彼らの幸せを願う
<笑えや笑え、笑う門には福来る>※小人視点、未だほどけぬ過去の縄の後日談
今日の見習いは、すこぶる機嫌がいいようだった。近侍として連れてきた今剣とおそろいの野花を髪に挿して、可愛らしい。普段は男前だが、こういう女の子らしいこともするのだと思うと、和やかな気持ちになる。
うちの刀剣達からの評判も良かった。あまり女の子らしい姿形ではないが、見習いが女の子であることには変わらない。男所帯であるから、華があると浮足立つのだ。
「何かいいことでもあった?」
あまりにも楽しげで、思わず尋ねる。尋ねると、見習いと今剣が顔を見合せて笑った。
「はい! とっても!」
今剣が嬉しそうに飛び跳ねる。俺の近侍の岩融が、嬉しそうな今剣を見て目を細めた。
「実はこれ、国永がくれた”驚き”なんですよ」
そう言って見習いが示したのは髪に挿した野花だ。
なるほど、と納得した。彼女は刀剣達が在りたい自分であることを望んでいた。その中で、鶴丸は”驚き”を求める刀剣として有名である。”驚き”を求めることも”驚き”をもたらすことも好んでいる。
こうやって自主的に何かをしたいと思ってくれたことが、嬉しくてたまらないんだろう。
「それは興味深いな! 鶴丸は一体どんな”驚き”をもたらしたのだ?」
「はい。今朝、国永が花を降らせてくれたんです。今日も一日頑張れ、って」
岩融の質問に、見習いが嬉しそうに答えた。
見習いの刀剣達は、通常の本丸の運営というものを知らない。だから、本丸の常識が通じなくて、研修中はその常識から学ばなければいけなくて、とても苦労していた。
内番などの本丸の維持は短刀達が得意とし、書類仕事に明るいのは長谷部と、それを手伝っていた山姥切や鶴丸。出陣や遠征ならば問題のない大倶利伽羅、鳴狐、燭台切。そして重要な刀装が作れるのは山姥切のみ、といった感じで、偏りがあるのだ。
彼女の前任が一体どうやって本丸を運営していたのかは甚だ疑問であるが、それはさておき。
一から学ばなければならないということで、刀剣達は酷く疲労したらしい。前の本丸での常識とのギャップもあるのだろう。それを塗り替えるのに苦労しているのだそうだ。
自分達は交代制であるから問題ないが、見習いは違う。見習いは毎日他の本丸に通って、一から学んでいる。自分たち以上に疲れているのではないかと、刀剣達は考えたらしい。
せめて気分だけでも明るく元気に、と鶴丸発案で、花を振らせて見送りを行うことにしたというのだ。その甲斐あってか、今日の見習いは元気が有り余っているように感じる。
「国永の、初めての”驚き”です」
そう言ってほほ笑んだ見習いは、まるで聖母みたいに慈愛に満ちていた。
そんな見習いに、今剣がじゃれつく。腰に抱きついた今剣が、見習いを見上げた。
「国永のはついたずらは、だいせいこうですか?」
「ああ、大成功だ。帰ったら、一日元気でいられたよって言わなくてはな?」
「ふふふ、国永、きっとよろこびますよ!」
思いっきり褒めてあげてくださいね? 不安がってるやもしれません。怖がってるやもしれません。そんな風に、苛まれる必要はないのだと、きっぱり言ってあげてください。
そう言って真剣な瞳で見習いを見つめる今剣に、見習いは笑みを浮かべながらも、同じくらいに真剣な顔で頷いた。
「ああ、元よりそのつもりだよ」
見習いは、今剣を安心させるように、深い笑みを浮かべた。
(勘弁してくれ……)
驚きを求めるのは、鶴丸の性だ。
驚きを求め、驚きをもたらす。それが鶴丸の在りたい姿なのだ。
ただ、在りたい自分であるだけなのに、それに不安を覚えることなんて、普通はあり得ない。あってはいけない。
「審神者さん。私から驚かしたら、国永も驚かせてくれるようになると思いますか?」
期待に満ちた顔で尋ねられ、俺はぎこちないながらも笑顔を返す。
「うん、きっと一緒に笑ってくれるよ」
ありがとうございます。
そう言って、見習いと今剣は嬉しそうに笑った。
(強い子たちだなぁ……)
主たる審神者に傷つけられてきた刀剣達。そんな刀剣の傷を癒そうと奮闘する見習い。
辛いことばかりだろう。困難ばかりで、逃げ出したくなることもあるだろう。それでも、それを感じさせず、彼女らは笑っているのだ。
(強い子たちだ……)
俺と近侍の岩融は、後でこっそり一緒に泣いた。