最強少女






(ムカつく・・・。)



第四章 始まりを告げるキックオフ





試合が始まった。
染岡が佐久間と寺門のスライディングを交わす。
風丸にボールを回し、次々と細かいパスで帝国をほんろうする。


(ムカつく・・・。)


帝国側のゴールの後ろに座り、試合を観戦している零は思った。
何か、影山に妙な動きがあったら、すぐわかるようにこちら側で試合を観戦することにしたのだ。
今のところ不審な動きはない。


(それにしても・・・。)


宍戸から半田にパスを出す。
しかし、半田はボールをスルーし、染岡がシュートを放つ。
けれど、源田は当たり前のようにボールをはじき、キャッチする。


「鬼道!俺の仕事はここまでだ!」


そう言って鬼道にボールを投げる。


「ああ・・・。始めようか。帝国のサッカーを・・・。」


にやりと笑い、低く言った。
円堂が雰囲気が変わったことに気づく。
表情を引き締める。
そんな円堂を見ながら、零は立ち上がった。




***





「帝国GK。」


シナリオなど無視して源田に声をかける。
彼が驚いたように振り向いた。


「あいつらって、そんなに弱いか?」


そう尋ねると源田は言った。


「ああ、弱いね。」


一瞬の迷いもない返答。
零は肩をすくめ、ため息をついた。


「足元すくわれないようにな。」


寺門のシュートにはじかれ、ゴールを決められてしまう円堂を見ながらつぶやく。

今はまだ、彼らは弱い。
しかし彼らは今、やっと、目を出し始めた新芽。

この場にいる人間の何人がそう悟っているだろう?
きっと彼女以外にいない。


「おい。」




***




いきなり源田が声をかけてきた。
零が源田に視点を合わせる。


「お前・・・。名前は?」


思いがけない言葉に零は意外そうな表情をする。
それからこう言った。


「まず、お前が名乗れ。そしたら答えてやる。」


すると源田が眉をひそめた。
しかし、一度目を伏せ答える。


「源田幸次郎だ。」


よろしい、と零は微笑む。


「豪風零だ。よろしく。」


そう言って、踵を返し、手を振って歩み去る。
視界の端にある人物が映ったのだ。
源田はただ、彼女を無言で見送った。



*   *   *   *   *



「豪炎寺。」


木の後ろに隠れるようにして試合を見ている彼に声をかける。
豪炎寺が驚いて声のする方を見た。
少し不機嫌そうな少女が立っていた。


「試合でねぇの?」


すると豪炎寺はさっさとどこかへ行こうとする。
零が不機嫌極まりないといった表情で言った。


「どこへ行く。逃げる気か?」


豪炎寺の足がピタリと止まる。


「お前は何度そうやって逃げるつもりだ?」


彼が険しい表情で彼女を見つめる。
けれど彼女はひるまない。


「本当にそれでいいと思ってんのか?」


良いわけねぇんだよ。
零が低く言った。
彼女の方が不機嫌かつ険しい表情になる。

まるで埋まってしまいそうなほど暗い雰囲気の漂う雷門側のベンチを見ていった。
その中で唯一、仲間を励ます人物の姿があった。


「アレが見えてないわけじゃないだろ?お前はそんなに簡単にあきらめられるのか?」


大好きなサッカーを。
彼は何かに打たれたような表情をした。
そして彼は悔しそうに唇をかんだ。
零は飯食おうぜ、的なノリで言った。


「まぁ、気が向いたら気軽にフィールドに来いよ。」


たった、十歩の道のりだ。
彼女はそう言って笑った。




***





(ああ、もう、ムカつくなぁ!!)


イライラしながら髪をかきあげる。
何もかもが腹立たしい。

ニヤニヤといつまでも笑っている影山も。
人を傷付けるサッカーを受け入れている帝国も。

簡単に負けを認めてしまっている雷門も。
こんなときだからこそ、声援を送るべきなのに一緒になって諦める観戦者たちも。

大好きなのにサッカーをしようとしない豪炎寺も。
円堂の熱意や根性に伴わない実力も全部。

全部、全部、全部。


(全部、ムカつくんだよ!!!)


フィールドでは後半を告げられている。
鬼道にボールが渡り、こうつぶやいた。


「行くぞ、デスゾーン開始。そして奴を・・・引きずり出せぇ!!」


そう言って次々にボールを回していく。
そのたびに誰かが傷つき、誰かが倒れる。
もう立っていられるのは円堂だけだ。

ゴールを決めようと思えば簡単に決められるのに、わざと点をとらない。
豪炎寺と引きずり出すために円堂にボールをけり続ける。


「うわぁ・・・。あいつら・・・。」

「ゴールを決めることが目的じゃない。円堂を潰すのが目的。」


零がゆらりと立ち上がる。
次のシュートが円堂に向かって飛んでくる。

ぶつかる。
誰もがそう思った。
円堂自身も。

得点が18対0で止まる。
帝国も雷門も、その場にいた全員が呆然と零を見た。

彼女が握っていたボールを放し、踏みつけた。


「おい、あんな奴サッカー部にいたか?」

「女の子は木野さんだけよ。」

「え!?あいつ男だろ!?」


観戦者たちのざわつきなど一切耳に入らない。
それもそのはず、彼女は積りに積ったイラつきを爆発させているから。


「いい加減にしろよ、テメェら。サッカーを馬鹿にしてんのか?」


低く響く声。
尾を踏まれた虎すらも怯えてしまいそうな据わった眼。
その場にいた全員が気圧され、辺りが静まり返る。


「サッカーは人を傷つけるためにあるんじゃねぇんだよ。こちとらサッカーに命懸けてんだ。」


それを穢されて、黙って見てるほど私は寛大じゃねぇんだよ。
鬼道たちを見ていた視線を影山に向ける。
影山は興味深げに零を見下ろしていた。


(ムカつく。イラつく。殴りてぇ。)


