九十九の時が経たずとも






「なぁ、私の万年筆を知らないか?」


 そんな言葉と共に、困り顔の椿が広間に現れた。
 椿は落ち着かない様子で眉を下げ、困り果てたように刀剣達を見つめる。
 常にない椿の様子に長曾根が眉を寄せ、膝丸が不安げに椿を見上げた。


「万年筆って、あの万年筆か?」
「ああ……」


 力無い椿の返答に、問いかけた国永が顔を顰める。
 あの万年筆、というのは、椿にとって大切な万年筆のとこである。
 祖父の遺品の一つで、大事な思い出の品だ。


「執務室から持って出た覚えが無いんだが、いくら探しても見つからなくてな……」


 そう言って肩を落とす椿に、刀剣達が顔を見合わせた。
 椿は公私を分けるため、私室に仕事を持ち込むことはしない。
 万年筆は書類仕事に使用しており、執務室の机の引き出しに片付けられている。
 故に執務室から持ち出す事が無いのだ。
 しかし、見つからないのだと言う。
 椿は物を大切に扱う。
 特に思い出の品ともなれば、刀剣達が羨む程だ。
 うっかり、というのも否めないが、椿の持ち物が落ちていれば刀剣達が届ける。
 けれど刀剣達に覚えはなく、椿が探しても見つからないというのはいささか不可解である。


「まさか……」


 何かに気づいた国広が口を開いた、その時。

 ―――ころころころ、こつり。

 椿の足に、何かがぶつかる。
 下を見て、椿が目を見開いた。
 ―――万年筆だ。
 椿の探していた件の万年筆が足元に転がっていた。


「どうして、こんな所に……」


 椿が驚きに目を見開き、万年筆を拾い上げる。
 けれど驚きこそすれ、見つかったことへの安堵と喜びを見せる。
 そんな様子を見た刀剣達もほっとして、それからお互いに顔を見合わせて苦笑した。


「またか……」
「まただな……」
「これでいくつ目だ?」
「確か、三つ目か?」


 一つ目は祖母の遺品の手鏡だった。
 それは常に椿の手元に居たがる。
 私室から消えたかと思えば、懐に入っているのである。
 二つ目は母から貰った鼈甲の櫛だ。
 引き出しを開けるたびにカタカタと体を揺らし、自分を使えと主張する。
 そして三つ目。件の万年筆だ。
 椿に使われたくて、執務室から脱走を試みたのだろう。


「物を大切にし過ぎるというのも、考えものだな」


 何せ九十九年という月日を要さず、道具を付喪神へと昇華させてしまうのだから。
 次は一体何が付喪神になるのやら。
 神気を宿したもので溢れる本丸に、刀剣達が困ったような、けれど愛しげな顔で椿を見つめた。




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