彼らの幸せを願う






<穏やかではいられない午後のこと>※研修前、姐さん視点



 ――集中できない。
 私――この本丸の主にして、姐さんと呼ばれている――は文机の前でため息をついた。
 本丸の整理をあらかた整え、ようやっと腰を据えられた私は、刀剣達のことを知るべく、刀帳を開いた。彼らの情報を得、部隊編制の参考にすべく。
 そして、一つの事実が発覚したのだ。――国広の錬度が一であるという事実が。
 国永が言うには、出陣や遠征は脇差以上のものたちが行っていたらしい。短刀達は政府からの報酬を受け取るために錬結や刀解に回され、残った短刀は本丸の維持に回されていたという。
 他にも事情のある刀剣は本丸に縛り付けられていたらしいが、国広はそのどれにも当てはまらないはずなのだ。打刀で、前任である審神者に異常な執着も持たれていない。特定の仕事を申しつけられているわけでもない。まして、折れたこともないのに。
 だから、国広の錬度が一であることはおかしいのだ。
 しかしそれには理由がある。国広は、前任から”刀”として扱われていなかったのだ。
 本科の代わりである。偽物である。”刀”としての価値はない。そう言われて、彼は苦しめられてきた。それも、戦場にさえ、出さないほどに。


 ――お前に”刀”としての価値はない。お前の様な鈍らが戦場に出たところで、折れる刀が増えるだけだ。


 これは、鳴狐と入れ替わって出陣しようとした時、前任に告げられた言葉だという。自分も戦えるのだと証明して、刀として認められたいのだと、国広に頼みこまれたらしい。彼が苦しんでいることを知っていた鳴狐は、彼を無下にできなかったそうだ。震える声で、鳴狐が話してくれた。
 それを知った時、私は愕然とした。
 国広は徹底的に、刀として扱われていなかったのだ。


(ああ、くそっ!)


 思い出し、苛立ちを紛らわせるために髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。


『刀としての価値がないだなんて、存在そのものを否定されているに等しい……。俺がちゃんと断れていれば、あんなこと言われずに済んだのに……』


 そう言って握られた拳が震えていたことを、私は決して忘れない。




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