今すぐ殴りに行きたいが、そんなことをすれば、すぐに試合が再開されてしまうだろう。
雷門にキックオフができるような選手は目金しかいない。
ものすごく不安な人選だ。

チラリと目金を見る。
彼はすっかり怯え切ってしまっている。
彼はすがるような眼で零を見てから走り出した。


「嫌だ!もう、こんなのいやだぁ!」


そんな彼に零は冷たい視線を送った。
半端な覚悟でこの神聖なフィールドに立つことは許さない。
前々から思っていたことだ。

しかし、今はそうもいっていられない。
キックオフができる唯一の選手がいなくなったしまったのだ。
雷門は試合が続行できるかもわからない。


「なぁ・・・・・。」


円堂が声をかけてきた。
零が振り返る。


「目金の代わりに、試合に出てくれないか・・・?」




***




彼の目は真剣そのものだった。
彼も帝国のしたことが許せないらしい。
それは彼女も同じことだ。

その瞬間辺りがざわつく。
零がチラリとだけそちらを向き、口角を上げる。


「真打ち登場ってところか?」


円堂が首をかしげる。
零はにやりと笑った。


「豪炎寺・・・!」


青と黄のユニフォームを纏った少年がさっそうと歩いてきた。
すると妙に焦ったような声が聞こえてくる。


「待ちなさい!君たちはうちのサッカー部では・・・。」


冬海だ。
鬼道が片手を上げ、冬海を止める。


「良いですよ。俺たちは。」


そんな様子を零は不機嫌そうに見守る。
豪炎寺の登場に円堂が嬉しそうにすがりつく。
しかし、倒れそうになり、豪炎寺に支えられる。


「大丈夫か!?」


豪炎寺が尋ねた。
すると、円堂が笑って言った。


「遅すぎだ、お前。」


雷門イレブン全員が嬉しそうに立ち上がる。
そんな様子を見て、零は微笑んだ。




***




試合再開。
再開と同時に佐久間、洞面、寺門の三人がデスゾーンの体勢に入る。

しかし、豪炎寺はそんなもの気にしない。
そのままゴールに向かって走っていく。


「私の出番はなし、か。」


放たれたデスゾーンは黄金に輝く手のひらに止められる。
イナズマイレブンの幻の技がよみがえる。


「豪炎寺!!!」


そう叫んで真っ直ぐに豪炎寺に向かってパスを出す。
そのボールめがけて豪炎寺が飛び上がる。


「ファイアトルネード!!!」


赤々と燃えあがるシュートが帝国ゴールに突き刺さる。
その瞬間、雷鳴のような歓声が沸き起こった。




***




帝国は試合を放棄した。
たとえ棄権でも、勝利したことに違いはない。
彼らは心の底から喜んだ。

豪炎寺はユニフォームを円堂たちに返して、さっさと歩み去ってしまった。
けれど、円堂は満足そうに笑っている。


「この一点が俺たちの始まりだ!ここから始まるんだ!ここから・・・俺たちのサッカーが!!!」


彼はそう言って笑う。
零は彼らにそっと、祝福の笑みを送った。
けれど、心のどこかで嫉妬にも似た感情を抱いていた。


(いいなぁ・・・。あんなに幸せそうにサッカーができるなんて。)


彼女は暗い微笑みを浮かべながら、そんなことを考える。

明るく笑う彼らを見ていられなくなり、踵を返す。
すると一つの足音が聞こえてきた。


「あの!」


円堂の声だ。
ゆっくりと振り返る。


「えと・・・。さっきは助けてくれてありがとうございます。」


円堂が照れたように言ってきた。
うまく笑えているかどうかはわからないが、とりあえず笑っておく。
すると円堂が思いがけないことを言ってきた。


「あの!もしよかったら、サッカー部に入りませんか?」


零の思考が停止する。
嬉しさがこみ上げてきた。


「いいのか!?」


思わず叫んでしまった。
円堂が嬉しそうに笑う。


「はい!喜んで!!」


そのセリフに、ふと疑問を抱いた。


「・・・なぁ。何で、警護?」


すると円堂が不思議そうに尋ねた。


「え・・・?だって・・・、三年・・・ですよね?」


零はこけた。
見事としか言えない位、見事に。


「悪いな。二年だ、私は。」


円堂が驚きの声を上げたのは言うまでもない。
零は苦笑した。


(ここから始まる・・・。)


それは彼らだけではない。
彼女の・・・・・。
豪風零のサッカーも、今、ここから始まる。

全ての始まりを告げるキックオフは今鳴った。





END




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