最強少女
(嫌な夢を見た・・・。)
第一章 目覚めの違和感
零はため息をついた。
まさか、自分が事故で死ぬ夢を見るなど思いもよらなかった。
しかも、妙に現実味のある夢。
零はゆっくりと立ち上がり障子をあけた。
いつも見ている支部の家の庭。
いつものようにししおどしが規則正しく鳴っている。
けれど彼女は違和感を感じていた。
(今日はやけに静かだな・・・。)
いつもなら目覚めと同時に舎弟達がこぞって挨拶に来る。
けれど、今日はそれがない。
挨拶には来なくとも、朝食の用意などで騒がしいはずだ。
酷い時には朝っぱらから木刀で殴り合っている時だってある。
不審に思い、零は襖を開け、三十ほどある部屋を調べていく。
しかし、自分の私物や家具以外、何もない。
自分以外の人間がいた痕跡はなく、唯一の痕跡はアルバムだけ。
「何が、どうなってんだよ・・・。」
寝巻である、灰色の花弁の散っている、白い着物のまま考え込む。
思いつく限りの可能性を呟いては打ち消していく。
「同業者と一騎打ちにでもなったか?ありえねぇ・・・。」
あまりのことに頭痛がしてきた。
今にも、脳漿をぶちまけてしまいそうだ。
そんなことを考えていると、引き戸をたたく音が聞こえてきた。
しかし、インターホンを鳴らしてこないことを考えていると、多分、門をたたいているのだ。
急ぎ足で玄関に向かう。
あるのは自分のシューズやらスパイク。
低い下駄だけだ。
とりあえず下駄をはいて外に飛び出す。
外観は変わっていない。
自分以外がすっぽり無くなってしまっているのだ。
もう一度門を叩かれ、急いで門を開ける。
今度は眩暈を感じた。
「お前さんが豪風零だな?俺は響木正剛だ。」
***
彼女はあるゲームを思い出していた。
LEVEL5原作。
超次元サッカーRPG・イナズマイレブン。
今、目の前にいる男はそのゲームの登場人物だ。
まったく同じ外見の別人かもしれないが、本人以外には考えられない。
(ああ、あれか。漫画とかによくある・・・。)
トリップ。
彼女は錯乱状態の限界を超えてしまい、逆に冷静になっていた。
今の彼女にはトリップなど当たり前のように感じてしまっている。
「一応、お前の父の親戚なんだが、会うのは初めてだな。お前にこれを渡すように言われたんだ。」
そう言って紙袋を渡された。
その中には、雷門中の女子の制服が入っていた。
「どうも。」
零はそれだけ言った。ロボットのように。
「あと、何かあったら、ウチに連絡しろ。雷門中の地図と俺のうちの地図を渡しておく。」
「はい。ありがとうございます。」
地図を受け取り、プログラムされた機械のような口ぶりで礼を言った。
「じゃあ、俺は帰る。転入届は出しておいた。明日、迎えに行く。七時までに準備しておけ。」
零はうなずいてから響木を見送った。
見送った後、彼女は二つのことを考えていた。
一つは自分が生きていて、もう一度サッカーができるということ。
そして、もう一つは自分がここにいてもいいのかということ。
ここはあるストーリーによって構成された世界。
それを自分の存在で壊してしまうことにならないかと言うことだ。
(折角、サッカーができると思ったんだが・・・。)
この分では無理そうだ。
彼女は悔しそうに、憎らしいほど美しく澄んだ空を見上げた。
END