一気に読み上げた。
「一人がビョーンて飛ぶ。もう一人がその上でバーンとなって、クルッとなってズバーン!これぞ、イナズマおとしの極意!・・・え?」
この宇宙語には全員がこけた。
「円堂。」
風丸が円堂の肩に手を置いた。
「お前のじーさん。国語の成績よかったのか?」
円堂が目をそらし苦笑した。
みんなは呆れているのか、何なのか、形容しがたい表情をしている。
「あんだけ騒いでビョーンにズバーンか。もうちょっと書いてくれよ。」
「でもさ。じーちゃんは嘘はつかないよ!ここには、本当にイナズマおとしの極意が書かれてるんだ!後は特訓さえすればいいんだよ!」
「どっから来んだ?その自信・・・。」
風丸が呟いた。
豪炎寺が零の隣で険しい表情をしていた。
「何かわかったのか?」
「・・・・少しな。」
零はにやりと笑った。
***
早速特訓は始まった。
今日の練習場所は鉄塔広場だ。
木にくくりつけたタイヤを染岡が土手の上で構える。
「本日のメインイベントはこれ!敵のすご技を受ける特訓だ!」
宍戸以外の全員がサーッと、その場を離れる。
よけようともしなかった零は土門に手を引かれた。
戸惑う宍戸をよそに、染岡は容赦なくタイヤを放した。
「え!?俺!?いきなり無理ィ!!!」
そう叫ぶ彼をタイヤが襲う。
彼は空高く吹き飛ばされた。
「たーまやー・・・。」
零は空に向かってそう呟いた。
* * * * *
「いいねぇ、特訓だねぇ。」
ひとまず退散した円堂がまるで人事に様に行った。
「円堂。ちょっといいか?さっきの必殺技のことなんだが。」
「おう?」
豪炎寺がしゃがみこむ。
手近にあった棒を拾い上げ、地面に図を書いた。
「まず一人が飛ぶ。もう一人がそいつを踏み台にして、さらに高さを稼ぐ。十分な高さに達したところでオーバーヘッドキック。どうだろう?」
「そうだよ!多分そのとおりだよ!すごいな、お前!!」
「いや・・・豪風が手伝ってくれたからわかったんだ。」
零はここに存在している時点でアウトなのだがまた口出ししてしまったと苦笑いしている。
「不安定な足場からオーバーヘッドキックが出せるのは・・・。」
そう呟いて、円堂は豪炎寺を指さした。
「豪炎寺!お前しかいない!!」
「俺が・・・?」
「うん。そして、お前の踏み台になれる奴は・・・。」
タイヤに吹き飛ばされたであろう壁山の声。
それを聞いて円堂がいった。
「壁山かぁ・・・!よし!!」
***
イナズマおとしのメンバーが決まり、早速特訓は開始された。
壁山は体にタイヤをくくりつけ、その状態でも高く飛べるようにする特訓。
豪炎寺は風丸と染岡を踏み代替わりにして、オーバーヘッドを打てるようにする特訓。
二人の特訓は星が瞬く時間まで行われた。
「なぁ、もうやめないか?ボロボロじゃないか。」
「そっちこそ。」
「こんなのたいしたことねぇよ。」
「こんなんでヘバるなよ。ただ赤くなってるだけだろ?」
いきなり声をかけた零に驚いたのか、三人は目を見開いている。
「私、いつも流血沙汰になっても、骨いってても気づかず練習してた記憶しかない。」
「「「それはやりすぎだ。」」」
正直引くぞというような目。
零は肩をすくめた。
「私にはそれば当たり前だったんだよ。それより、痛いんなら私と変われ。できませんでしたじゃ、シャレにならん。」
その言葉に三人が一斉に立ち上がった。
三人が顔を見合わせうなずきあう。
「ありがとう、豪風。がんばるよ。」
風丸がそういって笑った。
きっと、自分たちを元気付けるためにいったと思ったのだろう。
零は本気だったが、笑ってうなずいた。
(私はただ、負けたくないだけなんだがな。)
***
零は壁山たちの特訓を見に行った。こっちは大丈夫だろうか?
そう思って走る。
「ぎゃあああああああ!!!」
ものすごい絶叫。
何事かと速度を上げる。
「でんでんむしぃぃぃぃぃ!!!」
零がこけた。
ただのカタツムリに絶叫したようだ。
壁山が跳ね回り、最後に木にぶつかった。
円堂が壁山に駆け寄った。
二人で笑いあう。
そんな二人を見て、零も笑った。
(これで負ける心配はなくなったかな・・・?)
* * * * *
豪炎寺も壁山も、イナズマおとしの条件をクリアした。
円堂たちがうれしそうに並び、空の星に向かって叫んだ。
「よーし、みんなぁ!後一分張りだ!野生中との試合はもうすぐだぞ!!!」
『おぉ!!!』
END