離れがたい人
「姐様! 政府の要求を飲まなかったというのは本当か!」
執務室の襖が大きく開かれる。礼儀正しい膝丸が、呼びかけもなしに部屋に押し入ったのだ。
その後ろには三日月や一期一振らの姿が見える。
一同の顔は険しく、酷く憤っているようであった。ただ事で無い様子が窺える。
書類仕事をしていた椿は手に持っていた万年筆を置き、膝丸たちに向き直った。
「本当だ」
落ち着いた、厳かな声での返答だった。
けれどその声は熱を帯び、その奥に激情を隠していることが窺える。
見合わせた目の奥で、苛烈な炎が燃えている。
そのあまりの激しさに、一同が気圧されるも、ここで引くわけにはいくまいと踏みとどまった。
「何故要求を飲まなかった!」
「私が納得できなかったからだ」
一切の迷いを見せない答えに、怒鳴り声を上げた膝丸の方が押し黙る。
自分達の怒りよりも、椿の怒りの方がより激しく燃え盛っていることに気づいたからだ。
―――レア刀剣の譲渡及び、穢刀・膝丸の刀解。
これが政府が椿に求めたものであった。
断れば相応の罰が下るとも言われている。要は脅しだ。
けれど椿はそれを断った。当然である。だって刀剣男士は、椿が魂を差し出すことも厭わないほどに大切なものだから。
「今からでも遅くは無い! 要求を飲め!」
刀剣達の政府に対する信頼は皆無。椿への態度や扱いがそうさせる。
椿をブラック本丸に放り込んだ前科だってある。それは殺人にも等しい行為だ。
ここで要求を飲まなければ、政府はもっと直接的な方法で、椿の命を奪おうとするかもしれない。自分達のせいで椿が失われるなど、絶対にごめんだ。
けれど要求を飲めば、話は別だ。政府は従順なものには寛大であるから。
「君たちは私から離れたいのか?」
「そんなわけない!」
「嫌に決まっているだろう!」
嘆息とともに吐き出された言葉に、刀剣達が否定を口にする。
離れたいわけがないのだ。大切な主のそばを、大切にしてくれる主の傍を離れたいだなんて。
けれど大切だから。大好きだから言っているのだ。傷ついてなど、欲しくないから。
自分達が我慢すれば椿が傷つかずに済むのなら、それに越したことは無い。
けれど、椿は決して首を縦に振らない。
「だったら、尚更だ」
刀剣達の答えを聞いて、椿は尚更頑なになる。
「尚更、要求は飲めない」
「しかし……!」
「君達を失うこと以上に恐ろしい罰などありはしない」
そう言い放ち、この話は終わりだと言わんばかりに椿が万年筆を持つ。
さらさらと書類を記入していく姿に、刀剣達が顔を見合わせる。
そして、誰ともなく苦笑した。
―――ああ、もう! これだから離れがたいのだ!
負けを悟った刀剣達は、そっと執務室から退出したのだった。
後日、政府の役人の数名が不審な死を遂げたことにより、この要求は、それ自体が流れることとなるのだが、それはまた別のお話。
